ヘルハウンド Lv1
「はうんどどっぐぞんびは、へるはうんどになった」
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《名前》「ベス」
《種族》「妖魔犬」
《Lv》「1」
《HP》「23/23」
《スキル》
「不死属性/幽霊/影術★」:暗闇の中でのみ「物理攻撃完全無効化」、「浮遊」、「透過」の能力が付与される。
「影絵/影術★」:周囲が暗闇に包まれている場合に限り、その範囲でのみ「分身」「触手」「身体の一部」などを生成できる。
「ヘルファイア/影術★」:周囲が暗闇に包まれている場合に限り、暗闇を粘性の火焔に変えて攻撃する事ができる。攻撃圏内にいるすべての敵へ炎属性2Dダメージ。プラス判定結果により、軽度の【恐怖】【火傷】の状態に陥らせることができる。またターンを終えても圏内にいる敵は重ねがけにより症状が悪化します。
「魂喰らい」:憑依の進化能力。他のプレイヤーやモンスターの身体を殺害した際、試みる事ができる(詳細については別紙参照)。
こうなったら、もうお決まりの流れ。
このアンデッドの身体は骨を黒ずみにされたくらいでゲームオーバーにならない。
別のモンスターへと変化する為の通過儀礼程度の意味合いしか持たない。
骨を失ったのだから単純に魂だけになった――つまりゴーストに戻ったのかと言えばそうでもない。
これは幽霊犬とでも言うべきだろうか。
黒い犬に似た流動性の何かに、おれは変化していた。
身体はまるで泥の塊にでも詰まっているようにどろどろで不安定。形状こそ辛うじて犬の姿を保っていたが、気を抜くと首や手足が際限なく伸び縮んだり、姿が不定形なものになりそうな危険があった。
その感覚は自分がこれまでのどのモンスターとも別種のものになったを教えてくれていた。
ウィンドウを確認すると、そこにある種族名は『ヘルハウンド』とある。
「ふむ」
聞いたことあるな。そこそこ上位のモンスターだったはずだけどなんだっけ。
周囲は暗闇。どうやら焼け死んだ場所よりもすこし離れた――ダンジョン内に等間隔に設置されたランプの光が届かない場所に移動しているようだ。
足元が水上に無理やり浮かんでいるようなやや不安定状態になっている。
試しに四肢を踏ん張らず脱力させてみるとずぶずぶと地面のなかに入り込める。
それからダンジョンの壁面を、水する要領で伝い移動。天井に到達すると再浮上。重力の影響を受けることなくその場に立つことができた。
なるほど。どうもこの身体は影が広がっている範囲であればどこにでも自由に移動できるようだ。
炸裂音。
「――!」
見ると近くの壁面が浅く削り取られている。
「どうやら君はヘルハウンドに変化したようだね。そいつは罪人の魂のなれの果てとも、悪魔の化身とも言われているモンスターさ」
おれは息を殺しながら素早く状況を確認する。
別に忘れていたわけではないが、やや離れた――ランプの明かりによって照らされた場所に修道女と巨躯の犬。
彼女は鞭を構えながらこちらを見ている。
「DDDにおいては物体の影のなかに潜んだり、影を操ったりができるらしいけど、なかなか便利そうじゃないか」
「……暗闇のなかにいるおれが見えるのか?」
「だいたいね。あんたのステータス画面の位置がわかればそれで十分だ」
「他人のポップが見れる……?」
「それが神経魔術師だ」
どんな職業であれ、どんな特殊能力であれステータス画面を始めとする|他のプレイヤーが閲覧しているポップを盗み見ることは不可能だ。
そしてこのDDDにおいて神経魔術師などという職業はまだ発見されていない。
「……厄介だな、あんた」
「厄介なのはそっちだろ。まさか麻痺状態を解除するために、わざとヘカーテに殺されるとは思わなかった」
「まんまとだな」
「ああ憎たらしい。殺しても死なないチート野郎っていうのは噂通りなようだね。そのアンデッドモンスターになるやつ一般ユーザーが造ったにしては出来がよすぎるデータだけども、どうやって手に入れた?」
「知らないね。最初に死んだ時からずっとこうさ」
「きっかけがあるはずだよ?」
「そんなに知りたいならまずあんたの知っていることを教えろ」
おれは暗闇の中で、できるだけ会話を引き延ばしてやろうとそう切り返した。
「……知っていること?」
「そうだ。なんであいつにチーターの汚名を着せようとする。なんで躍起になってあいつを殺そうとする?」
「知ってどうする?」
「どうもしないさ。おれはあいつを守る。それだけだ」
「……」
その為なら交渉でも戦闘でも何でもしようと思っている。会話しながらステータス画面を次々開示させ、そこから得られるヘルハウンドの特徴や能力の情報を引きだしてしていく。
何ができて、何が苦手か。奥の手として使えそうなものはないか。
そうすることで情報が修道女に漏洩しているかどうかは気にしない。
今はこの場を乗り切るための準備が必要なのだ。
こちらの意図を理解した上なのかどうかは分からなかったが、修道女は構えを解くと、その場で腕組みをしながら聞いてくる。
「きみはあれがこのゲームをログアウトすることができないのを知っているな?」
「……ああ」
『あれ』というのはアサガオの事だろう。
何故かはわからないが、この女はアサガオの事を名前で呼ぶ事を積極的に避けようとしていた。
「あれにはもはや戻るべき身体がない。外の景色を見る目も、誰かを撫でる手も、食べたモノを消化する器官も、それらの感覚を受け止める脳すら存在しない」
そうアサガオは死んだのだ。
分かっていることではあったが他人の言葉によって、再認識すると何故か胸がチクリと痛くなる。
「……」
「そこでひとつ疑問がでる。じゃあ、だったら何故、あれは存在し続けている? どうやって思考し、会話をしている? ここはプレイヤーの脳だけが認識している実在しない世界のはずではないのか?」
「それは幽霊だからだろ?」
「……幽霊ね。そうか。たしかにそういう表現の仕方もあるかもしれない。でも違う。実際にはあれはもっと非人道的で、冒涜的で、背徳的なものだよ」
「どういう意味だ」
「ライブラリアンという愚かな連中がいるのを知っているか? 彼らは病気も、怪我も、老いも、死そのものすら存在しない楽園を作ることを夢見ていた」
「……ライブラリアン?」
おれはいつの間にかステータス画面を捲るのを止めていた。
ちょっと待て話がよくわからない方向に進んでいる。
少なくともアンデッド的に進化を遂げたおれが新たな能力を駆使して、ボコボコにされた教会野郎に仕返ししてスカッとハッピーエンド! という展開とはずれてきている。
ろくに口も挟めず、混乱しかけた頭で、必死になって話を理解しようとしていた。
「そいつらはある実験を何度も試みていた。それは簡単に言うと、人間そのものを仮想空間に移動させるというものだった」
「仮想空間?」
「そう、まさしくここのことだ。アーカイヴこそがその鍵となると考えたやつらは、改良に改良を重ね、ある日成功させる事になる。死にかけた病気がちの少女を実験台にしてな」
「……それって」
「そう」
修道女がふいに視線をわずかに変えた。
ほぼ同時に、背後――通路の遥か向こうから何者かの足音が聞こえてくる。小走りで、何か重たい金属のようなものを引きずっているちゃらちゃらという擦過音。
それがおれには誰であるかわかり思わず呻いていた。
「……あの馬鹿。まだ体調も良くなってねえのに何しにきやがった」




