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ヘルハウンド Lv4

 逢魔が時の時雨デモンズレイン

 まさに大技と呼ぶにふさわしい攻撃だった。


 魔力を帯びた大量の骨が、まるで散弾銃の銃弾のような勢いで降り注いでいる。

 この量と勢いでは、真下にいるウェアウルフどもはは避けることはおろか、逃げることもできないだろう。

 おそらくはほぼ全滅だ。うるさいくらいの雨音にかき消されて悲鳴や呻きはここまで届いてこなかったが、だからこその確信があった。


 やがてすべての骨を撃ち尽くしたらしく雨音はしなくなる。

 その代わりにやってくるのは、しんとした静けさと霧。


「……」


 霧は、正確に言えば霧ではなく水蒸気ですらない。大量の骨が地面と激突した結果、粉末となったものだ。それが空気中に漂って、あっという間に辺り一面を覆ってしまっていたのである。


「……これはまずいな」


 見通しが非常に悪い。

 数歩先が見えなくなるくらい、ここがダンジョンの狭い通路であることが分からなくなるくらい何も見えない。

 

 大技が決まった直後にも関わらず、おれの感情は軽い焦りと緊張感に支配される。

 

 この際、ウェアウルフは放っておいてもいいだろう。

 別に生きていようが、死にかけているだろうからもうとるに足らない存在だ。

 

 問題はふたつ。

 

 ひとつは敵――修道女と巨躯の犬の動向が分からなくなった事。

 攻撃範囲はかなり広かったので、おそらくはあいつらのいる辺りまでも届いていたはずだった。直撃していれば、何らかのダメージを、うまくいけば致命傷を与えているのかもしれない。

 だがそんなことよりも厄介なことに、向こうが今どうしているのかが見えない。

 この視界の悪さに乗じて、奇襲されるのは非常にまずい。


 そしてもうひとつの問題は、アサガオだ。


「あいつどこにいる……」


 すぐ近くにいたのですっかり油断していたせいで、彼女の姿を見失ってしまったのである。どのあたりにいたかはわかっているのだが。

 まあ心配ないすぐに晴れるさ。そう言いつつも念のため、おれはゆらりと包帯状の影を二本具現化、探索に走らせる。


「――!」


 ――すぐ傍を大きな何かが通り過ぎていく気配。


「……ひゃっ」というアサガオの悲鳴。

「どうした!?」

「大丈夫だ。でっかい犬に捕まったみたいだが問題ない。気にするな!」

「気にするなっておい大問題だろ」


 ゆっくりと舞い上がっていた骨の粉が晴れはじめて視界がよくなっていく。すぐ近くで薄ぼんやりと大きな影が見える。


 やがてそれははっきりとしだし、巨躯の犬とそれに押し倒されるように下敷きとなったアサガオがいた。苦悶の表情をしているが幸い怪我はなさそうだ。だが非常に危険な状況にあるのには変わりない。


「おい……犬をどかせろ」

「くくくく。何故そうする理由があるのか教えて欲しいものだな」


 こちらに向かって悠然と歩いてくる修道女。視界が悪くなったのを狙って、嗅覚をもった巨躯の犬を先行させたのはなかなかの英断だとは思う。

 だが得意がるのはまだ早いんじゃないかな。


「おれがおまえの首を狙っているからだ」

「ははは。なるほど抜け目ない奴だな。この機会を狙っていたのだな」


 おれは包帯状の影をすでに修道女に這わせていた。そして先端をナイフのきっさきのように鋭くさせ、首筋に当てている。すこしでも力を込めればサクッと首切り(ちめいしょう)を与えることが可能だ。

 だがそうはしない。

 これはあくまでもアサガオを解放させるための交渉道具だ。


「とても素人とは思えないな。まるでどこかで実戦でも経験してきたみたいに腕がいい」

「二度は言わない犬を退かせろ」

「だが、まさか、おいおい、そんなもので対等になったつもりか。私が死ねばヘカーテはあの女喉を噛み千切るぞ。そしてあれは完全にこの世からいなくなるんだ」

「……」

「さあやれよ?」

「……」

「……ははは。本当にお姫様なんだな」

「うるさい。試してみるか?」

「試してみるがいいさ」


 おれは焦りながらも、首に押し当てる力を強くする。


「うはっ……」といきなり奇声が上がった。

「……?」

「……うはは……きゃははは……こら、やめ……やめろ……」

「……おい」

「どうした!」

「ふひゃ……こ、こいつが舐めてくる」

「だ、大丈夫か?」

「なんか知らんが……ひゃははっ……ちょ、そこはやめろ、そこはまずい」


 どうなってるんだ覆い被さった巨躯の犬が、さっきからアサガオをやたらめったら嗅ぎ回ったり、舐め回したりしている。懐いているように見えるのだが……。


「ちょ、おまえ?」

「……ヘカーテ」

「どうなってるんだよ」

「へカート止めろ!」


 修道女からの制止がかかると、巨躯の犬はぴたっとじゃれつくのを止め、大人しくなり主人の方を向いた。

 まるっきり予想外の展開だった。


「糞……いいだろう。一旦退いてやる」


 修道女はその言葉と共におれの影を手でつかみ邪険に払うと、背を向け歩き出し、ぴゅっと短く口笛を吹く。

 巨躯の犬はどこか物足りなそうな、名残惜しそうな仕草で、一度アサガオに大きな鼻先を擦り付けると、修道女の後についていく。


「出来損ないこれから貴様は後悔するはずだ。あの時なぜ死んでおかなかったんだろう。何故まだ生きているんだろうとな」

「捨てぜりふだな」

「ああ捨てぜりふだ」

「……」


 修道女は何も言い返すことなく、犬と共にそのまま立ち去っていく。

 うーむ。納得がいかない最後だな。

 結局のところ、彼女がアサガオを監禁した犯人だったのか、実際のところアサガオとどういう関係性だったのか、一体何を知っていたのか、それらは殆どわからず仕舞いとなってしまうではないか。


 このまま追いかけて戦闘を再開すればあるいはそれも判明するかもしれない。

 だがそうなれば今度こそアサガオも命を落としかねない。


 そうこうしているうちに侵入者たちは見えなくなった。


「なんつーか、あれだな。おれのヘルハウンドとしての能力におそれをなしたんだな」

「違うな。私の偉大なる死霊魔術におそれをなしたのだよ」

「この影操作はすごいもんなあ。防御にしてよし攻撃にしてよし」

「まあ今回については感謝するがいいさ。私の参戦がなければなし得なかった勝利だ」

「いやいやおれの新しい身体を駆使すればちょろい相手だったよ」

「黙れ駄犬」

「うるさいな涎まみれ」

「なんだこのぺとぺとした毛並みは気色悪い」

「べとつくからさわるなよ」

「……」

「おいつけるなって、ちょ、やめて、やめて」


 びちゃびちゃした涎を念入りに擦り付けてくるアサガオからおれは頑張ってぬけだそうとするが、向こうもムキになって抱きついてくる。


 ……まあそうだな。今日のところは二人とも生き長らえることができたのだ。まあ悪くない結果といえるのではないかと思う。うんうん。

 涎まみれになりながらおれはそう思った。


とりあえず一旦ここまでにしようかと思います。

ちなみに次回はオマケ。この小説の元になったショートショートになります。

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