File 12.狙われた探偵
「解るさ、そのぐらい」
鳴海は言うと、真相を語り出した。
此処で、高山 涼子について少し説明しよう。彼女は警視庁捜査一課に勤める刑事である。今回、遥々東京から彼等を追って来た理由は、当然、彼等の捜査を足止めする為である。
「この山を追っていて一つ解った事がある。一年前、あんたは殺害された山路 俊哉と不倫関係にあった。そしてそれが発覚し、彼は当時奥さんだった高城 真理と離婚をした。だがそれだけでは済まなかった。
離婚後、二人の間で何らかのトラブルが発生し、高城 真理は山路 俊哉を殺害。それから一年後、今度は高城 真理が予備校の女子トイレの個室で滅多刺しにされ殺害された。犯人は恐らく、山路 俊哉と愛人関係にあり、彼を殺害した犯人を恨んでいる人物。──そう、犯人はあんただよ。高山 涼子さん」
その推理に、涼子は笑んだ。
「面白い推理だけど、物的証拠はあるのかしら。状況証拠だけでは私を犯人にする事は出来なくてよ?」
確かに、現段階では物的証拠が一つも無い。凶器さえあれば指紋が検出出来る可能性があるのだが・・・。
「・・・・・・」
俯く鳴海。
そこへ、彼の携帯にコールが入った。
鳴海は携帯を取り出し、応答する。相手は警視庁捜査一課の高宮 繁治警部だった。
「高宮さん、何か御用で?」
高宮は鳴海に、凶器が現場付近の川の中から見付かった事を伝えた。
川の中では、血液反応は出ても指紋は取れてしまっているだろう。
「それとな、被害者以外の血液も検出されたんだ」
鳴海は思考を巡らせた。
「有り難う」
言って鳴海は、電話切って仕舞った。
「高山さん、現場付近で凶器が見付かったそうですよ」
「そう、見付かったの?でも川の中じゃ指紋は消えてしまっているわね」
「ついでにこんな事も言ってました。凶器から被害者以外の血液が出た、と。そこから考えられるのは一つだけ。犯人も怪我をしている」
沈黙が場を支配する。
「所で涼子さん、その頬の傷、事件の日からありましたけど、どうなさったんですか?」
「ああ、これは木の枝に引っ掛けてね」
「違う。それはナイフで斬った痕だ」
言葉に詰まる涼子。
「恐らくあんたは、被害者を殺害しようと現場に呼び出し、持っていた凶器で襲い掛かったが、抵抗されて自分も怪我をしてしまったんだ」
「・・・憶測でものを言うのはやめて頂戴。私の血液と凶器の血液が一致しない限り──」
「憶測じゃない!」
涼子が言い終わる直前、鳴海が掻き消す様に発した。
「あんたは自ら自白してしまったんだ」
疑問符を浮かべる涼子。
「俺は先刻、凶器が見つかったと言ったな。だが、何処で見つかったか迄は言っていない。何なら、その時のメッセージ聞かせてやろうか?」
言って鳴海は、ポケットから携帯レコーダーを取り出し、少し巻き戻して再生した。
涼子の声がレコーダーのスピーカーから聞こえる。
『そう、見付かったの?でも川の中じゃ指紋は消えてしまっているわね』
ガチャ──鳴海は停止ボタンを押し、ポケットへ仕舞った。
涼子はその場に崩れ、膝を着いた。
「卑怯よ、あなた」
「恐縮です」
そう言った瞬間、鳴海の後頭部にサーチライトが現れた。
「鳴海さんっ、隠れて!」
「えっ?」
と振り向く鳴海。
パアンッ!──何処からか銃弾が放たれ、それ鳴海に向かって飛来する。
「危ない!」
理奈が咄嗟に跳び、鳴海を突き飛ばした。
「うっ!」
銃弾に胸を貫かれ、呻き声を上げて地面に伏す理奈。
「成瀬川!?」
しかし反応が無い。撃たれたショックで気絶している。
(この角度は!)
鳴海は銃弾が飛んできた方向を計算してそっちを向いた。
空に、一機のヘリコプター。
其処から鳴海のよく知る人物が、彼をサーチライトで狙っていた。
(アイツも関わってたのか!?)
カチ──鳴海の後頭部に銃口が当てられる。
「油断したわね、氷鉋 鳴海」
鳴海は両手を挙げた。
「口封じに俺を殺すのか?」
「あなたには真相を知られちゃったからね。あなたの事だから、此処で殺らなきゃ、警察に言うでしょ?」
此処迄、か。
鳴海は死を覚悟した。
パアンッ!──銃声と共に、涼子が倒れた。
振り向くと、瀕死状態の理奈が、拳銃を構えていた。
「鳴海さん、逃げて・・・」
「貸せ!」
鳴海はローリングして拳銃を理奈から奪い取り、自分を狙う者に銃口を向けた。
「無理よ。拳銃で遠くのものを狙うなんて・・・」
「そんなのやってみなきゃ分からねえさ」
言って鳴海は、引き金を引いた。が、弾は外れた。
ある人物から携帯にコールが入った。
鳴海は携帯を取り出して応答する。
「どう言うつもりだ!?」
すると電話の相手は「死ねば良かったのに」と発した。
「何でお前が・・・!?」
「ふっ、そんな事お前には関係無え。兎に角そこを動くなよ?動いたら女の命は無え」
鳴海は理奈をチラリと見た。
「なあ、一つ、良いか?」
「何だ?」
「救急車、呼ばせてくれ」
「ほお、自分の事より女の心配か。駄目だ、お前たちは此処で死ぬんだ」
(クソ!)
鳴海の携帯を握る手に力が入る。
「さあどうする?怖きゃ逃げても良いんだぜ?その代わり女の命は無いがな」
為す術が無い。動いたら理奈が死ぬが、動かなかったら二人とも死ぬ。絶望したっ、二重拘束に絶望した!
巫座戯ている場合では無い。この状況を打開する策を真剣に考えなければ。
鳴海は脳をフル回転させて考える。
「鳴海さん、逃げて下さい」
「それは出来ない。そんな事したらあんた死んじまうだろ」
「でも、このままジッとしてたら二人ともお陀仏だよ?」
理奈の言う通りである。だが策が無い訳でも無い。
一か八か、鳴海は行動に出る。
拳銃を軽く上に投げ、落ちてきた所で、狙う者に向かって思いっ切り蹴り飛ばす。
拳銃は猛スピードで、摩擦で火を吹きながら狙う者目掛けて飛んで行く。
「何をするかと思えばっ、そんな物が当たる筈がっ──」
当たった。拳銃が狙う者の額にクリティカルヒット。狙う者は意識を失った。
脅威は去った。
死ぬ事も無くなった。
鳴海は通話を切り、110番した。
その後、やって来た警察に因って、涼子と狙う者とその一行は逮捕された。
北海道のとある病院。
理奈は手術室で治療を受けている。
その手術室の前の椅子に、鳴海は腰掛けている。
(成瀬川、無事でいてくれよ)
鳴海は目を瞑り、手を組んで祈っていた。
その時、手術室のドアの上にある手術中のランプが消えた。
ドアが開き、ドクターが出て来る。
鳴海はすっくと立ち上がり、
「成瀬川は!?」
ドクターに訊ねる。
ドクターはマスクを外して「手術は成功です」と答えた。
「後は回復する迄、暫く様子を見る事ですね」
言ってドクターは去って行った。
鳴海は再度椅子に腰掛け、安堵の溜め息を吐いた。
手術室からベッドに寝かされた理奈が病室へと運び出された。
外科病棟、病室。
麻酔が切れ、理奈は目が覚めた。傍らには鳴海の姿がある。
「よっ」
と発声する鳴海。
「良かったな、生きてて。医者の話しだと、あと1cm銃弾がズレてたら心臓に当たって死んでたそうだ」
理奈は胸に手を置いた。包帯が巻かれている。
「あの、犯人たちは?」
「捕まったよ、道警に。所で、東大で事件がどうとか言ってたけど」
「あのさ、その事なんだけど、忘れて?」
「えっ?」
「あなたが興味持つのは解るけど、こっちは危ない仕事だから」
「何だよ?手伝わせてくれたって良いじゃないか。君だって俺を手伝ってくれただろ?」
「・・・解った。一緒にやりましょう」
To be continued...
狙う者
彼の名前判ったでしょうか?