現実8『デッドマンズ症候群』
「御愁傷様です」
気がつくと目の前に知った顔。
友人である葬儀屋が覗きこむようにこちらを見て、笑っている。
いつの間にか保健室の備え付けのベッドに寝かされて、膝枕されていた。
他人が見れば未成年の少年少女には相応しくないと勘違いのホイッスルが飛んできそうな状況である。
ふーむこの前も同じような事があったような。
「葬儀屋……もしかして僕また倒れたりとかした?」
「御明察です。またしても体育の大泉先生によってお姫様抱っこされてここに運ばれ、私に膝枕されている次第です」
「ああ」
「でもまさか体育の授業で、まさか見学しているのに貧血で倒れるなんてびっくりだね」
「自分でもびっくりした」
「たぶん今頃、クラスでは貧血男子とかプリンセスとかそういうニックネームをつけられてるよ。あと腐った方々には今泉先生とのカップリングで一冊薄いの書かれてるね。ふふふ」
「……頭が痛くなってきた」
携帯電話で時間を確認するとまだ三限目の授業が始まったばかりだったが、これから教室に戻るのは恥ずかしすぎるのでやめにしよう。暫くほとぼりを冷ましてから出た方がいいので、今日はもう早退すべきだろう。
さりげなく起き上がろうとするが、何気なく僕の首に回した、葬儀屋の腕がものすごい力でヘッドロックしていて、解除不能だったりする。何がしたいのかは分からないが、今のところ身動きできないので、仕方なく会話することにした。
「ねえ仮想空間上の幽霊って実在すると思う?」
「どうしたんですか急に?」
「いや何となく」
「この前、私がお話したチーターと関係ある話ですか?」
「……ああアサガオってだっけ? 関係はないよ」
「むーほんとですか?」
「ほんとほんと」
じーっと覗きこんでくる葬儀屋に目を泳がせる僕。
墓穴掘ったかも。
「そういえば。あの話、続報があってお仲間が出てきたらしいですよ。かなりのチーターでプログラム改竄したアンデッドになって無双やってるそうですよ」
「……どこで訊いたの?」
「DDD関連のニュースサイトです」
「もしかして結構、話題になってる?」
「そこそこなってますよお。みんな暇ですからねえ」
「……更に頭が痛くなってきた」
「やっぱり関係あるんじゃないですか」
「ありません」
きっぱり拒否すると、彼女の手が僕の頬にのびてくる。つままんだり、ひっぱったりしてくるのを僕はとりあえずされるがまま無抵抗で受け入れることにした。
「……まあ話したくないならこれ以上追及はしないけどもさ。じゃあデッドマンズ症候群のことはご存じかい?」
「何それ?」
「ネットロアの専門用語みたいなものかな。ゲームのことじゃないから私もそこまで詳しくないけど、要はネット上、仮想空間上に故人が出現することの総称を意味しています」
「総称?」
「そう。総称」
「ええっと。てことはこれまでアサガオみたいな事例が何度かあったってこと?」
「御明察です。過去、有名無名老若男女問わず、ネット上や仮想空間上に死んだ人間が現れるのことは少なくはないのです」
「そうなんだ」
「例えばちょっとした騒ぎになったものだと『田中A氏(享年34歳)の証人喚問』とか『本人降臨。訊いてみました本能寺の真相』とか『相談です。私の遺産相続で揉めてます』とか。まとめ記事もいくつかあります」
詳しくないとか言いながら聞いたこともない言葉がすらすら出てくるあたり満更でもないのだろう。
葬儀屋は自分のケータイを弄ってから、目の前にディスプレイを差しだしてくる。
そこには検索エンジンで『デッドマンズ症候群』というワードについて検索をかけた結果が表示されている。検索結果は約十五万件となっていた。
「……ふうん。こんなにあるのか」
「そ。でもだいたいそういう事件の顛末は決まって『実は釣りでした』とかってフレーズで終わるんだけどね」
「釣り……って、要は嘘でしたってことでしょ? まあ常識的に考えてそうだろうね」
「勿論、幽霊なんているわけないです。それが証明されちゃったらこの世の宗教家とオカルトマニアは絶叫するでしょう」
「……そうだね」
「ただこれがネットロア用語になっている由縁でもあるんだけども、この手の話のなかには一部オチがつかないで宙ぶらりんで終わるケースもあるのです」
「オチがつかないってどういう事?」
「例えば、どう考えても当人しか知り得ない情報を知っているのに、それをどうやって知ったのかとか、故人を騙るその正体が何者なのかとかネタバラシがされないまま終わっちゃうパターンです」
「ふうん」
「例えば私がよく知っているのだと『ニューダーヴィン博士の最終講義』がそれ」
「誰だっけ。なんか聞いたことのある名前のような」
「結構有名人だからね」
葬儀屋がまた携帯電話を弄ってから、ディスプレイを差しだしてくる。
そこに表示されているのは老人の写真。禿げあがっていて、皺だらけの白人で、どこかユニークな人柄を感じさせる顔つきをしている。
「チャールズ・ニューダーヴィン博士。仮想空間工学(CSE)の先駆者のひとり。今や一人台とまで言われている仮想空間へアクセスする為の端末を理論設計した人物でもあるよ」
「それってアーカイヴのこと?」
「そういうこと」
それから葬儀屋の指先がディスプレイを一度なぞると、本のページがめくれるような音がして、表示が切り替わる。
「さて、これがその件の話だよ」
ネットにまつわる怪談や都市伝説などを集めたホームページであるらしかった。
「どうぞ?」
手渡された携帯電話のディスプレイに表示されている文章を読む為に僕は起き上がることにした。




