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ハウンドドッグスケルトン Lv2

≪お知らせ≫「ハウンドドッグゾンビ Lv1」のアサガオとベスの会話を30行程追加しました。読んでも読まなくても支障ないです。

「それで具合はどうなんだ。熱は下がったのか?」


 ――十一階、書架の一角。


 まだ天蓋付きのベッドで横になっているアサガオ。今だに重度の筋肉疲労に陥っており、熱のせいでまともに動けない状態らしい。


 彼女は上気させた顔をむっつりさせている。その表情は体調不良のせいというよりは単に機嫌が悪いように思える。

 というかじろりと睨みつけられた。


「悪化したぞな」

「ちゃんと寝てたのかよ」

「寝てたとも。だが悪くなった。私の心は暗黒に打ちひしがれているぞな」

「なんでだよ」

「はっ、それだけの事をしておいて、惚けるぞなか?」

「おれのせいかよ」

「そうとも、貴様のせいぞな。ベスのせいでもはやモフモフすることができなくなってしまったぞな。ベスが私の楽しみを奪ったせいで私の体調は回復しないぞな」

「モフモフって……ああ」


 そう言えばおれがハウンドドッグにとり憑いて以降、アサガオはやたらとおれの毛を撫でることが多くなっていた。

 それ以外にも櫛で毛並みを揃えてみたり、わしゃわしゃと掻き乱して逆立てたり、毟って息を吹きかけどれくらい飛ぶかを試してみたり、良く考えるとプチ虐待っぽかったが。

 生前飼っていた犬を懐かしんでのことらしかったが、まさかそこまで楽しみにしていたとは思わなかった。


「貴様は私を裏切ったぞな」

「毛がなくなったのは仕方ないだろ。侵入者が手ごわかったせいでスケルトン化しちまったんだからさ」

「仕方なくはないぞな。これはれっきとした嫌がらせぞな。私の心は、今や暗黒に打ちひしがれているぞな」


 そのフレーズ、気に入ったのか?


「まあ寝てばかりじゃ身体に良くはないのは分かるが、他に楽しみとか無いのかよ」


 そう聞くと、アサガオは真面目な顔で「なくもないぞな」と答えた。


「毛はもうないんだ。代わりの事に専念しろよ」

「わかったぞな」

 

 意外にあっさりと引き下がるアサガオ。


「……いやに素直だな。ちなみにおまえの楽しみってなんだよ?」


 ベスは指折り数え始めた。


「まずベスに言いがかりをつけるぞな。それからベスを色々な言葉で詰るぞな。ベスを物理的に虐める。ベスに無理難題を押し付ける。ベスに暴言を吐く。それから――」

「……そうか良く分った。程々にしておいてくれ」


 げんなりと肩を落とすおれ。

 他の楽しみを見つけて欲しい今日この頃である。



                   ○



「ベス」


 おれに向かって手を差し出してくるアサガオ。


「あん?」


 よくわからないが前足を置いてみることにした。


「馬鹿もの。お手ではないぞな、お土産だ。お・み・や・げ」

「何に話だ?」

「とぼけるな駄犬。さっきの猟兵のじいさんから貰ったアイテムがあるはずぞな」

「ああこれか」

「さっさと寄越すがいいぞな」

 アサガオはベッドをずりずりと這って縁までくると、こちらにむかって身を乗り出して、おれの足元に置いてあった小瓶をひったくる。


「なんか最近横柄になってるぞ、おまえ」

「つべこべ言うなぞな。ふんふん。これはニガヨモギジュースぞなな」

「何だそれ?」


 アサガオが嬉々としながら小瓶の栓を抜くと、とんでもない臭いが漂ってきた。漢方とか、薬草とか、雑草とかを適当に混ぜ合わせたような青臭さだ。


 思わず前足で、鼻をふさぐ。

 おれはハウンドドッグに乗り移って以降、嗅覚が強化されており臭いに敏感になっているので、悪臭には耐性がなかった。


 一方で、小瓶の口からくんかくんか嗅いでいるアサガオ。


「やや癖はあるが治癒力の高いアイテムぞな。背に腹は代えられんぞな」

「ややだと……?」


 これはそういうレベルではない。

 アサガオはそれから瓶に口をつけてぐいっと躊躇なく、喉を鳴らして飲み始める。


「ふはー。苦いぞな」

「おい大丈夫かよ」

「このまずさもう健康食品を超越して毒の領域にあるぞな」

「その割には笑顔だな」

「そんなことはないぞな」


 そう力説するアサガオだったが、その顔はにこにこしておりかなり説得力がない。

 その後も、まずいまずいと連呼しながらもニガヨモギジュースの入った小瓶を三本とも飲み干してしまい、おれはただただ唖然とするのだった。


「美味いのか?」

「いいや。すごくまずいぞな」


 まあ味の好みなんてひとそれぞれだとは思うが、絶対にこいつは味覚が狂っている気がする。



                   ○



 どうもこのところの睡眠不足がたたっているらしい。

 たび重なる侵入者とのバトルで疲れているせいもあるのだろう。

 気がつくと、アサガオのベッドの角を借りて、横になってしまっていて。

 このままふたりしてノックダウンして寝込みを襲撃されてもたまらない。

 おれは前足を起こして、伸びすると意識をはっきりさせる。


「ん?」


 アサガオも眠っているのかと思ったが、起きていたらしい。

 おれが侵入者から手に入れてきた回復アイテムの小瓶を口にくわえながら、寝そべり神妙な顔をしている。

 顔はまだ上気しているし、胸の上下からも呼吸が荒いのが伺える。弱音を吐かないが苦しいのは目に見えてわかり。遅行性アイテムなのですぐに効果が期待できないのはわかっているが早く熱くらい下がって欲しいものである。


「よお何をしてるんだ?」

「見ていたぞな」

「何を?」


 おれが訪ねるとアサガオは、小さな顎をしゃくりあげてみせる。

 彼女が示したベッドの天井――天蓋の内側を見ると、そこには一面の青が広がっている。

 後から適当に塗りたくったらしく、ところどころ塗り残しが目立つ。

 一瞬何故こんなことをしたのか疑問に思ったが、すぐに思い至る。


「ずいぶん雑な『空』だな。おまえが自分でやったのかよ」


 アサガオは外に出て、青空を見たがっている。

 それは死ぬ間際に彼女が願ったこと。

 そして幽霊になった今も叶わずにいる願いだ。


「うるさいぞな。私の力作だぞな」

「おまえがやったのかよ」

「これはいわば自戒だぞな。半年もこんな場所に閉じこめられているとどうしても弱気になるときがあるぞな。そんなときにこれを見ることにしている」

「らしくない科白だ」

「放っておけ。いずれにしろ私はこのダンジョンから出るぞな。「その為には貴様を手足のように扱ってやるぞな」

「はいはい御主人様の仰せの通りに」


 名残惜しそうに空になった小瓶を逆さにしているアサガオ。たらりと落ちてくる緑色のしずくを舌で受け止め、嬉しそうに笑う。

 非常にみっともない御主人である。


「それより思いついたのかよ」

「何をぞな?」

「枷の呪いを外す方法に決まってるだろ」

「ふん」


 アサガオのどうでもよさそうな反応。

 むしろ小瓶からかどうかのほうが重要そうな素振りをみせる。


「私があれについて出した結論を聞かせてやるぞな。まず結論その一。『枷は壊せない』ぞな。酸や衝撃、熱や冷気など、あらゆる方法を試したがあの枷は傷一つつかなかったぞな」

「……」

「それから結論その二ぞな。『枷をつけたままではダンジョンから出られない』ぞな。これはもうおまえ自身も試した事で説明はいらないはずぞな」


 さすがに粘るのを諦めたらしいアサガオは小瓶をぽいと適当に放る。

 病人とはいえ見過ごせない所業である。使用済みのアイテムは数日経てば消失するとはいえ、おれはこういうマナーにうるさい方だ。

 アサガオに向かって咎めるように睨みつけてやる。


「自力じゃ枷の呪いは外せないってことか?」

「そういう事になるぞなな」

「もしかして、もう外に出るのは諦めるとか言うつもりじゃないだろうな?」


 アサガオが一向に小瓶を片づける様子を見せないので、仕方なく小瓶を口でくわえる。

 本当にだらしのない御主人である。


「いいや私は自力で外せないと言っただけぞな。結論三『もっと簡単な解決方法が存在する』ぞな」

「なんだそれは?」

「『呪いをかけた犯人を見つけ出す』ぞな」

「どういう事だ?」

「こんな面倒な呪いが自然発生(バグ)だなんてことはありえんぞな。呪われた人間がいる以上、どこかに呪った相手がいると考えるべきぞな」

「それは、そうかもしれないが仮に『犯人』がいたとして、その手掛かりはあるのか?」

「全く持ってないぞな」


 何故かどや顔になるアサガオ。


「……それじゃあ駄目だろう」

「強いて言うならその必要すらない・・・・・・・ぞな。何故ならそいつはもうじき尻尾を出す(・・・・・・・・・)からぞな」

「どうして断言できる」


 手掛かりもなにもないのであれば犯人が何者なのかも、どこにいるのかも分からないのと同じ。その存在すら疑われる状態である。

 それにも関わらず、何故アサガオは犯人がこれから尻尾を出すことが予見できるというのだろうか。


「簡単な推理ぞな」

「推理?」

「そもそも『犯人』は何が目的で、枷の呪い(あんなこと)をしたと思うぞな?」

「うーん。分からん」

「ちゃんと考えるぞな。ダンジョンに私を閉じ込めておく――つまり『監禁』しておく為ではないかぞな?」

「監禁」

 

いきなり物騒な言葉が飛び出してきた。

 ――いや。だがアサガオの言う事を裏付けることができる情報をおれは知っている。


 この地域は確か五か月前、拡張パックの導入によって急遽、解放された解放区。

 つまりそれ以前は一般プレイヤーが出入りできない開発中の地区、本来なら『監禁』にうってつけの場所だったはずなのである。

 それを『犯人』が『監禁』に使っていた可能性は十分に考えられる。


「だとすれば犯人は今のこの状況についてどう思っているぞな?」

「今の状況?」

「そうぞな。このダンジョンは侵入者によって発見され、私は悪質なチーター呼ばわりされ、ベスが侵入者を追い返し、噂がどんどん広まっていってしまったぞな。今ではDDDのニュースサイトでも話題になってるらしいなぞ」

「……確かにこれでは『監禁』の意味がない」

「犯人にとっては望ましいとは言えない。やつは焦っているはずぞな。だからもうじき何らかのアクションを起こしてくる。もしかすると直接乗り込んでくる事もありえるぞな」


 ようやくアサガオの言うことに合点が行く。


「そこを捕まえて、呪いを解かせるわけか」

「そういう事ぞな」


 推測に推測を重ねた乱暴な推理かもしれないが、理屈にはあう。

 枷の呪いを解くための段取りとしては悪くない話だった。


 ふざけてばかりだと思っていたアサガオだが、こいつはこいつなりに必死で外に出ようと足掻いているらしい。

 本気でこのダンジョンを出ようと思わなければここまで考えることはできないはずだ。


「でもよ。『犯人』の動機ってなんだろうな。なんでおまえを『監禁』しようと考えたんだろうな」

「それについては――……む。全く入れ食いぞな最近のダンジョンは」

「どうした?」


 アサガオは虚空を見つめて、眉をしかめている。もうこの仕草も見慣れてきたので、説明されなくても分かっていた。


 彼女のスキル『デッドアイ』を使って、常にダンジョンの至る場所に配置したドクロの視界から、内部の様子を監視しているのだ。

 反応があったということは、ダンジョンにまた侵入者がやってきたらしい。


「この侵入者、なかなかやるぞな」


 アサガオが言うには侵入者はすでに八階にいるらしい。


 確かにいつもであれば一階から三階あたりで察知することが更だ。ここまで発見が遅れるとなると斥候や密偵、盗賊、忍者などの潜入スキーニングに特化した職業である可能性が高い。


「やれやれ行ってくるか」

「頼んだぞな」

「はいはい御主人様」


 残念だが、つかの間の休憩は終わりらしい。

 おれは四つ足で立ち上がると、ベッドから飛び降りて、書架を後にした。


≪アイテム紹介≫

「ニガヨモギジュース」:滋養強壮悪病退散健康促進。遅行性ながらも万能薬レベルの回復アイテムでありながら、某健康食品を更に煮詰めた味と臭いの為にむしろ罰ゲームに用いられる事ことの方が多い。一部の高齢層などに愛好家がいる。回復2D+3。


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