S N S
「はーっ、さむさむ」
コートのポケットから鍵を取り出す。
玄関はもうすぐそこだ。
と、通路に何か黒い塊が落ちているのが見えた。
虫か?この寒いのに?
近づいてみると、それは立派なカブトムシだった。
「おお!?でっか!ヘラクレスか?」
昔は田舎で昆虫採集三昧だった血が騒ぐ。
が、季節は真冬だ。
せっかく立派に育ったカブトムシももう虫の息で、わずかに足先を動かしているだけだった。
「なんでこんなところに……飼育してたのが逃げたのか?」
もったいなくて思わずスマホを取り出してカメラを向ける。
「どのみちすぐ死ぬしな……」
俺はちょっと考えて、鍵を開けると真っすぐに台所に向かう。
「おかえりー、ってちょっと何?手も洗わないで」
妻の文句を聞き流し、台所から砂糖を拝借する。
ペットボトルの蓋に一つまみ、そこに水を垂らす。
「これで勘弁してくれな」
玄関先のカブトムシにペットボトルの蓋を抱えさせてさっさと退散する。
「真冬にカブトムシかあ」
まるで物語の始まりのようだ。
そして撮った写真を何の気なしにSNSに投稿した。
「ただいま」
「おかえり、何やってたの?」
二度目の帰宅に妻は胡乱な目を向ける。
「んー。カブトムシいた」
「カブトムシぃ?」
「こんな時期におかしいよな。どっかの落とし物かね」
――冬。カブトムシ。
検索すれども越冬できるなどと言う記事はない。
スマホをいじる俺を見ていた妻が眉根を寄せる。
「それ、SNSに載せてないでしょうね?」
「え?載せたけど。珍しいし」
「ええ、もう!?」
「なんかまずかった?」
未見を押さえる妻に聞き返す。
曰く、わざと珍しい落し物をして、写真からアカウントの住所を特定するという手法があるそうだ。
「知らなかった……」
ぽこん、とスマホが鳴る。
「あ」
ぽこん、ぽこん。
「やばい」
通知が止まらない。珍しい現象に投稿が拡散されていく。
「ちょっとお」
「いやもうこれ止めるの無理だろ」
「空き巣に狙われるとか、最悪引っ越しなんてごめんだからね!」
怒る妻をなだめて夕食にする。
サイレントモードにしたスマホに、通知が積み重なっていく。
一体この投稿はどこまで届くのだろうか……
「@!n/s>l,z's%* さんがあなたのポストをリポストしました」
翌朝、投稿は数十件拡散されて止まっていた。通知の勢いから万バズしたかと思ったが、そんなことはなく拍子抜けした。
「"合成乙"、"夏に撮ったやつ?"、"住所特定されるんじゃね"……」
そういえば、単に通路に落ちているカブトムシを撮っただけだから昨日の写真だとわかるのは落とし主くらいだろう。いったいどこに住んでいるのか。
出社の準備をして玄関に出る。
「あれっ」
カブトムシは消えていた。てっきりその場に転がっているものと思ったが。
まだ動けたのだろうか。
こつん、とつま先に当たったペットボトルの蓋だけが廊下を転がって階段を転がり落ちていった。
その日の晩、帰宅すると再び玄関前に何かが落ちていた。
「げ、またかよ」
カブトムシが戻ってきた?
覗き込むと、今度は文鳥らしき鳥だった。黒っぽい羽根があちこち歯抜けになり、怪我もしているようだ。
「なんでまたうちの前に……」
鳥の世話はさすがにわからない。
それでも真冬に放置するのはためらわれて、段ボールを用意して中に入れる。
明日になったら警察に届ければいいだろう。
―文鳥。世話の仕方。
検索して調べる。
「なんでもかんでも拾ってこないでよ」
「そうはいってもなあ」
玄関前に放置して死なれるのも寝覚めが悪い。
そう思ったのだが、小鳥は翌朝には箱の中で冷たくなっていた。
ペットであることも考慮して、結局交番に届けた。
ぽこん。ぽこん。
スマホがSNSの通知を知らせているが、疲れていて確認する気にはなれなかった。
翌日。
今度は壊れたおもちゃが落ちていた。一昔前の変形ロボのようだ。
「ねえ、なんかイタズラしてもいい家、みたいに噂されてるんじゃない?」
妻が気味悪そうに言う。
「おかしいなあ、拡散はされてないけど。……よし、できた」
「なにしてんの」
「いや、壊れてたからちょっと直してやって」
「やめなさいよ、人のものでしょ」
「捨てられてたんだ、誰のものでもないだろ」
さらに翌日、休日だった。今度はケガをした猫がうずくまっていた。
今度はすぐに交番に届けた。しかし、やはり次の日には息を引き取ったという。
電話を切ると、妻が怒鳴った。
「いい加減にしてよ!」
俺もさすがに閉口して原因を探ることにした。
ホームセンターに行き、監視カメラを買って玄関先に設置した。
その結果。
「……なによこれ」
途中で画像が途切れていた。
そして再び映像が映ると、玄関先に何かが落ちている。
今度は蛇だった。冬は冬眠しているはずの生き物だ。
「もういや!どうなってるの!?」
さすがに気持ち悪くなって俺も玄関先のものに手を出すのをやめた。
「……引っ越そう」
何日か前の壊れたおもちゃを捨てに行こうと思ったが、どこを探しても見つからなかった。
俺たちは取るものもとりあえず、田舎にある妻の実家に最低限の荷物を持って移った。敷地は広く、離れが建っていて引っ越し先が決まるまでそこに滞在していいという。
誰がいたずらしているにせよ、これで落ち着けるはずだ。……そうだよな?
ぽこん、スマホから通知音が響く。
ピンポーン
同時に玄関の呼び鈴が鳴る。
お義父さんかお義母さんだろうか?
「はい」
反射的に玄関を開ける。
生暖かい風が吹いた。
薄暗がりに、誰かが立っている。
「どちら様……?」
ゆらゆらと揺れる人影は、よく聞き取れない声で言った。
「こコに来レば看取ッテくレるとキぃて」
背後で、妻の悲鳴が響き渡った。
ぽこん、ぽこん。
俺が取り落としたスマホが、入れていないアプリの通知を告げていた。




