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魔王(憑依) Lv4

 指先で、虚空を突いた(ノック)

 

 次の瞬間――ポチャッ。

 水たまりに波紋が広がるように目の前の空間が小さく揺らぐ。

 圧縮から解放されたように出現する二枚のプレート――黒い縁取りのついたグレーと、白い縁取りのライトグリーン。

 それは二人分(・・・)のメニュー画面。


 アサガオの息をのむのが聞こえた。彼女はこちらが何をしたのかわかったらしい。


『そんなことまでできるのか?』

「こうして身体を乗っ取った以上、理屈では可能だろ」


 当たり前の話ではありが本来、ステータス画面というのは固有のものだ。

基本的に割り当てられた自分のもの以外を――他人のものを閲覧/操作できはしない。

 基本的にそこにあるのは、プレイヤーのキャラクターのステータス画面に始まり、個人プロフィールや交友関係を記したフレンドリスト、通話記録ログなど多岐にわたる情報の数々。個人情報プライバシーに該当するものが多く記載されている。

 ごく一部ではあるが能力値を見抜く『千里眼サイト』や、敵や所持品を確認する『品定め(ウィンドショッピング)』といったスキルも存在はするものの、それらに個人情報(プライバシー)は含まれない。

 だから基本的にそういったことができるスキルや魔法なども存在はしないし、してはならない。

この「憑依」のような他プレイヤーのあらゆる主導権を奪う(・・・・・・・・・・)ことができるスキルなどあってはならないのだ。


『しかし何をしようと――』

「いいから黙って見てろ」


 深くのどの奥が痛くなるくらいまで息を吸い込んでから呼吸を止めると、腕の震えも止まってパネルが操作し易くなった。

 掌を(スライド)らさせて、閲覧しやすいように目前へ移動。

 拳を開くような仕草で画面三十パーセントほど拡張。

 初期設定のままのおれの画面とは違って、DDD歴が長いらしいアサガオのメニュー画面は個人カスタムされていて扱いづらい。おいおい髑髏とか蝙蝠のアイコンとか入れてんなよ。

 人差し指で何度も手繰(スクロール)るようにして該当の項目をようやく発見サーチ。指先で突っつき(クリック)――スタートメニュー画面が展開。


 画面の右下には、ログイン時間が表示されている。

 『四三四五時間五三分三八秒』。

 絶え間なく時を刻むデジタル数字はたしかにアサガオが口にしていた時間に近かった。


 人間には休息が必要だ。水分補給、食事、睡眠、排泄、運動。例えどれだけ遊びたがってもそれをいっさいせずに続けることは残念ながら不可能だ。四三四五時間五三分三八秒。この数字が本物であれば彼女はそれらの休息を、半年間以上もとってないことになる。現実にそれを実行したなら廃人ではなく死人になるだろう。


 勿論、普通であればこんなムチャクチャなログイン時間は存在しない。八時間が経過した時点でアーカイヴは自動的に休憩を勧める通知をしてくるしそれ以上プレイしていると警告音が鳴りだし更に無視していると強制終了の上、救急車両の手配がされてしまう。


 だがこんなものはいくらでも改竄だろうなというのがおれの意見だ。もしおれが確認することを見越してアサガオが施した細工したのだとしたら、それはそれで手が込み過ぎてはいるが今はスル―。

 アサガオが本当に、そう(・・)なのか真偽を確認するのに、もっとシンプルな方法がある。


 更に操作。ログアウトを選択して、展開。

とたんに周囲――岩盤の壁や床が暗闇に飲み込まれる。


『ログアウトしますか?』『はい』『いいえ』


 代わりに現れる三つのメッセージ。


「押すぞ?」


 一応、アサガオに確認する。ここまで個人のメニュー画面をおいて言えたことではないが、ログアウトという行為を他人が勝手に行うというのはあまりにも、領分を侵害している気がしたからだ。


「これを押せば彼女の言葉が嘘か本当かはっきりする。嘘だったら当然、お前は強制的にログアウトされる」

『私の言う事が本当だったら?』

「信じてやる」

『……信じる?』

「おまえが幽霊だってことを信じてやる」


 ちょっと待てと、頭のなかで自分自身へ突っ込みが入る。

 何故、おれはそんな約束を必要があるのか。

 嘘でも、真実でも同じことだ。今さら彼女が嘘をついているかどうかなんて確認する必要なんてない。

 何故ならおれのやるべきことは、さっき彼女に宣言した通り、彼女との縁を切るだけの事だろうと。


『わ……私は……』

「私は何だよ?」

『……な、何万回も突いた(ノック)。……ログアウトを何回も試してみたぞな。……でも……現実に戻ることができなかったぞな。……だから……それが無意味なことは良く知っている。でも――』

「でも?」

『でもおまえが信じてくれるというのなら、その一回のノックは無駄じゃない……かもしれないぞな』

「わかった」


 自分でもよく分からなかったが口元がにやけた。

 たぶん嬉しかったんだと思う。

 『はい』を突く(ノック)――おれは躊躇なくログアウトすることを選択する。


 



 そして――。


 キィィィイイインンン。

 どこからか聴こえてくる耳の痛くなるような低音。

 それからピンポーンという呼び出しようのアラーム音と共に現れるポップ。


『ログアウトできません』


 ピンポーン。間髪入れずに二度目のアラーム音とポップ。


『ログアウトできませんでしたので、強制終了を実行いたします』


 ピンポーン。ピンポーン。


『コマンド/コードsk372/実行』

『失敗。強制終了できませんでした』


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


『コマンド/コードsk375/実行』

『只今呼び出しを行っております。暫くお待ち下さい』

『申し訳ありませんが現在この回線はどなたも御利用されておりません』


 ログアウトを選択しただけなのに明らかに異常事態が起こっていた。

 インターフォンを押し続ける子供の悪戯のような怒涛の効果音と、その数だけ展開される意味不明のメッセージが表示されたポップの群。それらが止まらないし止める手段もなかった。

 ギイイイイイイゥウウン。鳴り止まない低音も不快さを増していく。


 ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。


『エラー/コードdk388/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードd430/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk550/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk567/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk598/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk659/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk685/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk703/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk723/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』

『エラー/コードdk745/未検出』

『異常が発生しました。お手数ですが管理者にお問い合わせ下さい』


 唐突に、ぐにゃりと歪む視界。

周囲がすっかりしずかになった気がして――暗転(ブラックアウト)する。


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