ハウンドドッグスケルトン Lv3
「きょうかいのてさき、があらわれた!」
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《名前》「マリア(罪滅ぼしの寺院/???)」
《職業》「修道女/神経魔導師」
《Lv》「67/0」
《HP》66/66
《スキル》
不明
そいつは八階に留まっていた。
思い返してみればこちらがやってくるのを待ち伏せしていたのである。
最初に見つけたのは犬だ。
そいつは同種とはいえハウンドドッグのおれとは見た目がかなり違う。
灰色の毛並みをした巨人の血を継いでいるのかと思うほどの巨躯。
それが通路の真ん中で、道を塞ぐように悠然と寝そべっている。
近寄ろうとすると――三日月のような鋭い黄金色の目が開きこちらを捉える。眠っているのかと思いきやこちらの存在をきっちり察知していたらしい。
だがこいつは、このダンジョンのモンスターではないだろう。この階にも何度か足を運んでいるが見たことがなかったし、もしアサガオが所有していたら傍に置いて、思う様モフモフしているはずだ。
「やあ、ごきげんよう」
ふいに声がかかる。
よく見ると、巨犬のすぐ傍に人影があった。
黒の修道服が身体のサイズよりも一回り小さいせいで強調されるボディライン。
手にしていたあまりにも似つかわしくない牛追い鞭。
赤いルージュの引かれた唇の片端を意味ありげに歪ませた笑み。
縁なしの眼鏡の向こうからこちらを見つめてくるサディスティックな目つき。
彼女は一見清楚な修道女だった。
――だがそれにも関わらず、妖艶というかどこか何かまがまがしい魔女のようでもあった。
「どうも犬の散歩をしていたら道に迷ったみたいでね。気が付いたらこの見窄らしいダンジョンなので驚いたよ」
「ここは地下八階だぞ。ずいぶんと壮大な迷子だな」
「ふふ、どれだけ年齢を重ねようが心安まる場所を求める限り人は皆迷子だよ」
「どや顔で意味のわからなん説教するなよ」
食えないやつ。
彼女が何も知らないただの迷子であればこんな一見、ただの犬の骨に出会えば、モンスターとして認識して、逃げるか襲いかかってくるかのニ択のリアクションしかないはずだ。
だが当たり前のように話しかけてきた以上、おれがチーターとして噂になっていることを事前に知っている上でここにやってきたのである。
つまり彼女の目的は十中八九、チーター狩り。
「あんたの連れてる犬、すげえでかいな」
「ああ。彼女はヘカーテ。育ち盛りなせいかこんなになってしまったようで餌を見つけるのにも一苦労なんだ」
おれは少なからず驚く。
ヘカーテは幻獣に分類されるモンスターで、犬種ではフェンリルに次いで最強とされており、熟練のプレイヤーが束になってようやく互角というレベルである。
ちなみにヘルハウンドはコヨーテに次いで最弱。
「見かけによらず食い意地が張っているから、どこともしれない犬の骨にでもかぶりつくかもしれないので用心した方がいい」
にいと唇の両端を上げて、挑戦的な笑みを浮かべてくる修道女。
「成程。だがおれも狂犬病の予防接種を受けてない上に、躾がなってない。いきなり狂って噛みつきまわるかもしれないんで勘弁してくれ」
「ふふふ。面白いな君は」
「あんたもな」
「ああ自己紹介が遅れた。私は白亜教会から派遣されてきたマリアという」
「……」
やはり教会/運営。
なんとなくただものではない雰囲気なので、そんな気はしていた。
背後に控えるヘカーテについてはそれほど心配していない。死なない身体である以上、ただ強いだけの相手は怖くない。
問題は――最大級に警戒すべきなのは彼女が持っているかもしれない運営としての権限。
勿論、他の侵入者ならともかく、教会の人間と直接事を構える気も毛頭ない。
これからできる限り慎重に事を運ぶ必要があった。
「それで教会さんが何の用だ?」
「まあ構えないで欲しいな。今日はねちょっとした愚痴を言いにきただけなんだ」
「愚痴?」
「そう愚痴だ。まったく君という犬にも困ったものでね。教会側の予定だとあれの処理は五月にはつく予定だったんだよ」
「……」
「それが六月になっても目処が立たず、それどころかだんだんと噂が大きくなっているじゃないか。寺院の子たちを手配していろいろ調べてみたら、どうもあの『出来損ない』を手助けしている奴がいるらしい」
「……?」
「勿論、ベス君。君のことだよ」
話が見えてこない。
だが彼女にこちらを問答無用で処罰するような意志がないとすれば、これはチャンスと考えるべきかもしれない。
誤解を解いて、おれたちがチーターではないことを理解してもらう。それから教会の協力をもらって、そのことを公式にアナウンスしてもらう。
そうすればチート呼ばわりされることもなくなるし、うまくいけばおれのゲームオーバーできないこのアンデッド状態も解除してもらえるかもしれない。
勿論、アサガオの枷の呪いだって解いてもらうよう依頼できるかもしれない。
「じゃあ『出来損ない』ってのは?」
「察しが悪いな。あいつ以外にいるわけないじゃないか」
「それってアサガオの――」
――だが。
ふいにマリアの赤い唇から笑みが消え、こちらの言葉を遮るように牛追い鞭をたたきつける音。
「あ゛あ゛ん?」
そしてその音に応えるように修道女の背後で――のっそりとヘカーテと呼ばれる巨躯が起き上がる。
会話に気を取られていて気がつかなかったが、巨犬は先ほどから喉を鳴らすような、低い小さな唸りを上げている。




