ゾンビ Lv4
通称、死肉漁りの兄弟。
とはいっても別に俺のようなアンデッドではなくただの人間である。だが下手をするともっとたちが悪い。各人の腕前こそそれぞれの分野において熟練者の部類であるにも関わらず仕事のやりかたは非常に狡猾で汚れている。
噂の中身ーー攻略ダンジョン攻略をほとんど他人にやらせて、おいしいところで横からかっさらっていくのが奴ら常套手段。探索の途中で倒れた者が残した金品を残らず奪い、質に流す。まるで死肉漁り(グール)のような連中。襲われて賞金首や金品を巻き上げられた初心者も多数。中には罠にかけられ殺された者も。
どうやら俺はこいつらに罠を張られたらしい。
彼らの言葉から察するに今回標的にしていたのは俺。
「ちょっと待て兄弟よ。こいつなんかえれえ顔色悪いな。こんなダークエルフばりにどす黒い肌してたっけか?」
「あいや兄弟。よく見て候。胸に穴がある。こいつ心臓がねえんじゃねえか」
「ゲッゲッゲ。こいつは事件だぜ」
彼らはこちらの事はお構いなしに一方に喋っている。ただ視線だけはこちらをジロジロと値踏みするようにぶつけている。おそらくは彼らにとって手土産であるはずの首がないからだろう。
「そういやここの自称魔王って死霊魔導師だったな」
「じゃあ殺されてゾンビにされちまったってことか」
「おいおいおい。がっかりだな。がっかりだよ兄弟」
「ああ。せっかく俺らの為に賞金首をゲットしてきてくれると思ってたのによお」
手にしていた獲物を構えてじりじりと近づいてくる二人。どうやら用済みということになった俺は始末されようとしているようだ。
だったらこちらも迎え撃つまで。
だが相手との間合いを計ろうとして左足が動かないことに気がつく。ゾンビは痛覚がないらしい。おかげで罠のことを忘れていた。
「ギョギョッ。罠に嵌った以上、ずっと俺らのターン」
「ゲッゲッゲ。こいつあチョロすぎて涙がでるぜえ」
不快かつ独創性のある奇声を上げながら、蛙顔の盗賊が右へ、魚目の野武士が左へそれぞれ回り込んでくる。こちらが後ろへ下がれないのを利用して、双方から仕掛けて隙を討つつもりらしい。目配せすらなしで連携がとれるのを見るに、相手の身動きを封じた上でのニ対一という状況にかなり慣れているようだ。ゲスめ。
「まあでも感謝しておくぜ。このダンジョンを殆ど攻略してくれただけでもお手柄だからなあ」
「美味しいとことは俺ら兄弟が戴いてやる。だから安心して眠ってくれるがいいぞ」
死角ーー左後方から魚目の野武士の斬撃。どう足掻いても避けきれなかったので仕方なく身を捻り、致命傷と引き替えに左脇腹に浅く斬られた。
勢い更に身を捻る。左腿に食い込んだ鋸歯がそれを許さず、みしみし裂けるような音がするが構わず限界まで動く。
ちっ遅かった。
後方面に回り込んでいた蛙顔の盗賊の投擲した短刀はすでに顔面まで迫っており不可避。ざっくり脳天へ。
それから駄目押しとばかりに魚目の野武士がもう一度腹部へ刀を滑り込ませてくる。
死の代償――スピードと回避動作の大幅な低下。筋肉の動きが鈍くぎこちなくなっているようだ。これはもしかすると死後硬直ってやつのせいかもしれない。
俺は九の時に身体を折り、崩れ落ちた。
「ふん。いい景気づけになったな」
「おう。あとはどこかに隠れて魔王を倒してくれそうな奴らを待つだけよ」
「結局やることは他力本願かよ」
俺はツッコミを入れつつ、埃を払って立ち上がる。まあこうなるだろうとは予想していた。
身体の具合ーー幸い腹部への攻撃で内蔵が漏れたりはしていない。もう出血も殆どが凝固しているらしくそれほどひどくない。グロテスクで収集がつけられない状況にならずに済んで一安心。
「すでに死んでるって言うのは便利なもんだな。刺されようが斬られようが射られようがこれ以上死ぬことがねえもんな」
「くたばってねえだとお」
「ふざけるな。普通ゾンビだってある程度ダメージ食らえば『くたばる』もんだろ」
「はっそんなの知らねえな」
「首だ。兄弟。『居合い』で首斬っちまえ。そこまでやればどんな野郎も一撃だぜえ」
「おうよ」
『居合い』。抜刀術と呼ばれる刀技の一種。抜き放つその動作から生まれる一撃には、恐ろしいスピードと切れ味が宿る。
だがこの技には致命的な弱点がある。
繰り出すには、全神経を費やす必要があり、それまでの数秒は無防備な状態を晒し続けなくてはいけないのだ。
だから刀の届かないところまで距離をとるか、攻撃を加えてしまえば恐れる必要などないのだが。
「ちっ罠が床と固定され動けねえ」
「無理無理無理ぃ。ジャイアントコボルトでも外せなかった代物よお」
ベアトラップが外れないせいで行動がとれない。
俺はさっきからハサミの間に手を突っ込んで力任せに開こうとしていたがバネの力が尋常ではない。ここまで固いと、おそらくは魔力が込められている類の可能性もある。あの魔王、こんな厄介なもん仕掛けやがって。
舌なめずりをする魚目の野武士。先程とは違った構え。瞼で閉じられた魚目。大きく開いた又。前かがみに近い形で深く落とした腰。鞘に収め直した刀。引き抜こうとする直前の姿勢で握られた柄。
「ギョッ!」
魚目の野武士の掛け声と共に抜き放たれる刃。鈍くきらめく反射光。
「ギョギョッ。どうだっ!」
「ちっ」
どうやら奴の居合は成功したらしい。ぴしりと首に横一線が走る感覚。急に首の据わりが悪くなったとたん、落下。床に顔面からぶつかりそのままごろりと転がる。
「同業者のよしみで見逃してもよかったが、ここまでされるとなあ」
「ちい化けものめ」
「首斬っても動けるってどんなチートだよ」
死の報酬その一――どれだけ致命傷を受けても、死には至らない。
俺の身体が、足下に落ちた頭部を拾い上げ、帽子を被るように首へとはめ込む。切れ味が良かったせいなのかゾンビの元々の特性なのかは知らないが、ぴったり収まる。手で押さえていれば支障ないし、後で縫いつけよう。
ついでにもうひとの拾い物もする。罠にひっかかる前に拾おうとしていた巨狼頭の斧。本来であればこれは両手持ちをするべきなのだが、あいにく片手が塞がっているので仕方ない。
「こうなったらもうミンチしかねえな兄弟」
「ああ細切れにしてやろうぜ兄弟」
巨斧を思い切り持ち上げーー足元目がけて思い切り振り下ろす。
ズガン。
フロア全体が軋みを上げて縦に揺れる。
死の報酬その二――神経が働いてないせいか限界以上に筋肉を酷使することができるらしい。超絶破壊力。試し振りの一撃で、床全体に巨大なクレーター。魔王に文句を言われそうな気がした。まあいいけど。
「さーて悪い兄弟にはお仕置きが必要だよな」
「ば、化けもんだ。本物の化けもんだ」
「に、逃げろ。俺らがミンチにされるぞ」
斧の破壊力を目の当たりにして青ざめる蛙顔と魚目。
二人揃って、慌てて踵を返して逃げ出そうとする。
だが。
スクラップと化したベアトラップを力いっぱい踏みつけて投擲。すこし先の床に巨大な亀裂を走らせながらふかぶかと突き刺さる巨斧。その手前で力なくへたり込んでいる蛙顔。斧の柄で頭をぶつけたらしくタンコブをつくり倒れている魚目。
「逃がさねえ♪」
さて、それなりにお返しさせてもらうとしよう。
まあこいつらまでゾンビにされたら面倒だから殺しはしないけどね。