第7話 ようやく振り出しへ
「たくっ。ここでやっと、プロローグに追いつくのかよ。もう第7話だぞ。
いつまでこんなくだんねー事件続くんだ。信じらんねー・・・」
「どうした、和彦?何ブツブツ言ってる?」
「別に」
「それに信じられないのは、お前だ」
武上は右手の拳銃・・・ではなく、箸を和彦に向けて言った。
「犯人に連行されたくせに、弁当付きで返品される人質がどこにいる」
「まあ、人徳ってやつだ。それより武上、人に箸向けんじゃねーよ。行儀悪いぞ」
「・・・」
「それに、そーゆーお前こそ、俺が貰ってきた弁当食いやがって」
「・・・」
武上はさすがに黙り込み、食べることに専念した。
腹が減っては戦はできぬ。
ノッポに見放された(?)和彦は、「転んでもタダでは起きない」精神で、
チビが調達してきた弁当をちゃっかり4人分せしめて来たのだ。
寿々菜と山崎はもちろん武上も、周囲の目なんかなんのその、
ありがたく頂くことにした。
「そうだ、和彦。携帯の電源、切っとけ」
ようやくお腹が落ち着いた武上が言った。
「携帯?ちゃんとマナーモードにしてるぞ?」
もはやマナーモードなんぞクソ食らえ状態だが、
変なところで律儀な和彦である。
「違う。乗客の誰かが、車内から携帯かパソコンでこのジャックのことと、
人質の中にお前がいることをネットに流したらしい」
「・・・」
「多分、門野社長から『実況中継しろ!』とかゆー内容の電話が、」
武上が言い終らないうちに、和彦が携帯の電源を慌てて切った。
よくみると、既に門野社長から何度も電話がかかってきてるではないか!
ちなみに門野社長というのは、和彦と寿々菜が所属する門野プロダクションという芸能事務所の社長で、
儲け話に目がない男である。
この社長のせいで、和彦は随分な目にあってきた。
どれほど「随分」かというと・・・
「おお、助かったぜ、武上」
和彦が武上に素直に礼を言うくらいである。
武上が周囲に聞こえないよう、声のトーンを落とした。
「さっき、三山さんと電話で話した」
「三山さん?ああ、お前の相方か。お前と違って人間のできた」
「一言多い」
「で、このジャックのことを連絡した?」
「いや、そうじゃない」
「え?」
「実は・・・」
武上はため息混じりに、三山との電話の内容を話し始めた。
「もしもし、三山さん?武上です」
「お、武上か。今、新幹線の中だな?」
「・・・どうしてわかるんですか?」
武上は嫌な予感がした。
「実はさっき本庁に、新幹線がジャックされて、
犯人から1億円と逃走用の車を2時間以内に東京駅に用意するよう要求してきた、という連絡が入った」
「・・・」
「で、それとほぼ同時にインターネットで『ジャックされた新幹線の中にKAZUがいる!』、
という情報が流れた」
「・・・」
「お前、和彦君たちと京都へ旅行に行ってるんだろ?」
「・・・」
やっぱり、和彦となんか旅行に行くんじゃなかった!!!
武上は激しく後悔したが、後の祭りである。
それでも武上はなんとか気を取り直した。
「それで、犯人の要求は?」
「だから、2時間以内に東京駅に1億円と車を用意するように、だ」
「・・・それだけですか?」
「それだけだ」
だが言葉とは裏腹に、三山の声には疑問が含まれている。
「随分と雑な要求ですね」
「やっぱり、お前もそう思うか?」
「はい」
武上は眉を寄せた。
本気で1億円を奪って逃走するつもりがあるなら、嫌でも要求はもっと細かくなるはずだ。
札は古くしろ、とか、通し番号じゃないものにしろ、とか、こんな入れ物に入れろ、とか。
それに、逃走用の車。
被害者にそんなものを用意させるなんて、
「GPSをつけてください」と言っているようなものだ。
それとも、実はそれはただのカモフラージュで、仲間の車が待機しているのだろうか。
そもそも、この事件はよくわからない。
何故わざわざ新幹線なんかジャックする必要があるのか。
確かに昨今、飛行機のセキュリティチェックは厳しいからハイジャックは難しい。
バスジャックも、逃走するのが難しいかもしれない。
でも、だからと言って、何故新幹線ジャックなんだ?
乗客数が多いから、人質全体に目を配るのも大変だし、行き先は限られてるし、
警察の目を盗んで逃走なんてできるだろうか?
金が欲しいなら、おとなしく(?)銀行強盗でもしてろ!
と、結局和彦と同じことを考えている武上である。
「まあ、とにかく、乗客の中に刑事がいるってのは幸いだな」
「はい。でも俺、銃も何も持ってません」
「それはそうだな。でも、身体を張れば、乗客の1人くらいは助けられるだろ?」
「・・・三山さん、和彦に似てきましたね」
「そうか?」
だが、もちろんその「乗客の1人」が寿々菜なら、
武上は喜んで身体を張るつもりだ。
いや、俺は刑事だぞ。それが寿々菜さんじゃなくても、身体は張らねば!
・・・でも、寿々菜さんか和彦かって言われたら、そんなの悩むまでもなく・・・
武上がここまで考えたところで、当の和彦が弁当とともに返品されてきたので、
慌てて携帯を切ったのだった。