ゴースト Lv1
わざと殺されてゲームオーバーになるのは悪いアイデアではなかったはずだ。
実際、うまくいっていた。侵入者のティガーが十分過ぎるほど『協力』してくれたお陰で、骨の身体はもうぴくりとも動かない。すぐ足下に落ちているもの――未だに毒の煙をくゆらせながら溶け続けている黒い泥。それが何よりの証拠。
だが作戦は失敗した。
何故ならおれは平穏という名の戦果を得ていない。
ゲームオーバーにすらなっていない。
おれはスケルトンとして『塵』になったにも関わらず、このダンジョンにこうして『生存』し続けている。
そして――今のこの身体を見下ろしてまじまじと観察する。
おれは人型ですらない何かに変貌していた。
小さくて、白く、丸っこい。おまけに手足がないので腕組みをすることも、地団駄を踏むこともできない。代わりに身体が宙を――地面から2、3センチ離れたところを浮遊している。歩かずとも移動できるのは証明済みで、いろいろ試してみたところ天井を散歩することすら可能だった。
「まさかスケルトンの『先』があるなんて思わなかったね」
大方の想像はついていた。
三週間ほど前、戦士が死んだ後、蘇ってゾンビになった。
二週間ほど前、腐肉が燃えたから骨になってスケルトンになった。
要はそれと同じ理屈で骨が溶かされて、またしても別のモンスターになったのだろう。
原因はよくわからないが、こうなったのも、この馬鹿げた状況を甘く見ていたせいだろう。そう簡単に抜け出すことはできないし、中途半端なことをやっているとどんどんどんどん拍車がかかってくる。こいつはそういう仕組みらしい。
こいつは恐らく――。
念じると、黒い縁取りのついたグレーのプレートが視界いっぱいに展開される。呼び出したのはステータス画面。自身のプレイヤーとしてのプロフィールや割り当てられた能力値、スキル、所持品などの情報がひしめいている。ゲームの雰囲気などを尊重して、あまり利用していなかったがこういう場合は仕方ない。
「魂だけになったから――というわけか」
ステータス画面の左、上から二番目。キャラクターの『職業』の項目が『種族』に変換されていることに気がつく。そしてその隣におれが予想した通りの名前が入っていることを確認する。
≪種族≫ゴースト
同一名のモンスターには過去ダンジョン内で何度か遭遇したことがある。決して珍しい敵ではない。ビジュアルは例えるなら「風船にシーツを被せて目と口を書き足した」ようなやつだ。絵本で描かれているような可愛らしいオバケをそのままイメージしてもらえばいい。常に虚空をひょいひょい飛び回っているので攻撃は当てにくいが、かすり傷でも負わせれば空気が抜けたように萎んで消えてしまう。攻撃は引っ掻きのみで大して痛くもない。
アンデッドモンスターのなかでは最弱の部類に入るだろう。
「げっ攻撃力ゼロ? ……なんだこのスキルは『物理攻撃完全無効化』に『透過』?」
だがこの身体は自分が知っているゴーストとはすこし毛色が違うらしい。
改めてステータスを確認していると、物理ダメージの予測数値がどういうわけかゼロになっていることに気がつく。これでは他のゴーストのようにひっかくことすらできないのに、どうやって闘えというのか。
だが力、素早さなどの能力値のほうは低いながらもきちんと割り振られている。それらの複数の能力値の組み合わせから算出されるのがダメージ予測数値なので、普通ならゼロになることはありえないはずだ。もしかしてバグだろうか。
他に『不死属性/幽霊』という見たことのないスキルを見つける。説明書きを読む限りでは『物理攻撃完全無効化』『透過』などの複数のスキルを兼ねているものらしい。これを所持していると身体が相手から物理ダメージを食らわなかったり、壁や天井などフィールド上の障害をすり抜けたりができるとある。
それらはひとつひとつが希少なスキルだ。低級のモンスターやプレイヤーが所持していることはまずありえない。その上、大抵の場合であればスキルに「十秒以内」や「一日二回まで」などといった制限がつくもはずだが、これにはそういった記述がひとつもない。つまりは無制限で使えるという事。
「おお!」
試しに岩床にぶつかってみると、そのまま身体は吸い込まれるようにして埋もれる。地面なかにまるごと潜りこんで、そのまますいすい泳ぐこともできた。これは便利そうだ。
ただ、このスキルにはれっきとした代償があることに気がつく。すり抜けという能力には際限がないが同時にそれを止めることもできない。常にオン状態で、オフのスイッチが存在しないのだ。
それは敵からの攻撃が通じないと同時に、こちらからの攻撃すらすり抜けていってしまうということ――つまりは相手への干渉ができない。
成程、物理ダメージゼロはそういうからくりによるものらしい。
試しにそこらにいるモルドスライムを攻撃してみるつもりで、ティガー戦で落とした愛用の巨斧を取りに行ってみると、なんとそれを拾う事自体ができなかった。手の代わりに触手のようなものを出すことができるのだが、それで巨斧に触ろうとするとすり抜けてしまう。物体すらも触ることができないようなのだ。
確かに攻撃食らわなかったり、壁ぬけ出来たりするのは回避にもってこいだけど、こっちが攻撃できなきゃ何にも意味ねーじゃん? そもそも物に触れないって結構大変なことじゃね?
このゴースト、有能なのか無能なのかよくわからないな。
「ん……他にもなんかあるな。何だこれ」
問題を解決してくれるスキルを探すべく再びステータス画面を展開していると、目をひくものを見つける。ゴーストらしいといえばゴーストらしい能力。人形遣いの『マリオネット』か中級呪文の『デスウォーク』の拡大版のような扱いのスキルだろうと思っていたが、説明文を読んだ限りでは違うようだ。
「……おいおい、こんなこと本当に可能なのかよ?」
もし記述通りであればとんでもない能力である。そもそもシステム上そんなことが可能なのかと疑いたくなってしまう。
「まあいいか。減るものではないし試しに使ってやるよ」
勿論、アサガオと縁を切るという目的は変わらない。
何度でもチャレンジするつもりだ。
徹底的にぐうの音もでないくらいに逃げ切ってやろう。
このふざけた冗談がいつかはネタ切れで終わりがくるまでぶっ壊し続けてやろう。
おれはおれの平穏を手に入れるまではあがきまくってやるつもりだった。




