スケルトン Lv3
「スケルトンかい。肩どころか全身砕いてあげるよっ」
こちらがモンスターであると見るや否や、躊躇なく飛び出してくる巨嬢――ヒマワリ。
判断が早い。それは会話の最中も警戒を怠っていなかったから事で、またモンスターとの戦いに慣れている証拠。
つまりはそれなりに戦闘経験値あり。
俺は迎え撃つため巨斧を肩から下ろし――突然視界の下方から現れる大きな塊。
「怒ッ」
「うおっ?」
それを攻撃だと認識するより先に、身体が半歩後退していた。
次の瞬間、鼻先で止まっている職杖の先端。
相手の突きの攻撃が急過ぎて認識することができなかったのである。
いつの間にか間合いを詰めてきやがってる。
「麗ッ」
「うはっ」
構えなおす暇も与えてもらえずに、やってくる二撃目の突き。
それでも目で捉えることはでき、膝を大きく落としてしゃがんで回避。つくった溜めを利用して後方へ飛び、すこしでも距離を稼ぐ。
スケルトンの身体は反応速度がいい。
またそれ以上に動きが軽やかだ。それまでぎこちない動きのあったゾンビに比べて、今までにない動きの良さがあるおかげで回避率が半端なく上がっている。
「魅っ」
「ほっ」
それにしてもこのヒマワリという少女、かなりの使い手である。
恐るべきは職杖+大きく長い腕+高速突きのコンボ。
異常なまでのリーチがこちらの距離感を狂わせてくる上、繰り出してくる突きの速度が尋常ではなく速い。まだ間合いじゃないと高をくくっていると初撃、構える間もなく二撃、三撃と怒濤のごとく連撃をくらう。もしこの身体がゾンビのままであれば全ての攻撃を受けていたはずだ。
「回避しやがったか。ちったあ骨があるようだね」
「骨しか残ってねえのさ」
「風ッ」「鼠ッ」「羅ッ」「獅ッ!!!!」
三連撃までを寸でのところで身をかわして凌いだが、四撃目で重たい衝撃。
正面からの一撃を紙一重で、巨斧を挟み込みこむ。
「ぐはっ!!!?」
――と思いきやその重圧に堪えきれずあっけなく吹き飛んでしまう。
ずがしゃん。
身体が壁に叩きつけられて盛大な音をたてる。
今までのスケルトンとしての形は見るも無残、そこらじゅうの床に散らばるはただの骨の群れになる。
「うーし楽勝、楽勝」
「ちょっと強いスケルトンだったね」
「どっちにしろ、あたしの相手じゃないね」
「あれれれ? なんか骨が戻っていく……?」
「下がってなヒナゲシ」
物も言わず一カ所に集まっていく骨たち。
まるで見えない糸に括られているかのごとく宙に浮き、元の構成を取り戻していく。数秒の後俺はスケルトンとして復活した。
「ふう焦った焦った。簡単にゲームオーバーにならないのはゾンビと一緒だな。だがなんだこれ防御時の衝撃だけで分解って、どういう仕様だよ」
「怒ッ!」
お喋りの暇はないとばかりに飛んでくる突。
だがその動きは読んでいた。
巨斧の側面で流すように弾く。
そのまま疾駆。
間合いを詰めて、無防備になった巨嬢のわき腹へ――。
「くらえっ!」
「ぐっ!」
打。
「もういっちょ!」
「がっ!」
更に身を捻り、渾身の強、打。
刃で狙ったわけではないが、生前であれば厚い鉄鎧からでも悶絶できる攻撃だ。打撲ではすまないはずだったが。
「おいおい嘘だろ。攻撃力も激落ちかよ」
俺は落胆で両腕ごと肩を地面に落っことしそうになる。
ヒマワリは脇腹を押さえているが戦意を失ってはいない。むしろ憤怒を込めて睨みつけてくる。傷も軽傷。たいしたダメージは与えられない。ただ相手に火をつけただけらしい。
はあ。さっきの分解で、嫌な予感はしていたのだ。巨斧を振りかぶった時の感じとか、攻撃を加えた後の手応えも物足りない気がしたのは錯覚じゃないようだ。
スケルトンは骨しかない。あたりまえだが皮膚も筋肉も神経もない。
代わりにフワフワした不可視の「力場」で骨を繋いで、形を造っているらしい。この「力場」は俺の意思を伝動して骨に動きを与えてくれる言わば神経のような役割を持っているようだ。例えば俺が「走る」とか「蹴る」とか思うだけで、それを骨で再現してくれる。
その伝達速度はかなり早くまた柔軟で、それだけにスケルトンの身体は身のこなしが悪くない。
ただ、こいつは神経であって決して筋肉ではない。だから重心を支えて「力む」ことや、また重い衝撃に耐えるのには向いていないのだ。おかげで攻撃力は当然、(低下)ダウンするし簡単に骨がバラバラになる。
筋肉がないこと。それはこの身体の弱点といえる。
「おい、ヒナゲシ、『お祈りの時間』だ」
「あれは切り札じゃんっ」
「こいつは強い、あたしが小指の先の骨まで粉砕させてやる」
何か仕掛けてくるつもりらしい。
会話から察するに強力な攻撃手段であることは間違いない。
俺としてはこのままの持久戦に持ち込んでやるつもりだった。こちらに決め手がない以上、のらりくらりと全攻撃をかわしつつ手数で攻める。相手へのダメージと疲労を蓄積させてノックダウン。地味で面倒な作業だがこの身体でできる最良の手だ。
注意すべき点はひとつ、さっきのような流しきれない一撃。巨斧で受けることができたとしても骨がまたバラバラになるはず。その後、俺は何度まで元のスケルトンに戻れるのか。この疑問が解けない以上、迂闊に攻撃を受けるわけにはいかない。
ちょっとスリリングで、燃えてきたかも。
「……むう冷静になってよね」
「十二分に冷静だね」
「じゃあ訊くけど、その骸骨やっつけてなにか得することあるの。お金が手に入るわけ?」
「そんなもん」
「入らないでしょ?」
「う」
「あの技使ってリターンがなかったら後に残るのはリスクだけなんだからねっ」
あれ。なんか小柄なほう――ヒナゲシに何か諭されてるぞ。
「一回帰ろう。ここを攻略するにはもっと準備がいるんだよ」
「えっと、もしかして怒ってんの?」
「怒ってないもん。じゃあねっ」
「おいちょっと待ってくれよっ!」
大胆にもこの状況で、こちらに背を向けると来た方向へと歩き出していくヒナゲシ。
交戦中のこちらに注意を割かないわけにもいかないヒマワリ。かといって相棒に置いていかれるのも嫌なようでじりじりと後退していく。さっきまで恐ろしい連撃を繰り出してきた使い手とは思えないくらい焦っていた。
はあ。
なんか急にやる気なくなってきたぞ。興が殺がれたってやつだな。俺は巨斧を上段に構えているのが馬鹿らしくなり、力を抜いてどっしりと地面へ下ろす。今の距離であればさすがの巨嬢もリーチ外なので問題はないだろう。
「帰るのかいでっかい嬢ちゃん?」
「悪いな骸骨野郎」
ヒマワリは、こちらが構えを解いたのを見て、かすかにほっとした顔を見せるとすぐに背を向けてダンジョンの闇のなかへと消えていく。
何やら不本意な形ではあったが、どうやら侵入者を追い払うことには成功したようだ。
俺はあるはずのない凝りを解すつもりで、肩甲骨をごきごきと鳴らしてみた。