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スケルトン Lv4

「もの足りねえ」


 地下十一階の延々と続く赤い絨毯の回廊を歩きながら手頃な獲物でもいないかと探す。だが遭遇するのは壊れて動かなくなったジャイアントゴーレムやらガーゴイルばかり。動いているものとは出会わない。ここはほぼ一本道だったので出会ったものは片っ端から倒しまくってしまっている。


 闘い足りねえな。

 久しく感じていなかった飢餓感。


 回廊を抜けきると目の前に立ちはだかる巨大で分厚い扉。だが生前、力任せにぶっ壊した錠も、人一人なら通れる内側に開いた隙間もそのままである。ここを挟んで向こう側にある場所がアサガオと初めて対面した礼拝堂だった。


「なんだ?」


 誰か人の声が聞こえた気がして、こっそり身を潜めと覗き込む。

 延々と並ぶ長椅子。その先にある祭壇の前に人影がある。膝を折り祈っている女の後ろ姿。長い髪に黒色のドレスローブ。アサガオだ。

 死霊魔導師が何に対して祈りを捧げるのだろうか。ともかくこちらに気がついている様子はないようだった。


「チャーンス」


 これは絶好の復讐日和。

 俺は斧を両手で持ちかえる。

 できる限り物音と気配を消しながら獲物めがけて走り寄る。

 死臭が消えた今、奇襲は失敗しない。

 であるならばこの機会を逃す手はなかった。

 遠慮は無用。祈りだろうが懺悔だろうが他人のそれはただの隙。


「喰らうぜ」


 餌にかぶりつく野犬の気分でアサガオの背中めがけて振り下ろす。


 だが手応えがない。

 巨斧の刃が裂いているのは虚空。

 標的は忽然とその場からいなくなっていた。


「祈っている者の背後を狙うとはなかなかの外道ぞな」


 背後から声。

 ないはずの身体中の筋肉がいっきに強張る錯覚。

 完全に死角をついていた攻撃をどうやってかわしたのか。

 慌てて振り返りかえろうと首を巡らせた。


「御褒美をくれてやろうぞな。絶対服従(お手)!」

「ぐっ」


 突然、頭上からとてつもない重圧。

 堪えきれず膝を床についていた。

 巨大な何かがのし掛かってきている。

 みしりと全身の骨が軋む。

 その場から逃げるどころか身動きすらとれない。

 押しつぶされないよう抵抗するのが精一杯だった。


「なんだ……これ……」


 歯を食いしばり何とか見上げる。

 すぐ目の前にアサガオがいた。

 こちらにむけて小さな白い手を差し出している。

 そこからとてつもない圧力は放たれている。


「これは主従関係を結んだアンデッドに対し、死霊魔導師が発動できるスキルのひとつでな。言うことを聞かんお前のような奴に巨大な重圧プレッシャーを与えて屈服させるものだぞな」


 まるで頭を撫るがごとくかざされたその手。

 触れてもいないそれが近づけば近づくほど押さえつけてくる圧力は増していく。


「がはっ」


 肩から腕が外れ、四つん這いの状態すら保てなくなる。

 身体の上体を構成する骨がばらばらになって床に崩れ落ちる。

 尚も続く重さのなかで、為すすべもなく俺は彼女の言葉を聞き続けるしかなかった。


「そしてデッドアイ」


 彼女の冷酷な笑み。

 空いているほうの手を顔に近づけ、人差し指で目元を差す。

 改めて見たそこには妖しげな紅のオーラを帯びている眼球。いわゆる魔眼。


「アンデッドの視界を一方的に共有できるこれもスキルのひとつぞな」

「ど……どうりでな」


 視界の共有化。

 つまり俺がこの礼拝堂に入ってきて、アサガオの背中を見つけ斬りかかろうとするまでの行動は全てお見通しだったらしい。

 ならばこちらを振り返る必要もなく攻撃を回避することなど容易いことだ。

 だがそんなことよりもショックなのは俺の行動の全てが監視下に置かれていたという事実。つまりは死臭に関係なく、奇襲も尾行もこいつには通用しないかったということだ。

 くそっ。プライバシーの侵害だ。

 つうか死臭を消すために身体を燃やしてスケルトンになった俺の決断は無意味だったのかよ。


 ――などと嘆いていると、それまでのことが嘘のように身体が軽くなる。

 絶対服従が止んだのだ。

 アサガオが手を引っ込めて中腰になってこちらをのぞき込んでいる。

 唇を突き出しどこか憮然とした表情。


「さてこれに懲りたらつまらん真似は改めるんだぞな」

「え……あれ。なんだよ。それだけ?」

「む。なんじゃ。もっとお仕置きして欲しいのかぞな」

「い、いやもう遠慮します」


 負け戦はしない主義だ。奇襲がデッドアイとかいうスキルによって封じられ、力でもかないそうにないと分かった以上、更なる抵抗は無意味。見苦しいだけである。

 こうなったら次の勝ちに繋がりそうな足がかりを掴むまではおとなしくしているべき。


 ――だがアサガオは大甘だな。

 背後を狙ってくるような手下は即座に廃棄すべきだろ。

 まあ俺としては大した咎もなく安心しているがな。

 彼女はこちらの考えを読んだようにうっすらと笑みを浮かべる。


「じゃれた程度で殺すような狭量なら最初から貴様など飼わんぞな」


 やっぱ俺犬猫扱いかよ。

 というか完全敗北だった。今の俺にはこいつに勝てる見込みすらなかった。

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