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現実9 『ニューダーヴィン博士の最終講義』

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≪デッドマンズ症候群、症例その十五『ニューダーヴィン博士の最終講義』≫



 これは今から十年程前の八月五日、午前十時の出来事である。


 ミスカトニック大学が主催する仮想空間(サイバースペース)上の教室にニューダーヴィン博士が現れて蒼然となった。


 確かにその時間、その場所では、博士による仮想空間工学の授業の予約が入っていた。だから彼がそこに現れるのは至極自然なことではあった。


 ただひとつの問題を除いて。

 

 実はその十五分程前、大学の事務局にニューダーヴィン夫人から「博士が心臓麻痺で死んでしまった」という連絡が入っていたのである。

 騒然とする生徒と事務員を後目に、博士は教室を横切り、壇上にあがると、まず最初にこう言った。


「さて先ほど、私は心臓麻痺で死んだようです。だからこれは私の人生で最後の授業になります。みんな心して聴くように」。


 普段、博士は絵空事を言ったり、ジョークをよく口にする人物だったので、これを聴いた者たちは手を叩き笑った。すぐに夫人の連絡がお得意の冗談だったのだろうと納得したのである。


 だが実はそうではなかった。博士は本当にその時間には死亡していた。これについては近しい親戚による証言や、主治医による死亡診断書、心電図記録までが残っている。


 壇上の博士は、これまでに語ったことのない仮想空間上の利用方法と、インターフェイス端末の未来についてを語った――これを文章に起こしたものこそが、後に『ニューダーヴィン最終講義』という名前で、現在なお学会を騒がしている論文である。


 そして授業終了のベルがなると、博士はお得意のオリエンタルスタイルで静かに合掌、一礼をして退出(ログアウト)した。


 ※この真相について、『助手のペスター氏によるなりすまし説』と『自動人形(BOT)説』がある。前者についてはペスター氏自身が地元の新聞紙にて「私が悪戯で行った」という告白を行っているが、後の調査によって、同日の同時間、恋人とディスタル市のブティックで買い物をしている事が判明しており否定されている。現在では後者についてが最も有力ではある。


 下記のリンクは彼の熱心な生徒が、勉強のために当時の授業を保存した一五分間のストリーミング映像である。


 Http://ーーーーーーーーーーー



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「リンク先も見ますか?」

「いやいいよ」

 携帯電話を葬儀屋に返した。

 成程。『デッドマンズ症候群』には特有の気味の悪さみたいなものがあってそれがよく理解できた気がする。この話がもし現実での出来事であれば博士の幽霊が出たという話で終わるだろう。

 

 だが仮想空間上での出来事であれば話は別である。

 仮想空間上では姿形は変えられる事が出来る。簡単に他人に扮することができる以上、故人(デッドマン)は何者かによる変装である可能性も考えられる。

 だがこの話では、博士はその正体を明かす事がない。そして当人しか知り得ない情報をどうやって知ったのかネタバラシがされないまま終わてしまっている。

 

 そうなれば真相が闇のなか。

 後に残るのは解けない疑問と、腑に落ちない気持ち悪さ。

 どうせ誰かの悪戯だろうと決めつけ笑い飛ばす者もいるかもしれないが、もしかしたら本当に――と、オカルトじみた考えをしてしまうのも分かる気がした。


「やっぱりこれの真相って、『自動人形(BOT)説』じゃないかな」

「さあどうかな。確かにBOT説が有力だけど、生徒の質問に対する受け答えとかがあまりにも自然で、プログラムじゃありえないって言われてるみたい」

「そうか」


 BOTというのは仮想空間上で、参加者のアバターを自動で操作したり、参加者と同等の作業を自動実行することを目的とした外部プログラムなど総称である。

 ちなみにDDDなどのゲーム上においても経験値稼ぎやアイテムの収集を目的として作成されたBotが少なからず存在している。

 但し、葬儀屋が言うように、本物の人間と勘違いしてしまうほどの高度で精巧なBOTを作成することは難しい。さりげない動作や、受け答えに出てくるから、簡単に見分けがついてしまうのである。



「ちなみに彼の遺した論文が学会を騒がせているのはほんとらしくて、検索すると『ニューダーヴィン最終講義』で検索するとこの怪談より先に、仮想空間工学(CSE)関係のサイトばっかり出てくるんだよ――まあ私の知っているのはこんなところかな。私の意見と言うよりも私の知っている知識になっちゃったけど後はネットで調べてみるといいですよ。たぶん『デッドマンズ症候群』についてだけまとめたページにもあるはずだから」

「ありがとうでも参考にはなったよ。……ふう」


 小さい文章を読んで目が疲れたので、瞼の上から指の腹で揉んだ。


「ひどいクマだねえ」

「あんまし寝てないんだ」

「本当に幽霊にでもとりつかれてるんじゃないですか?」

「その通りだよ」


 僕は軽く受け流す。


 それから葬儀屋と小一時間ほど、くだらない会話をしてから、いつもの「それではご冥福をお祈りしております」を背中で聞いて保健室を後にした。


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