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ゾンビ Lv6

 禁じられた遊び(マリオネット)のアサガオ。


 それが俺を殺しゾンビにしたあの女の名前である。


 あの自称魔王(しょうきんくび)について、これまでに分かったことはまだ少ない。

 とてつもなく凄腕な死霊魔導師であること。

 怪しげな魔導書ネクロノミコンをいつでも肌身は出さず持っていること。

 地上に滅多に出ることはなくダンジョンで生活していること。

 寝食の時間を除いては調べ物と、怪しげな研究に没頭していること。

 研究の対象は主に、霊魂とかアンデッドについてだが具体的に彼女が何をしたいのかは不明だ。


 ゾンビとして彼女の手下になってから、俺は暇さえあれば情報収集するのが日課にしていた。




 

 『書架』はダンジョンの地下奥深くに存在している居住フロアのひとつで、非常に彼女好みの場所だ。事実これまで追跡した限りでは一日の多くをここで過ごしている。


 見上げるほど巨大な本棚があちこちに乱立しており、それでさえ収まりきらない蔵書が足元に無数に乱立している。俺にはよくわからんが、それらのひとつひとつが非常に高価で、希少な図鑑であったり研究論文らしい。


 今もアサガオはここで本を読んでいる。

 立て積みした蔵書を椅子代わりにして、手にとった本をぼんやりした顔で読み始めてからかれこれ一時間。


「ところで、さっきから気になっていたのだがな。何故声をかけんのだぞな?」


 ふいに、それまで読んでいた本を閉じ、顔をこちらへと向ける彼女。

 隠れていたつもりだったがバレていたらしい。


 どう出るべきかを一瞬考えたが、俺はすぐにそれを放棄して、しれっとした顔で棚影から姿を現すことにした。

 ここから逃げるのは本意に外れる。かといっておそらくまともに対峙しては太刀打ちできないだろう。そもそも魔王の死霊術によってゾンビにされているので、数秒あれば肉塊に戻されてしまうだけだ。


「ベスよ。元気そうだな」

「とりあえずその呼び名は止めて欲しいんですがね」


 ベスというのは俺の事だ。ただのゾンビではつまらんからとおかしな仇名をつけられてしまったのである。

 血啜り斧といいろくな呼ばれ方をしないのは死んでからも同じようだ。


「気に入らないのか。私が昔飼っていたペットの名だぞな」

「犬猫程度の扱いですか俺」

「動物ではなくしゃれこうべだ。子供のころ話し相手代わりに親に与えられたのだぞな」


 結構狂ってるなあこいつ。自称魔王なだけはある。


「ところでどうして俺がいること分かったんです?」

「ふむ。ベスはここにきてどれくらいになったぞな」

「一週間ですかね」

「以前、おまえに薬をやったろう」


 ゾンビになってすぐに渡された正体不明の薬品の入った小瓶(ポーション)が頭をよぎる。

 理由も知らされないまま服用するように言われて、一度口に含んだところ意識が飛ぶほど不味かったので即行捨てたのを思い出した。


「あれは防腐剤だぞな。飲めば身体の動きが多少固くなるかわりに炎天下でも生肉が数年しても腐らなくなる代物だぞな」


 シット。何てものを飲ませるんだ。


「腐敗の進行具合でわかるがおまえは飲んでいないぞおな。腐りかけが美味しいお肉の頃合いをとっくに通り越して空腹の野良犬も喰うのを躊躇うレベルだぞな」


 アサガオが一瞬だけ、こちらと目を合わせ、にやと笑う。そこには研究対象を見つめるような、もしくは悪戯に蟻の巣を弄繰り回して遊ぶ子供のような好奇心が見える。


「ええっとつまりどういう事ですかね?」


「分からんか。死臭ぞな。十メートルも近づけば声をかけなくともすぐに気がつく」


 嘘だろ。

 俺は鼻の傍に腕をやってくんくんと嗅いで、気がつく。腐っているかどうか以前に、臭いそのものがよくわからない。

 そういえばこれだけの本が存在している場所で、埃やインク、紙の匂いがしていなかった。


「鼻が腐っておるのだろう。そのせいで嗅覚が機能していないようだぞな」

「防腐剤、今更飲んでも手遅れですかね」

「無駄ではないだろうが、その『死臭』は消えないだろうな」 


 アサガオは大きく伸びをすると、ここから立ち去るつもりらしく俺に背を向けて歩き始める。

 今なら奇襲をかければ、一撃くらいは喰らわせることが可能な距離だった。

 だが確実に倒せる保証もないので、見送ることにする。


「この『死臭』なんとかしねーとな」


 俺にはすぐにでも何か手を打つ必要があるようだ。


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