ハウンドドッグスケルトン Lv5
靴音が止む。
分厚い靴底が降ってきて、がっしりとかかとの部分がおれの頭蓋骨のこめかみ部分を踏みつけ、押さえこみ、圧迫する。
無遠慮にこちらを覗き込んでくるその顔には、楽しむような馬鹿にするようなからかうような哀れむような微笑み。
「ふうん。そうかそうか。なるほどねえ。つまり君は、勘違いしちゃってるわけだ?」
「……勘違い?」
「アレのことをダンジョンに閉じ込められた可哀想な姫君だとかさ」
「……」
「自分のことを勇敢な騎士だとかさ」
「おいおい。あまりにもと言えばあまりにもな言葉であるので絶句せざるを得なかった。おれがそこまで救いようのない阿呆に思われているとは夢にも考えていなかったぞ」
「だから勘違いくんにはお仕置きが必要だよね?」
「……」
こちらの話は一切聞いていないらしい。
彼女は一旦頭蓋骨からブーツをどけると、屈みこんで再びこちらをじっとのぞき込んでくる。微笑んでいるがその目は笑っていない。
理屈から言えば、もはやおれはチェックメイトの状態である。
修道女がここですべきなのはヒールでのグリグリや言葉責めなんかではなく、おれの麻痺状態が解けるよりも前に、止めを刺す事だ。
なのにそうしないのは何故か。
それから彼女はおもむろに左の手袋を脱ぐと、陶器のように白い手を露にした。
「――!」
瞬間、背中のあるはずのない産毛が逆立つった気がした。
よくわからないがいやな予感がした。
今すぐこの場から逃げなくてはいけない。
だが麻痺はまだ続いている。
全身が痺れているせいで構えをとるどころか立ち上がることも不可能。
例えできたとしても、|一度だけ飛び退る程度の動き(ワンモーション)が限界。
だから彼女との多少距離をとったところで状況は改善しない。すぐに距離をつめられてしまうはずだ。
ならばこの状況を回避するにはどうすればいいか。
おそらく手はあれしかない。
「……くっ」
「---!?」
ありったけの力を振り絞って、四肢で床を蹴りつける。
とっさに思いついたのは目の前の修道女の咽喉めがけて、剥き出しの犬歯を突き立てることだ。うまく食いちぎることができれば一撃死を与えられる。かすり傷でも場合によってはクリティカルダメージと詠唱一時不能を狙える箇所だ。
だがかわされたらそこで終了。
だからおれは修道女のわきをすり抜けて、その背後に控えている対象めがけて奇襲をかける。
巨躯の犬は警戒を緩めていなかったようだ。体勢こそ伏せたままだったがこちらの動きに反応していることは、その視線でわかった。
「――」
ふいに目の前の視界が歪みなんだろうと思うまでもなく、圧倒的な衝撃を全身で受けて吹き飛ばされる。ダンジョンの壁に激突してがしゃんと音を立てぶつかり、全身の骨が砕け散ったことを理解したのは、そうなってから数秒後のこと。
攻撃の正体は咆哮だろう。
それも先ほど食らったのとは違うもっと強力な類の。
その証拠にばらばらに砕け散った骨かけらのひとつひとつからぼうっと小さな火が上がっている。このゲームで体感できる温度の上限は四十度程度だったがそれは青白く、非常に高温であることは目で見てわかる。骨のかけらは残らずまるで酸に溶かされてしまうかのように黒ずみ小さく小さくなっていく。
そうして砂粒のような燃えかすとそこからくゆる煙だけになるとおれはスケルトンハウンドドッグとしての生涯を終えた。
計画通りに。




