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暖冬

作者: 灯野 朔
掲載日:2026/11/02


起きてもまだ冬だった。昨日も去年も冬だった。いつ春が、夏が秋が、暖かい冬が来るのだろうか。


2ヶ月ほど前に恋人と別れた。ただ別れただけと言うと、冬がなどという表現は大袈裟に聞こえるかもしれない。ただ、それほどだったのだ。4年という月日はあまりに長く呆気なかった。知りすぎたし、知らなすぎた。君の癖も習慣もこだわりも全て知っていたのに唯1つ知らなかった。不安に怯えていることを。初めから見えていたのに目を背け多くの期待を向けた。今になっては、不要なもののように感じる。出会った当初は、惰性で2人の日々を共有していた。私は怠惰から大学へも行かずただただ学問に勤しみ、時間を作っては友人と呑みに出かけた。生活も人並み以下であり、頼りきっていた。私は洗濯も料理も、片付け、買い物に至るまで方法というものがさっぱりわかっておらず、いつも君がそんな私を微笑ましく思いながら手伝ってくれていた。いや、全てしてくれていたのだろう。


そんな私も今では全て人並み以上にはできるようになったのだ。明確に私を変えた日がある。付き合い初めて半年やそこらのことであった。惰性を極めている、私に不機嫌そうな君が言い放った。

『 出ていって』

意味を求め理由を問うが返事はない。わかっていた。何もせずタダ飯をくらい、先月バイトも辞めていた。金を借り賭け事をした。挙げれば限りがない。ただ、叱責することなく淡々と今あげた物への不満を吐露している。私は別れたくはなかったようだ。自分を責めることなく、この人が言うのならば変われねばと思うほどに心酔していた。私はその日を境に変わった。家事も手伝い、買い物にも行き、賭け事を辞めた。ただ、タバコは辞めず結局君も吸い始めた。


私の勘は当たりやすいようだ。君はいつも不安に怯え入念に準備をする人だった。何に脅えているのかははっきりとしないが漠然となにかに追われている様子ではあった。初めの浮気だ。浮気というより、火が上がったのだ。私は許した。大学生なのだからそのような事はよくあることだろうといった。傷心も激怒もあったが出てきた言葉は自分でも驚くくらい相手を肯定するものだっただろう。ただ私は変わっていっていた。その事から君に期待を向けた。私を変えたのだ、君も容易く変われるのだろう。


2度目。火は燃えている。私は1度目と同様に許した。同じ言葉をかけ、変わることの意義を説いた。また、私もより君のために変わると決意した。また変わった。誰が見てもいい人間になった。そのような自信と共に、2人の周りに人が集まり始めた。そこから1年半位は驚くほど静かで暖かい関係が長く続いた。幸せであった。私は全てを許し結婚するのだろうと思っていた。私もいい人間になり大人になっていたのだ。金も余裕が生まれ時間も生まれた。2人の日々が共有されひとつになっていた。


何気なく日常を感じ、旅行に行きあなたを見た。いつもあなたを見ていた。それ以外何も見えなくなるほど。景色や食べ物が色褪せるほどにあなたの彩度がより濃くなる。病気であるとそう思えるほどにあなたを愛した。


ふと思う。暖かい。同じ布団から起きるとき、同じ食べ物を食べるとき、同じ布団に入るとき。季節がわからなくなるほどに心地が良い。私の冗談であなたが笑うことも増えた。少しずつあなたの不安が消えているのではと思える。そのくらい一緒にいたのだ。私の生活もあなたを模倣している。同じ習慣、同じ癖、同じ考えをし心地がいいのも自然である。私はあなたになった。そしてあなたも私になっていた。珍しくひとりでいる時も、あなたならどうするかが指針になりあなたと同じ色に浸かっている。そう思っていた。

特別とはこのことだろう。周りからも理想のふたりだと言われることが増え、私たちを囲んで人がより増えた。喧嘩はほとんどなかっただろう。永遠にこの時間が続くのだろうという確信と期待が心を満たした。


出会って4年ほどが経った。火は消えた。3度目。急だった。頭に血が上り、路上で責め立てる。とにかく理由を聞く。的を射た返答はない。何を言っているのか理解ができない。


私は寒さに弱かった。君は何を考えているのだろうか、何をしているのだろうか。時間の無駄だ。3度目は許せなかった。長い間の平穏に慣れていたのかもしれない。


先月新しい恋人ができた。春も夏も秋も来ている。これから冬が来るが、暖かいのか。同じことをなぞり、私が生活の術を教えていると、面影を重ねてしまう。相手にも自分にも。ふと笑いが出る。しかし新しい人は何にも怯えていない強いひとだ。私は冬に怯え始めた。これ以上ない幸福な時間が今は流れているが、こたつのおかげだろうか。

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