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スケルトン Lv9

「思ったよりも手応えがなかったねえ。ティガーさんがっかりだな」


 膝をつくこともできなくなった俺に伸しかかると、舌舐めずりするティガー。

 あとはもう子供に遊ばれる人形のようなもの。四肢をもがれても、身体を引きちぎられても、逃げるどころか抵抗することも不可能だった。


「それは申し訳ないね」

「……それとも何か狙っているのか?」

「さあどうだろう」

「まあいいよ。こうなりゃどう足掻こうが俺の勝ちだしね」


 だが『計画』は順調に進んでいた。

 焦ることはない。手足のことなど取るに足らない出来事に過ぎない。

 俺が恐れていることはただ一つだけ。それは彼の心変わりだ。このままことが進めば黙っていてもおれを殺してくれるはずである。


 だからこの状況を確実なものにする為の布石を打っておく必要はあるだろう。


 黒いショートソードに汚染されてもげてしまった右腕の復元をもう一度試みる。黒く溶けかけた腕の骨に、意識を傾けてみるが、神経のように巡っていたはずの力場はもはや微弱。集中し続けることでようやく、元の形へ戻ろうと流動する。

 やれやれ。この作業、骨が折れそうだ。


「――なあ殺される前に教えてくれ。ノーライフキングってなんだ」

「とぼけんなよ、てめえの御主人さまだよ」

「ああアサガオのことか」

「このエリアじゃあかなりの有名人だぜ」

「どんな風にだよ」

「もちデータ改造(チート)なんてのは大したことじゃねえ。そんなのどこにでもいる。問題は死んだ他人になりすましてることだ。あんな悪趣味なやつそうはいねえ」

「その情報は間違いないんだな」

「嘘ついてどうすんだ。うちの団長が死んだ本物と知り合いなんだよ」

「……」


 俺は次にすべきである行動に出るため、左腕へと意識を巡らせてみる。第一関節、第二間接を折り曲げ、手のひらを握りしめてみる。力場の流れは以前よりも鈍いながらも動作に支障はない。よし。


「さあてそろそろ首だけになってもらおうか」

 言いながら剣の柄を逆手にもって、振り上げるティガー。


 圧倒的な苦戦、一方的な防戦、壊滅的な敗戦。すべては一太刀目から予測していたことだ。キャリアでもスペックの差でも僕は彼にまだまだ及ばない。だが、だからこそこの状況下でできることを教えてやろう。

 おれはティガーの視界の外から左手を持ちあげると、そっと彼の顔に近づける。まるで恋人にするように手のひらで彼の頬をやさしく包むと、やさしく撫でる。だがそれは愛撫とはまるで正反対の性質を持った行為。


「くらえ」


 いわば毒にまみれた手のひら(ポイズンタッチ)による攻撃。


「―――――――ああああああああああああああ」


 じゅっと焼けた石に水滴が落ちるような音。一瞬だけ何が起こったのか分からないというようなきょとんとした顔をするティガーは天井を見上げるように仰け反って、顔を抑えて叫んだ。


「どうだ」

「ああああああああああはははははははは」

「!」

「やりやがった。やりやがったねえ。一矢報いたってやつだ。偉いよ。それでこそ殺しがいがあるってもんだ」


 笑ってやがる恐ろしい奴。

 おれは転げるように這うようにしてティガーから離れると、ドロドロの両足と腕を無理やり復元させる。この透明(スケルトン)なくせに黒く染まった身体。さしずめポイズンスケルトンとでもいったところだろうか。だがもはや見せかけだけで、動くどころか身体を支えるだけでも難しいありさまだ。


「我……ティガ―宣誓す!」

 剣を高く掲げ、叫ぶ騎士。


「この剣、この命、この魂のすべてを、我が黒点騎士団五十余名の敵である、目の前の骨野郎をぶっ殺すことに注ぐ!」


 宣誓。このスキルは騎士専用スキルのひとつだ。戦闘前に宣言すると任意のステータスにボーナスが加算される代わりに半日以内に勝利を納めないと手持ちの経験値を大幅に失うリスクが与えられるというもの。

 対プレイヤー戦において、大抵のプレイヤーはこのスキルを使われることを非常に恐れる。

 勿論ステータスボーナスも脅威ではあるが何より問題なのは、宣誓者が必死になることである。

 宣誓した以上は、相手を確実に殺さなくては大損をする破目になる。だから是が非でも勝ちをとりにいく。追いつめれば死に物狂いになり、逃げれば地の果てまでも追ってくるような狂人との戦闘を誰が望むだろうか。

 このおれを除いて。


「塗り――」


 ティガーは毒で爛れた顔を晒したまま、かすれた声で呟く。

 両手でしっかりと握りしめる黒く濡れたショートソード。まるでそれが急激にとてつもない重量を帯びたかのように彼の踏みしている岩床がみしりと音を立てて凹む。

 

「――たくれええ」

 

 おそらく彼女がボーナスを振り込んだのはショートソードに宿る毒性。元々強力だったそれが更に強化されてその魔力が漏れ出ているのだろう。ひりつくような空気。あまり体験したことがないが経験値の高い魔法使いが、上級魔法を詠唱している時に似ている。


「さあこいよ。返り討ちにしてやる」

 こちらに戦意があるところを示す為に構えるおれ。勿論、虚勢。あと数十秒でも持ってくれるのなら万々歳だ。


 彼はまんまと罠にはまってくれた。

 ここまで彼を追い込むことができれば、徹底的にこの身体を粉砕/溶解してくれるだろう。


「――黒漆喰ぃいいいいい!」


 ティガーによる渾身の一撃。

 上段から降り注ぐように下りてくる稲妻のような豪撃。

 それを避けるつもりはなかったし、もはや避けること自体ができなかった。できるのはただ静かに受けるれるだけだ。


「じゃあな御主人様」


 おれは心のなかでアサガオに別れを告げる。






 ティガーは暫くの間、呆けたようになって荒い呼吸を繰り返していた。

 やがて落ち着いたらしくショートソードをしまうと、こちらに近づいて、スケルトンの死骸を漁り始める。おそらくは賞金稼ぎギルドで換金をする為の証を手にはいらないものか探していたのだろう。だがそこに残っている元骨だったものは毒にまみれ完全に汚泥のようになっている。

 やがて彼は諦めたらしく舌打ちをして立ち去る。

 


 

 そして、おれは一人残された。

 まだ死んでいない。

 何故かゲームオーバーは訪れていない。

 全身の骨を失いスケルトンですらなくなっても、未だに「死」なないままそこに存在している。


「……なんでですか?」


 途方にくれたその問いに答えてくれるやつはここにはいなかった。

「すけるとんは、ごーすとになった」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


《名前》「ベス(魔王の僕見習い)」 


《種族》「ゴースト」


《Lv》「1」 


《HP》「0/0」 


《スキル》

「不死属性/幽霊★」:アンデッドモンスターに付与される特異体質(ユニークステータス)。「物理攻撃完全無効化」、「浮遊」、「透過」の能力が付与される。


「イナイナイバア」:任意で、完全な隠密状態(インビシブル)になれる。但し、相手がこちらの存在を認識している場合には判定する必要がなる。


「憑依」:詳細不明。



つぎはゴースト編になりまーす。

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