ハウンドドッグスケルトン Lv1
「はうんどどっぐぞんびは、はうんどどっぐすけるとんになった」
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《名前》「ベス(魔王の愛玩動物)」
《種族》「ハウンドドッグスケルトン」
《Lv》「1」
《HP》「5/5」
《スキル》
「不死属性/骸骨★」:アンデッドモンスターに付与される特異体質。HP以上のダメージを受けた場合、昏倒にならず、復元の判定を行う必要がある。失敗した場合は次のターンでもう一度判定を行う(以下成功するまで繰り返し)。
「ボーンスナッチ」/スケルトンの攻撃スキル。落ちている骨を身体に組み込む。取り込んだ骨による影響と、ダブルヘッダー等の派生スキルの詳細については別途マニュアルを確認の事。また骨を千本収集した時点で、千匹骸骨犬への昇格判定を行う事。
「ペイルドレイン」:スケルトン固有の異常体質。骨を媒介に返り血を取り込み、怨念ごと魔力を蓄積、強化する。戦闘終了後、殺害した人数*6D/2の結果を[魔力]に付与。並行して[狂気]にも加算。暴走判定は狂戦士と同じく毎ターン行う事。また百人斬り達成の時点で吸血犬への昇格判定を行う事。
確かに犬は弱い。
だがアンデッドはその限りではない。
百本近くの矢が降り積もってできあがった焚き火――そのなかで埋もれているハウンドドッグゾンビの身体。
燃やされる毛皮、炙られる皮膚、焦がされる筋肉、露出する内臓。
でもただそれだけの事。
仮想空間倫理規定によってどれだけ焼けようが刺されようが「痛み」もなければ「苦しみ」もない。あるのは状況に臨場感が沸く程度の「熱さ」のみ。
なによりアンデッドになったおれはそう簡単に死なないし死ねない。
それはこれまで散々学習させられてきたことだ。
焼け焦げた毛皮、炭化した筋肉、心臓から肝臓、大腸に至るまでのすべてが零れ落ち虚ろな腹、身体を覆うすべてがむき出しになり露わになる骨。
――だがそれでもおれはハウンドドッグスケルトン。として問題なく動くことができる。
地面を蹴った。
火の粉を散らして、焚き火から抜け出る。
身にまとう焔と棚引く煙もそのままに疾駆。
目標を視認。老兵との距離は残り約三十歩――未だ中距離攻撃圏内。
「おいおい――骨だけじゃねえか。そこまでやって死なねえのか」
老兵の驚きの声が聞こえてくる。
だがその声とは裏腹にこちらの動きには対応済みらしく――矢をあげがった複合弓はこちらへ向け狙いを定め、いつでも迎撃できる構え。
こちらが完全に動かなくなるのを確認するまでは油断はしてくれないやっかいな強敵。
「影踏み」
飛来してくる三本の矢。
回避すべく大きく孤を描き疾走。
だが真っ直ぐに飛んできたはずの矢はその動きに合わせるようにカーブを描き接近してくる。
体勢低くしてすべてをぎりぎりで回避。
――がっ、――がっ、――がっ、とすぐ背後の床に突き刺さる。
「影踏み」
更に飛んでくるもう三撃。
直撃コースで向かってくる。
こちらが相手にできることは殆どない。
飛び道具が出せない以上、牙が届く距離まで――おおよそ十歩圏内まで、ただひたすら駆けて、ひたすら避けるのみ。
先程と同じ要領で進路をずらして回避。
だがまたしても不自然に進路方向を変更。
肩骨を掠め、肋の隙間をすり抜けて、尻尾骨の先端を弾き――がくっと落下。
――がっ、――がっ、――がっ。
床にうつる影へと吸い込まれるように直行する。
老兵の射撃の腕前もさる事ながら、矢の動きから察するに複合弓か矢に付与されている、命中率補正が恐ろしく強力らしい。
おかげで今の「影踏み」とかいうスキルによる攻撃計六本のうち全弾がきっちり影に撃ち込まれたのは間違いなかった。
「……あん?」
だがおれは疾走を止めるつもりはない。
何故なら今の攻撃は、スケルトンならば確実に無効化できるからだ。
おさらいすべきことでもないが、スケルトンの身体は力場によって無数の骨をまとめることで成り立っている。
故に、骨のひとつやふたつ欠損したところで支障はない。
「影踏み」が何本影へと撃ち込まれようと、その影は所詮、無数にある骨のうちの一本分の影。だからその部分だけを分離すれば、問題なく走り回れた。
「やれやれ、そいつが効かなきゃ後はとっときしか残ってねえぞ、おい」
影踏み(あしどめ)が失敗に終わったにも関わらず、老兵はぶつくさ言いながら、落ち着いた動作で、矢を一本だけ取り出して、複合弓につがえる。
おそらく次にくるのは喰らえば、ただではすまない一撃必殺の類。
今度こそこちらをしとめにかかってくるはず。
何気に彼にはもう後がない。中距離~遠距離攻撃メインの弓兵が最も恐れる事は、抵抗手段のない格闘戦距離まで踏み込まれること。これ以上接近される事は即ゲームオーバーを意味するからだ。
「――鳴る神」
老兵のしゃがれ声に併せて、構えている複合弓に起きる静かな変化――ぼんやりとした薄く青白い光が帯びる。
「――稲妻」
彼が呟くと、ふれている弦からバリと音。
弦の上から下に向かって一瞬だえか細い電気の筋が走っているのが見える。
「――神成おこし」
ぐいっーー弦が思い切り引かれると、今度ははっきりと見える形で飛び交い始める数本の電気の筋。 それは次第に勢いを増し、複合弓全体からバリバリバリと放電現象を発生させる。
スキルによる発動前効果現象。見たところ帯電による反撃。それだけでも繰りだそうとしているのが電撃系の大技だと判別できる。
「一度きりだから撃ちたかねえんだがな」
老兵との距離はあと十五歩――かなり稼げたが残念ながら未だ牙のリーチではない。飛びかかったところで鼻骨の先すら触れることは叶わない。
相手はすでに準備ができている。残された動作は指を離す事のみ。このままではあの複合弓からの一撃を許してしまうのは決定的だ。
距離から見て、タイミングを見て避けることも難しいので直撃は避けられない。
但し、このままの機動力のままであればの話だけども。
「よっとーー」
「!?」
数瞬の後、うめき声を上げる老人の背中。
彼は血が噴き出す左手首を押さえなが、その先にあったはずのものを求めてこちらを振り返る。
気がつくとおれは老兵を追い越し、彼の背後をとって五歩のところ――格闘戦距離圏内にいる。
口には噛みちぎったばかりの皺だらけの左手。その親指と人差し指は、青白く細い電気のようなものを危なっかしく弾かせた矢を摘まんでいる。
「勝負あったようだな、じいさん」
「喰えねえ犬っころめ。わざと遅く走ってやがったのかよ」
おれがとった行動は別段、難しいことではなかった。
ハウンドドッグのゾンビからスケルトンなることでの利点は二つあった。ひとつは余計な肉体がなくなり身軽になり機動力が増すこと。もうひとつは前回スケルトンをやっていたせいで神経と筋肉の役割を肩代わりする力場がかなり鍛えられていること。
だからそれらを踏まえて速度を上げる――要はなんというか、まあとにかく頑張って走っただけなのである。
まあ我ながらここまで速度が出るとは予想外ではあったが。
いつのまにか身体が行動を起こしており、意識が追いついた時にはすでに全てが終わっているなんていくらなんでも素早過ぎである。
このスピード、コントロールを身につけないと身を滅ぼしそうだな。
「さて――」
課題はクリアされた。
後に残されたのは侵入者をこのダンジョンから消すという簡単な雑務。
獲物を握れなくなった攻撃圏内の弓兵など紙屑に等しい。例えばこのまま口にくわえているものを老兵の手首から、ただの首に変えることは造作もないことだ。
だがおれは足下に、老兵の手首を置くと――それから数歩下がって老兵に攻撃の意志がないことを示す為に伏せの姿勢をとる。
「……どういうつもりだ犬っころ?」
「もしポーションか何かってたらそいつとこの手と交換してもいい。なければそのまま帰ってもいい」
「殺して奪えばいいだろう」
「チートで騙し討ちしても嬉しかないよ。だいたいあんたまだ奥の手ありそうだもん怖いよ」
「……」
「これそんなに悪い取引じゃないと思うけど?」
老兵は暫く、こちらをじっと見つめてくる。
それから黙ってこちらに歩み寄ってくると、自分の左腕を拾い、代わりにその場所へガラスの小瓶を 数本置いた。小瓶のなかに緑色の液体が入っている。
「……なあ白亜教会の幹部連中の事は知ってるか?」
「いや聞いたことないけど」
「おまえの親分について良くねえ噂を流しているのはたぶんそいつらだ」
「ふうん。なんでそんなこと教えてくれるのさ」
「まあなんだ。おまえさんがそこまで悪質なチーターってわけじゃないからな」
「そう」
アサガオの子分扱いされている事だけは否定しておきたかったが、彼に言っても意味のない事なので我慢する。まあおれとしてはそんなに重要な情報ではないが、ありがとうと礼を言っておく。
老兵はそれだけ喋ると「じゃあな」と右手で持った血塗れの左手を振って、その場を後にした。
おれは「ふう」と息を吐いて、その場に突っ伏した。
最近ああいう手強い侵入者ばっかりが相手なので疲れてしまうのだった。
本題に入る前の前置き(当初の予定では三行で終わるはずの戦闘シーン)がようやく完了。じいさんがかけて楽しかったけども……ふう。




