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ヘルハウンド Lv2

「やあ。出来損ない」


 巨躯の犬を背後に控えさせ、鞭を片手に仁王立ちの修道女。こちらが攻撃してこないとでも思っているのか、それとも何があっても防御しきれる術があるのか、どちらにしても余裕の態度である。


「ちょうどおまえの話をしていたところだ。元気でやっていたか? ダンジョンの住み心地はどうだ? かび臭くてじめじめして引きこもるには打ってつけだろ?」

「……」

「どうした? 何で返事しない?」

「……」

「姉には敬意を払うものだろう」

「……」


 修道女が高圧的に話しかけてくるも、眉をひそめたまま何も答えようとしないアサガオ。

 おれは彼女に小声で話しかける。


「……なあ」

「なんだ?」

「おまえあいつの妹だったのか?」

「いいやしらんな。私は一人っ子で姉も兄もいない。弟も妹もだ」

「でも姉だって言ってるぞ。出来損ないって出来損ないの妹って意味だったのか?」

「あんな年増記憶にないと言っている。というか、さっきから腹の立つくことばっかり言ってくるから話をする気も起きん」

「……それには同意する」


「まあいい。何者だろうと構わんさ。いろいろ知ってるならぶっとばして、締め上げて、全部はかせてやればいいのだ」

「やる気だな」

「当然だ。このアサガオ様が加勢に来たんだ。勝たんでどーするんだ」

「……はいはいそんじゃあ。フォーローは任せたぜ?」


 おれは体の一部かげを具現化。包帯のような形状にして拡張させると、アサガオの周囲をぐるぐる巡る。こうしておけば物理攻撃に対するクッションの機能を果たすだろう。

 影を操る能力は便利だ。こうやって好きな形に変化されば、色々な用途に応用できる。

「さてヘルハウンドあたらしいからだで色々試してみますか」

「戯けが、貴様の出る幕はないぞ」

「は?」


 だがアサガオが勝手にすたすた前進すると、魔導書を開き、呪文を唱え始める。


「おまえが闘うの?」

「おう。見てるがいいぞ我が実力。――詠唱破棄、百鬼夜行パンデモニウム


 彼女の持つ魔導書がぼんやりと暗い光を帯びる。

 開いているページからにゅっと出現する何か。それは白く丸い比較的大きな塊――スケルトンの頭蓋骨だ。

 次に手の骨が現れ、本の縁を掴むと海面から這い上がるようにして全身を現す。

 

 ぼとり、からからころころ、ぼとり、からからころころ、ぼとり、からからころころ。

 絶え間なく這いだしてくるスケルトンによって、いつのまにか周囲が埋まっている。その数およそ三十数体程。

 百鬼夜行は、群単位でのアンデッド召喚を可能にする死霊魔法だった気がする。

 だがいくら大群とは言え、お世辞にも強いとは言えないスケルトンを召還したところで、あいつらに勝てるとは思えない。果たして何か策はあるのだろうか。


「……そいつは小手調べのつもりか」


 怒りを押し殺したような声をかけてくる修道女。


「話にもならんぞ。ヘカーテ、魔女夜宴ヴァルプルギスを出せ」


 修道女が苛立ちを込めて鞭を床に打ちつけ鳴らすと、それに併せて巨躯の犬が吠える。

 突如、空間に裂け目のようなものが現れ、そこから次々と狼に似た動物がやってくる。

 現れたのはウェアウルフだ。未熟な冒険者など一掃するほどの強力な爪と牙を備えている中級のモンスター。

 どうやら相手も群単位での召還術を使用したらしい。




「グルルルルルウウルルルル」

「ヴァフヴァフヴァフヴァフ」

「ガヴガヴガヴガヴガヴガヴ」


 十数匹のウェアウルフの群は号令を待たず、各々うなりをあげてスケルトンへと襲いかかってきた。


 前線にいたスケルトンがロングソードを下ろすよりも先に猛烈なタックルを受け、バラバラに分解されたのを皮きりに、ウェアウルフの猛攻が始まる。

 その他のスケルトンたちもろくに抵抗もできず、次々にウェアウルフの餌食となっていき、あちこちに骨の山ができあがる。


 糞。どいつもこいつも一撃でバラバラになりやがって、予想通りではあるがせめて壁の役目くらいは果たして欲しかったぞ。

 仕方なくこちらの陣地まで入り込んでくるウェアウルフを、螺旋型のに絞って槍状にした影を操作して撃墜していく。


「脆い……脆すぎるぞ。犬の餌にもならん骨だ」


 修道女のせせら笑いが聞こえてくる。


「なあアサガオ。敵の肩を持つつもりはないがスケルトンを召喚したくらいで勝てるつもりでいたのは、考えが甘いんじゃないのかね?」

「いいやそうでもないさ――成り上がれ千匹骸骨がしゃどくろ


 アサガオは黙って様子をみていたわけではなかったらしい。いつの間にか次の呪文を完成させている。手にしていた魔導書が再び暗く光る。

 ――するとバラバラに解体された大量の骨がかたかたと鳴り出し突然ものすごい勢いで一カ所に集合。圧倒的速度で複雑に組み合い、絡み合い、見上げるほどの人型へと構成されていく。


「――なっ!?」


 千匹骸骨がしゃどくろ。そう呼ばれたスケルトンの集合体は、出来上がるや否や、大きな右腕を軋ませながら振りかぶり――。


「拳骨制裁!」


 ずん――大岩のごとき右拳が振り落とされる。

 石製を床粉砕し、めり込み、フロア全体に軽い地響きを起こす。直撃を受けた二匹のウェアウルフがジャムのように潰れ、見るも無惨な姿になる。


「拳骨制裁!」


 間髪入れずに左拳での攻撃が、ウェアウルフが群れている場所にめがけて放たれる――ずん。

 逃げ遅れた三匹が拳の餌食となり、逃げ切れなかった四匹も衝撃波で弾き飛ばされる。

 先ほどの雑魚スケルトンが集まって出来上がったとは思えないほど強力な攻撃力である。


「すげえな」

「……ふむ。骸骨の数がいまいちだから、デッサンが狂うな。よしベス、スケルトンに戻れ。これからあそこに組み込んでやる」

「やだよ」

「ふん……寄せ集めに歯が立たんとは情けない」


 修道女の特段悔しそうでもない、冷たい呟き。やはりとでも言うべきかウェアウルフを蹴散らした程度では向こうにダメージを与えたことにはならないようだ。

 だがこれで敵側は一気に半数近い数が戦闘不能になり、残りのウェアウルフも無闇に襲いかかるのを止め、遠巻きにこちらを警戒している。


 勢いがこちらにある以上、このまま千匹骸骨ガシャドクロをけしかけてたたみかけるべきだろう。勿論このまま勝てるとは思わない。だが削れるところまで削って相手の手の内を少しでも明かすくらいは可能だ。


「……ひとつ聞こう」


 ここにきて初めてアサガオが修道女に話しかけた。


「……おまえが私をここに閉じこめたのか」

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