魔王(憑依) Lv1
――何だ今のあれは。
奇妙な白昼夢だった。
ゲームのやりすぎ疲れからくる幻覚だろうか。
まあいい。そんなことよりも。
ダンジョン内の薄暗い礼拝堂。光がささないこの場所にある唯一の光源――天井の蝋燭式のシャンデリアに灯された自らの身体を確認する。
暗黒色の光沢のあるロープドレス。その隙間からのぞく不健康なまでに白い肌。細い腕。微かに盛り上がある程度の胸元。スリムといえば聞こえがいいが、別の言い方にも変更可能な残念な体つき。
「ふふん。成功したらしな」
掌をぐーぱーぐーぱーして身体が思い通りに動くことを確認。
イナイナイバアで隙を突きはしたが、まさかこういとも簡単に、成功するとは思ってもいなかった。そして何より本当に取り憑いたキャラクターの身体を乗っ取れることになるとは驚きを通り越して呆れてしまう。DDDにおいて上位魔法やマジックアイテムのなかにこれと同等の効果を及ぼすものがあるとは今のところ存在しないはずだ。
ただアンデッドモンスターに転化するだけではなく、スキルまでもがチートじみてき始めていることに少し気味悪さを感じる。
『どどどどーなっておるぞな』
「おやおや」
耳元というか頭の中で鳴り響く慌てふためく声。よく聞き覚えのあるそれはこの身体の持ち主のものだ。
『これは……おまえベスなのかぞな?』
「ええ。あなたの元忠実な下僕のベスでございますよ」
『私の身体を動かしているぞな?』
「そのようですね」
『説明しろ。何がどうなっているぞな』
「ゴーストの専用スキルで『憑依』したんだよ」
『ぞな……つまりおまえが私の身体を乗っ取ったというのかぞな?』
「そういうことになるなテヘ」
『テへじゃねえぞなああああ!』
頭に直接響く怒声。
おれは耳を塞いでみせるがいかんせを防ぐことは叶わない。
ただその声から察するに彼女が本気で怒っているわけではないようだ。たぶんいつもの冗談、じゃれ合いの延長のつもりでいるのだ。
おれが本気で彼女を裏切ったり、害するとは思っていないのだろう。
そのことに少し苛立ちを感じる。
『ふんまったく油断も隙もないやつ。全く飼い犬に手を貸まれるとはこの事ぞな。だいたい何の目的があってこんなことをするぞな。貴様には主を敬う気持ちというものが』
「あんたと縁を切る為だ」
『―――ぞな?』
口にしてしまってからちょっとした後悔。
もう少し後でもよかったのではないかそう思う自分がいる。
何も今それを告げる必要はなかったのではないか。
だがここが境界線だった。
こうやってすっかり心のうちを告げたのだって勿論、憑依されたアサガオが抵抗もできない状態になったからだ。
だまし討ちにしなければ、こちらの思うように事が運べなくなるからだ。
だから仮にもし彼女に最低限の誠実さを見せるのであれば、今でなくてはいけない。
これ以上、先延ばしにすることはできない。
それはただの自己欺瞞、自分自身への甘えに過ぎない。
「おれは運営に敵対するつもりもないし、この魔王様と下僕ごっこにもこりごりしているんだ」
『―――!』
「あんたの噂を聞いた。殺しても死なないチート野郎だとか死んだ女の子のフェイステクスチャーを使っているだとかって噂だ」
『それは―――』
「それが真実かどうかは、おれはどうでもいいんだ。ただそのせいであんたは運営から目の敵にされている。おれはそれに巻き込まれたくない。このDDDでは敵をつくらずにいたい」
そしておれは虚空をにらみつけるようにして宣言する。
「――ただそれだけだ。だからあんたとは縁を切る」




