魔王(憑依) Lv2
十一階のフロアに向かう一本道の螺旋階段を肩で息をしながら、ひたすら上っている。
階段の上り下り程度、おれにとっては大した運動ではなかったが、アサガオの身体には相当負担らしい。
一階あがるだけでこれでは先が思いやられる。
『……どこへ行こうというのだ』
「教会だよ」
『ダンジョンから出るつもりか?』
勿論そのつもりである。
地上へ出て、草原を越えて三キロほど歩るいたところにある町サウスビザンスまで行く。そこまで行けば彼女の身柄は拘束される事になる。
後は運営が調査を行い、彼女にかけられたらチートなどの嫌疑の真偽を突き止めて、冤罪なり有罪なりのジャッジが下されるはず。
その後のおれは晴れて念願の平穏なゲームライフを営むことに戻ることができる。
サウスビザンスまでは、モンスターに遭遇しなければ三十分もあれば到着するだろう。
思ったよりも呆気ない終わりだと思う。
「後ろめたいことをしていなければ誤解は解ける。おまえにも悪いことじゃないはずだろ」
『それが叶うならな』
アサガオの言葉はどこか歯切れの悪いものがあった。
「それはどういう――――っ?」
緑色のタイルがひとつを踏みしめた瞬間、ふいに右手に襲ってくる違和感。腕が上がらない。鉛をくくりつけられたようなずっしりとした重み。
見ると、右手首に覚えのないものが取り付いている。それは金属製の塊。粗雑な作りな上、赤く錆びており腕輪という枷に見える。
「こいつはなんだ?」
重さから考えて鉛だろうか。でも鉛の錆びって白かったはずだ。
DDDには、鉄や黄金のような実在するもの、オリハルコンやミスリルのような非実在のもの、そのどちらも存在するが実際の重量よりもかなり軽く設定されている。それは重いと装備品として加工される材料として利用されるためだ。だからこんなに重たい金属は珍しい。職業が鍛冶屋なら鑑定できるかもしれないが少なくともおれにはこれがどんなものかは知らない。
新手のトラップだろうか。だがこれまでおれは何度もこの階段を上り下りしていたがこんなことは起きた試しはなかった。
『呪いぞな』
「こんなバッドステータス見たことないぞ」
『そういう類のものじゃない』
彼女は何かを思案するようにそれっきりまたおとなしくなる。
仕方なくおれは鎖をじゃらじゃら引きずりながらフロアを歩いてみることにした。百メートルほど進んでみるが鎖が一向に張ることはない。アサガオが言った通りこれは呪い――物理的な鎖ではなく長さという概念にとらわれずどこまでも延びる代物らしく、行動範囲の制限はないらしい。
「おまえ、まさか教会に行きたくないからって妨害してないだろうな」
『貴様に憑依されたせいで私は指先一本動かせんぞな。こいつは私にかかった呪いだぞな』
「……これ進めるのか?」
『進むだけなら問題はないぞな。進むだけならな』
だとすれば話は早かった。
今のところ分かっているのは重みによるスピードの低下のみ。行動範囲に支障ないのならば無視するに限るだろう。これしきのことで歩みを止めるつもりはない。鎖が伸び切らない限りはこのまま進むだけだった。
◆
八階のフロアに踏み込んだ瞬間、四度目の異変が起きる。
ぐっ……――右足にずっしりとした重たい感覚。
いい加減慣れるべきなのだろうが、思わずふらついて後方に向かってよろめく。そのまま慣性に任せ階下へ転げ落ちそうになり、ありったけの腿力で踏ん張った。
ふう。
「ちっ……また増えたのか」
舌打ち。漆黒のローブドレスの裾を捲ると、露わになった琥珀のような白い右足首に、似合わない装飾――さっきまでなかったはずの無骨な金属製の枷。
『進むのは構わん。だが上るのはNGだ。そいつは枷は階を上るごとに増えていく仕組みぞな』
「みたいだな」
おれはすでに地下八階まで上っている。だからお陰さまで今左足についた分を含めて、身体の枷はすでに四つになる。四肢――両手首、両足首にひとつづつ行き渡っていた。
最初のひとつくらいなら何てことはなかった。だがふたつ、みっつと枷の数が増えて、重量が増していく度に足取りは鈍くなっていく。
「もう少し役に立つ情報はないのか? これの外し方とか」
『硫酸・熱・冷気・衝撃、思いつく限りの方法は一通り試したがこれまで傷一つつけられたことはなかったぞな』
それはアサガオがこれまでにこの枷を何度も外そうとしたことがあるということ。
おれがスケルトンやゾンビだった時にはこんな現象は一度も起きなかった。そしてアサガオはこの現象について何かを知っている。そこから分かることは、これはアサガオがフロアを上るごとに発動するということ。つまりはアサガオ自身にかかった呪い。
――誰が何のために?
「解呪は?」
『ネクロマンサーに習得できる系統の魔法ではない』
「役立たずめ」
『なんだとう。おまえなんか呪文のひとつも使えないではないかぞな』
「はいはいはいはい。すいませんねえ肉体労働派なもんで」
枷はまだ増えそうだ。
このフロアを踏破して階段を上り切ったとしても、また次の地下四階にいけばまた新しい枷が身体のどこかにとりつくだろう。その繰り返しは地上に辿り着くまでに後四回続く。
「――ったく面倒くせえな」
おそらく後、二つ、いや三つ増える頃、歩行するどころか、二本足で立つことさえできなくなるのは目に見えていた。だいたいダンジョンを脱出できたからといってこの枷が外れる保証など皆無。町までたどり着けるかさえわからない。




