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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

電車で座っている人の、降車駅が見える能力

掲載日:2026/05/08

 僕には少しだけ、不思議な力がある。

 電車の座席に座っている人の、降りる駅が見えるのだ。

 胸の辺りに浮かぶ○○駅の文字は、疲れて座りたいときにとても役立つ。

 反対に言えば、それ以外に使い道はない。


「降りようとする駅」ではなく、「降りる駅」が見えているのだとわかったのは、とあるカップルのおかげだ。


 黒髪眼鏡の真面目そうなサラリーマンと、金のロングヘアに派手な爪をしたギャル。

 仕事終わり、いつもより一本早い電車に乗れると必ず顔を合わせる彼らは、その車両でとても目立っていた。

 仮に能力がなくても、どの駅で降りるか覚えただろう。


 過度にいちゃつくでもなくうるさくするでもなく、ただ静かに手を繋ぐだけの彼らを、恋人のいない僕は羨ましく見ていた。


 それが、ある日。記された駅に変化があった。それも、二人して違う駅だった。


 今日は別行動なのだろうか、と考えていたところ、彼らは喧嘩を始めた。

 女性に記されていた駅の一つ手前で。

 小さく、けど確実に。女性が怒りをぶつけていた。


「もう知らない」


 そばにいたから聞こえた言葉。

 ドアが閉まるギリギリで駆け出した彼女を、サラリーマンの彼は捕まえることができなかった。

 閉ざされたドアの前で、彼は「早く止まれ」とでもいうかのように外を見ていた。

 その必死さに、手に汗を握った。早く、次の駅へ。


 開いた瞬間、走った。

 それを見て、「がんばれ」という感情と共に、「これは降りる駅がわかる能力だったのか」と理解した。

 


 それがわかったからといって、利便性は変わらない。

 敢えて言うなら、乗客の降りる駅が大体同じ場合電車は止まる、という発見だ。

 ちょっとした遅延ではなく、振替輸送を必要とするレベルの。

 しかし僕にできることは「うわぁ、どこで時間潰そう」と考えることくらいである。

 

 今日はいつも通りに仕事が終わった。

 電車に乗ると、何人かに駅名が見えない。

 能力がなくなったというわけではなく、一部の人間だけ。


 これまでは終点まで寝過ごす酔っ払いや、物心ついているのかも怪しい子供にだって表示されていた。

 だから、こんなことは初めてだった。

 

 いつもは次の次の駅で席を立つサラリーマン。

 キャラクターもののネクタイは、おそらく子供からのプレゼント。


 終点間際まで乗り続ける、バスケシューズを抱えた青年。

 部活終わりなのかうつらうつらしてる。


 隣の駅で扉に向かう女性。

 今年の春からなので、おそらく新卒。


 その他、何人か。見覚えのある彼らに、降車駅がない。

 電車から降りず住み続けるのかな、なんて考えながら座席に腰を下ろした。


 まぁ、まさかそんなことはないだろう。

 人身事故で線路上に止まれば、駅以外で降ろされることだってあるかもなぁ。


 慣れきっていた。だから、考えもしなかった。

 隣の車両から、ナイフを持った男が入ってくるなんて。


 ゆらりと歩く男が視界に入った。なんとはなしに目をやった。

 大ぶりなナイフが部活帰りの青年の首元を裂いた。

 青年はもう、電車を降りられなくなった。


 車両内に悲鳴が響き渡る。

 一人の男が、ナイフ男の前に出た。必死に声をかけている。やめるんだとか、落ち着けだとか。


 この説得は失敗する。

 さっき座っていたとき、彼の駅名は見えなかった。


 近くにいる女性が泣いている。足に力が入らず、立てないようだ。

 彼女もだめだ。駅名が見えない。


 ナイフ男が来たのと反対側の車両に逃げようとしながら、能力の不便を嘆く。

 なぜ、見えないのか。立っている人と、僕自身の降りる駅が。


 いままではそれで不便がなかった。

 座っている人が降りる駅がわかれば座れるし、僕の降りる駅は僕自身が決めるから。


 けど今日ばかりは違う。


 誰が助かるのか。

 あの男はどこで降りるのか。

 そして僕は、降りられるのか。


 先ほど次の駅が示されていた男が、スマホを構える。

 この彼は生き延びられる。なら、押しのけて逃げていい。


 そう考え隣の車両に移った。何故か、こちらも多くの人の駅名が見えない。

 

 カラカラと、缶が転がる音がした。

 小さな金属音。なのに、妙に耳に残る。

 嫌な予感がした。ニュースで見た、地下鉄テロの映像が頭をよぎった。

 だから僕は、ほとんど反射的に元の車両へ戻った。


 パンッ!


 背後で何かが破裂する。

 振り返ると、ガラス越しの車両に白い煙が広がっていた。

 ただの煙じゃない。

 喉が焼けるような咳が、扉の向こうから聞こえた。

 

 日本はいつの間に、こんな危険な国になったんだ。

 脳内で毒づくが現状は変わらない。

 逃げられない。どこにも。


 次の駅が遠い。あの日サラリーマンを応援したときよりも、遠い。

 車両に残る人たちに目をやる。あとは誰に、駅名が書いてあっただろうか。


 今日はすぐに座れてしまったせいで、ちゃんと見ていなかった。

 誰の近くにいれば、僕は生き残れるのだろう。

 スマホ男の後ろに隠れるのが、一番安全なのか。

 

 スマホ男も、いざとなったら隣に逃げ込めばいいと思っていたのだろう。

 ガラス越しの白煙に、スマホではなく自身の瞳を向けている。


 もう、どうしたらいいか。

 駅員は助けに来るのだろうか。


 そういえば、こういうときのためのボタンがあるはずだ。

 いまいるような、車両の切り替わりのところに。


 キョロキョロと探すと、すでに別の人が「緊急事態です」と繋いでいた。

 この声が聞こえないくらい混乱していたのか。


 あぁ、でも、だめだ。ここから離れなきゃ。

 彼も、行き先が見えなかった。

 

 案の定。ナイフ男は気が狂ったかのように通報している彼に向かっていった。

 ナイフ男の意識がそちらへ向いた隙に、僕とスマホ男は横をすり抜けた。


 反対側の車両を目指す。必死で扉を閉めている向こう側の人に、入れてほしいと願う。

 ガンガン扉を鳴らすと、あちらも冷静になったのか僕らを受け入れた。


「あ、彼女も」


 扉を開けた人が言う。

 僕らが通り過ぎた女性。立ち上がれなかった、パンツスーツのよく似合う女性。


「彼女はだめだ」


 口につきそうになるのを、慌てて止めた。

 彼女は駅名が見えないから、なんて。


「たすけて」


 小さな声が、聞こえた。

 腰が抜けながらも、這ってこようとする姿勢。脱げかけのパンプス。生きたいと示してる。

 いつもなら、隣の駅で降りる彼女。今日だけは、駅が見えなかった彼女。


 ヒュッと息を吐いた。

 この、たしかでない能力を信じて、僕は彼女を見捨てるのか。

 妄想かもしれないような、降りる駅が見えるというだけの能力を信じて。

 

 それでいいのか。

 彼女を見捨てて、僕は明日からも電車に乗れる?

 次に降りるのはあの人だ、なんて思っていられる?


「こっちへ」


 身体を翻し、駆け寄ったのは半ば無意識だった。


 大丈夫だ。ナイフ男はまだ遠い。彼女に肩を貸し、車両を移ってしまえばいい。

 引きずるように進む。すぐそこだ。移動し終えたらすぐに閉めてもらおう。


 彼女と共に扉にたどり着く直前、閉ざされた。


「なんで」


 開けてほしいと言いたくても、向こうの人の顔が見えない。

 見えるのは、スマホ男のスマホだけだ。


 ナイフ男は、まだ遠いはずだ。なら何故開けてくれないのか。

 後ろを見る。すぐにわかった。

 男の手には、黒いものがあった。ナイフじゃない。


「銃はずるだろ」


 背中が熱くなった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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