第6話 説教
「せーんろは続くーよー、どーこーまーでーもー♪って、んな訳ねーだろ!」
「・・・」
「お前ら、アホか。新幹線なんぞジャックして、どこに行くつもりだ」
「・・・」
「せいぜい、東京駅が関の山だろ。それも着いた瞬間、警官に囲まれて逮捕されるぞ」
「・・・」
「こんなことする暇あったら、銀行強盗でもしてろ。よっぽど儲かるぞ。
っつーか、ハローワークに行け」
「・・・」
ここは、黒づくめ達によってジャックされている新幹線の食堂車。
中にいた乗客・乗員はノッポが他の車両へ追いやったので、
今、食堂車にはノッポとチビ、それに無理矢理連れてこられた人質の和彦しかいない。
しかし、人質といえども和彦が大人しくなどしている訳もなく。
和彦は大きく背伸びをした。
「あー、腹減った。おい、そこのチビデブ。なんか食えるもん作れ」
「チ、チビデブって、俺のことか?」
チビデブが自分を指差す。
「当たり前だろ。それに、ガリノッポ。お前は飲み物持って来い」
「・・・あのな。お前、人質なんだぞ?芸能人だからってデカイ面すんな」
さすがに腹に据えかねたノッポが抗議する。
なんなんだ、こいつ!?
テレビじゃもっと爽やかで愛想のいい二枚目なのに、
これじゃタダのワガママ王子じゃねーか!
和彦は、知る人ぞ知る二重人格なのだが、
もちろんノッポはそれを「知らない人」である。
「俺の言う通りにしないなら、サインなんか書いてやんねー」
「お、お前な・・・!」
「お?なんだよ?その銃で俺を撃つのか?やってみろ、やってみろ。彼女に振られたかったらな」
「・・・くっ!」
KAZUファンのかわいい彼女のことを思うと、ノッポも和彦に銃口を向けられない。
「あの・・・俺、料理なんかできねーんだけど・・・」
何故かチビが申し訳なさそうに和彦に言う。
「今時料理の一つもできないなんて、女にモテないぞ?」
「え?そーなのか?」
「そうそう。朝飯くらいは女のために作れるようになっとけよな、チビデブ」
「は、はい!」
チビが最敬礼する。
「まあ、取り合えず今日は駅弁で勘弁しといてやるよ。持ってこい。
あ、ちゃんと金は支払えよ?」
「はい!」
勢い良く食堂車を飛び出して行ったチビを見て、さすがにノッポはため息をついた。
「お前・・・どーゆー神経してるんだ?」
「芸能界ってのは、世知辛いモンなんだ。図々しくなけりゃ、やってけねーよ」
「・・・なるほど」
和彦の図々しさは、生まれつきなんじゃあ・・・
それはともかく。
ノッポは銃をズボンのベルトに押し込むと、和彦の横に座った。
「でも、芸能界じゃなくても、世間は世知辛いもんだぞ」
「そーなのか?」
「ああ。高校もロクに出てない俺やさっきの奴なんか、金も仕事もないし・・・」
ノッポが肩を落としながら言う。
和彦は、ノッポの調子に合わせた。
「ふーん。それで、こんなことやってるのか」
「ああ。でも、これだって、どうせ俺達の取り分なんか知れてる」
「へー。下っ端ってのは辛いな。俺も、稼いだ金のほとんどは事務所の狸・・・
じゃなかった、社長がかっさらって行きやがる。お前んとこもそうなのか?」
「そうさ。俺達の親分がこーゆー仕事を見つけてきて、俺達にあれこれ指示するんだ。
で、稼ぎの9割は親分が持って行っちまう。
だから俺達の取り分なんてせいぜい百万がいいとこだぜ」
「そりゃ、酷いな。せめて子分達で半分は貰えよ」
ノッポは大袈裟に頭を振った。
「そんな!そんなこと、親分に言える訳ねーだろ!俺達2人で半分も貰えるかよ!」
「でも、実際に仕事してるのは、お前とチビデブの2人なんだろ?」
「ああ」
「で、その親分とやらは、どっかで高みの見物をしている?」
「いや、ちゃんと仕事はしてるさ。今も、運転手を見張ってる」
「見張ってるだけだろ。そんなの楽なもんだ」
「そうだけど・・・まあ、俺達は言われたことをやるしか能がねーんだ。
2人で100万だから、俺の取り分は50万か?そんだけでもあるとないじゃ、全然違うし」
和彦は、ノッポの右肩に軽く手を乗せた。
「いいか?世の中にゃ、春闘ってゆー賃上げ交渉があるんだ」
「シュントウ?」
「そうだ。上司に対して『俺達はこんだけ頑張ってるんだから給料あげろ!』ってゆー交渉だ」
「へええ。でも、そんなの認められるのか?」
「認められなきゃ、ストライキを起こすんだ。ほら、海外なんかよくそれで飛行機や電車がストップするだろ?」
「ああ!そういえば、テレビでそーゆーの、聞いたことがある!」
「な?お前らも、親分に対して春闘やってみろよ。ちょっとは取り分が増えるかもしれねーぞ」
「春闘・・・そうか、なるほど・・・」
ノッポは目から鱗とばかりに驚いた様子。
調子に乗った和彦は、更に続ける。
「そうそう。理不尽な親分なんかに付き合ってる必要ねーよ。
どうだ?稼ぎの半分よこさなきゃ、ストライキやるぞって言ってみろ」
「ストライキかあ。仕事をサボればいいんだな?」
「そうだ」
和彦がニヤリと笑う。
「サボって、乗客を逃がしちまえばいい」
「そうか、乗客を・・・って、そんなこと、できるわけないだろ!」
突然ノッポが拳銃を手に立ち上がった。
和彦は心の中で舌打ちをする。
ちぇっ。
乗客を逃がしちまったら、元になる稼ぎ自体がなくなるってことに気付いたか。
思ってたより馬鹿じゃねーな。
いや、じゅうぶん馬鹿だとは思うが、
ノッポの馬鹿さは和彦の予想を遥かに上回っていた。
「そんなことしたら、親分に殺される!」
「・・・」
「それに!走ってる新幹線からどうやって客を降ろすんだよ!」
「・・・」
「あー、危ない。危うくお前の口車に乗せられるとこだった。
もういい!お前なんか、とっとと返品してやる!」
こうして、和彦はめでたく寿々菜たちの元へ返品されたのだった。