ヘルハウンド Lv3
「……おまえが私をここに閉じこめたのか」
先ほどまではシカトし続けていたので始終それでいくのかと思ったが、そうではないらしい。その瞳を通路の奥にいる敵へ射抜くように向ける。
アサガオとて確信があるわけではないだろう。だがあの修道女はおれたちがしない事情を何か知っている。だからアサガオに呪いの鎖をつけてこのダンジョンに監禁した『犯人』である可能性は非常に高い。かなり黒に近いグレーであると言えた。
「……そうだといったら?」
「さっさと鍵を寄越せ。姉だか何だか知らんが今なら半殺しで勘弁してやる」
「それで、その鎖を解いてどうするつもりだ?」
「勿論、このダンジョンから出て行くさ」
「外に出てどうする。地上のモンスターでも狩るのか? もしくは街で新しいアイテムでも買うのか? 所詮、ここはただのゲームだぞ。どこで何をしようが何も変わりはないではないか」
「青空が見たいんだ。それが望みだ」
「…………」
修道女はうつむいたまま鞭を握り、黙っていた。だが次第に肩を震わせ、嗚咽をもらし始める。
「…………は……は」
「……?」
「……は……は……はははははははは。青空だと。この出来損ないはまだそんな世迷いごと言ってやがるのか」
「……」
きっと顔をあげる修道女。明らかにあざけりを込めた笑い声を上げながらも、その表情は修羅のような怒りに満ちている。
おれにはどんな事情があって彼女が、そんな顔をするのかが分からない。
おそらくはその事情の中心にいるだろうアサガオにも分かっていないはずだ。
だが何にしろそこから発せられる気迫には尋常じゃない怨念めいたものがあった。
「そう願うことがどれだけ愚かなことか……思い知らせてやる……魔女騎行」
「――!」
修道女が鞭を鳴らすと、それ応じるように巨躯の犬が耳障りな低音で吠える。
それは何かの技のようだったが先ほどのように空間が裂けるような派手なエフェクトは発生しない。
ただウェアウルフたちがぴくりと耳を動かした。そしてそれまで去勢されたようにおとなしくこちらを伺っていた彼らは、急に獰猛な顔つきに戻り、低くうなり始める。
倒れていたウェアウルフたちもよろめきながらもゆっくりと起き上がり始める。千匹骸骨の攻撃を受けて、虫の息だった連中である。なかには四肢が潰れているものまでいた。
おそらくそれは『狂暴』の呪文の類。かけられたら者の理性と生命力とを引き換えに、単純な攻撃能力を極限まで引き上げる類のものだ。
その証拠に、一様に狂犬病のように目を血走らせ、口から泡を零している。また身体の筋肉を異常に膨れ上がらせ、爪や牙が剥き出しになり倍近く伸びている。
「さあ行け餓狼ども」
修道女が指示を出すまでもなく、開始されているウェアウルフたちの強襲。強化された脚力がなせる技かその突撃してくるスピードは先とは比べものにもならないくらい素早い。
「千匹骸骨、阿修羅型」
ウェアウルフの前に立ちはだかる千匹骸骨は、アサガオの命令を受けて、高速で骨の一部を組み替えると、背中かから更に両腕を生やす。攻撃回数を増やすことで向こうの数とスピードに対抗する策なのだろう。どうやらこのモンスターはただ強いだけではなく自由に骨を組み替え変形することが可能らしい。
「くたばれ出来損ない」
次々とかじり付いてくる凶暴化したウェアウルフ。
千匹骸骨はそれを身体を揺すり振り払いながら、四本の腕で拳骨をぶつけていく。
一見して先ほどの戦いの繰り返しのようにも見えたが、こちらの劣勢は明らかだった。
ダメージを受けても、振り落とされても何事もなかったように起き上がってくるウェアウルフたち。単体でこそ千匹骸骨と圧倒的な開きはあるものの、数の力と、果敢な猛攻撃の繰り返しで、骨のを少しずつ奪い、バランスを崩させていく。
「わたしはピクニックがしたいんだ」
悔しそうに歯を食いしばるアサガオ。
次第に動きを鈍らせ、ついに膝をつく千匹骸骨。振り上げた左腕のひとつもどすんと根元から落ち、このまま行けば、すぐにでも骨の山ができそうだった。
「それがどうした」
「水筒とレジャーシートとサンドイッチを詰めたバスケットを持って遊びに行くんだ!」
「くだらん」
「もうこんな退屈で怖くては寂しくてひとりぼっちのダンジョンからは出てやるんだ!」
「つまらん」
「だから……だから私は……」
「ここで死ね」
「ここでおまえを倒す!」
崩壊しかけた千匹骸骨の目の奥がまるで彼女の意志が宿っているかのようにギンと赤く光る。
いや実際にそうなのだろう。髑髏の口からは先ほどから大量に吐息が漏れている。あれは彼女が投入している大量の魔力が溢れ出た結果だ。
「粉骨砕身!」
ついに千匹骸骨の全身を構成する力を失いバラバラに崩壊していく、それはウェアウルフの攻撃によって敗北し、力尽きた結果のようにも見える。
だがそうではない。
骨はそのまま地面に落下することなく逆に浮遊し天井へと昇っていく。それはアサガオによる次の攻撃のための伏線に違いなかった。
「降り注げ、逢魔が時の時雨!」
その言葉と共に、ザアアと雨が降り出した。




