ゾンビ Lv7
カンテラと燃料である油は、ダンジョンを歩き回って侵入者のナップサックを漁れば、簡単に手に入れることができる。
ダンジョン探索においてそれらは必需品だ。もし視界の届かない暗闇のなかへ踏み込む必要があった場合、それらがなければ罠にもモンスターの襲撃にも気がつくことができない。持っていない奴はモグリである
「ほらあった。悪いけど貰ってくからな」
「……」
侵入者たちからの返事はない。彼らは「死臭」を喰らわせたところあっさりと気絶してしまった。そんなに臭いのかコレ。
それにしても近頃、侵入者の数が増えている。白亜教会の証である、石灰岩で象った十字をつけてるやつが目立ってきたのも気になった。
まあ何人かかってこようが敵ではないし、目的のものがすぐに手に入ったからいいけどね。
「さあて塗り塗りしますか」
俺は手に入れた油を手のひらにこぼすと手足にすりつける。皮膚に触れると傷口からグロテスクな緑の液体が溢れだしてきて、腐敗が相当進んでいることが実感できる。この肉体はもう限界に近いのかもしれない。
全身をくまなく油まみれにさせると残ったものは頭からぶっかけてやる。
「死臭」とは思わぬ弱点が露呈したものだ。
鼻まで腐った俺には自覚はできない。アサガオの言葉によれば、十メートルの距離からでも気がつくらしい。空気の流方や、嗅覚の鋭い相手の場合であればそれ異常の距離からでも察知されるのは間違いない。
こうなった以上「尾行」と「不意打ち」の成功率は格段に落ちる。というかほぼ失敗に終わると見ていい。
これが侵入者相手であれば問題はなかった。何故ならば連中に対して身を隠す必要が全くないからだ。向こうから勝手にやってきてくれる。今のところその数は増しているとはいえ、手だれはそう多くない。仮に強敵に遭遇したとしても「死なない」ゾンビの身体に脅威を与えることはできないだろう。
「お次はこれだな。……んっんっんっぷはあああ」
酒瓶を取り出すと、蓋を捻り、一気にあおった。
これも侵入者の手荷物から他にも失敬した酒で、その名もレッドドラゴン。アルコール度数が非常に高く、飲んだものの肌がたちまち紅潮するという宣伝文句で有名な代物だ。戦闘前の気付けや、消毒にも利用できることから冒険者に愛用されている。
残念ながらゾンビなので肌は灰色のままで紅潮することがなかったし、酔っぱらうこともできなかったが、これで引火しやすくなったろう。
問題なのはアサガオのほうである。彼女には一度敗北している。実力は未だ未知数ではあるが まともに闘って勝てるような相手ではないだろう。何よりも俺は彼女の「死霊術」によって創造されているアンデッドモンスターである。主である彼女に術を解除することは造作もないはず。おそらくは数秒もあれば肉塊へと戻せるのだ。
だからこそ今後の課題に「尾行」と「不意打ち」の二つは不可欠だった。
「尾行」で蓄積した情報で彼女の弱点を探ると同時に、確実に彼女を倒すことができるような絶好のチャンスを「不意打ち」でものにする。
それができない「死臭」によって負った大きなハンディキャップは、「死なない」程度の利点では帳消しにできない。
「仕上げはこいつだ」
足下に視線を移す。そこにはカンテラがひとつある。ガラスのなかの火種が、煌々と明かりを放っている。
俺は覚悟を決め、カンテラを思い切り踏みつける。ガシャっという音と共にガラスが割れ砕け、骨組みが折れて、あっさりと潰る。中にあった火種が、油の付着した足に燃え移り、そこから伝って俺の身体を上っていく。
ぼうっという音を上げて、全身があっという間に炎に包まれた。あちこちから煙が上がり、じゅうじゅうと音を立てた肉が焼け始めた。
さらばゾンビ人生。
俺は彼女に逆襲するつもりである。
別に彼女について恨みはない。賞金目当てでダンジョンに乗り込んだやからを撃退したことに 彼女の非はない。そもそも実力不足の俺が悪い。だからこれは復讐ではない。
だが敗北し、殺され、モンスターにされ、服従させられたが、魂まで売り渡したわけではなかった。だがこうして仮初めであれ考え、動き、走れる以上は生きることを止めることはできない。
一度対峙した敵から目を背けるな。
あらゆる手段を用いてでも勝利しろ。
死ぬまで食らいついて離すな。
これこそが俺の全て。
戦士の矜持。
だから俺はそれを貫く必要がある。
数時間は立っただろうか。あたりには霧のように煙が立ちこめている。
これらは俺の焦げ、炭化した身体から出たものである。
ダンジョン内で火を焚くとこうなるのを失念していた。あとでアサガオへ報告するついでに謝りも入れておくべきかもしれない。
煙っていない場所まで歩いていくと、自分の身体がどうなっているのかはっきりと眺めることができる。
黒く炭化した肉だったものは、簡単にこそげ落とす事ができた。
今まで隠れて見えなかった部分が露出すると、それは思っていた以上に白く細かった。
頭蓋骨、脊椎骨、脛骨、胸骨、肋骨、肩甲骨、鎖骨、上腕骨、指骨、坐骨、恥骨、大腿骨、足根骨。
骨、骨、骨。
俺の全身体には余分な肉どころか皮膚すらなく、もう骨しか残っていなかった。
そのせいか身体が異様に軽い。
ゾンビだった時には硬化した肉のせいで動きに鈍さがでていたが今度は動きが軽やだ。
重さの乗った攻撃ができなくなった分、手数でカバーすることになるかもしれない。
手のひらを開いたり閉じたりしてみる。
指の第一関節と第二関節の間。その継ぎ目をよく確認してみると、わずかに隙間ができている。そこには存在しない。
それでも今まで通りに動かすことができるようだ。皮膚も、筋肉も、神経すらないこの状態で動ける仕組みがわからないし、そもそも見たり聞いたりできるのは何故か、疑問はある。だがそんなものは瑣末な問題だ。
それよりも何よりも、これで俺の身体から腐った肉は除去された。つまりは「死臭」は発生しなくなったのだ。
「テレレッテー。『スケルトンになった』♪」
俺は軽くなった足取りで、スキップを踏んでやった。
星海社のレッドドラゴンの更新が待ち遠しい今日この頃であります。
地の文ばかりで、会話文が足りずサクサク読めない気もするのですが、どうなんでしょう
か。
ようやくスケルトンかー。