第3話 忍び寄る危険
車内がざわめく。
「なんの冗談だ?」
「新幹線なんてハイジャックしてどうするんだよ」
「てゆーか、新幹線の場合は『ハイジャック』って言わないだろ」
「じゃあ、電車ジャック?」
「電波ジャックみたいだな」
「せめてトレインジャック、とか」
「新幹線は英語でもShinkansenだから、新幹線ジャックじゃねーの?」
緊迫感に欠ける空気が流れた。
そりゃそうだろう。
まさか本当に新幹線がジャックされたとは誰も思わない。
電車なんぞ、どこの誰が何のためにジャックするのか。
「ドッキリですかね?」
寿々菜が首をひねる。
「かもな。もしかしたら俺がこの新幹線に乗ってるのを知って、
どっかの局の奴が仕掛けたのかもしれない」
有名芸能人の和彦が言うのなら、確かにそうかもしれない、と思える。
それでも武上は少し腰を浮かせて車両内を見渡した。
グリーン車に乗るような人種だからなのか、
一瞬ざわめきが広がったものの、乗客はすでに落ち着き払って何事も無かったような様子だ。
さっきのアタッシュケース男も、鞄を握る手に力を入れ直してはいるものの、
特に変わった様子もない。
新幹線をジャックするなんて、そんな馬鹿なこと・・・
しかし万が一、ということもある。
武上は新幹線内を歩いてみることにした。
その頃。
新幹線の先頭車両だけは他の車両とは違い、
それこそハイジャックされた飛行機のコックピット並の緊張感に包まれていた。
何と言っても、黒づくめの覆面男が3人、運転手に拳銃を向けているのだから。
「よし。車内アナウンスは終わったな?」
「は、い・・・」
運転手は手に汗を握った。
今ここには、運転手1人と黒ずくめの男達しかいない。
他の人間は入って来られないよう、男達が鍵をかけてしまった。
なんてことだ!
この仕事を15年以上やってるが、こんなことは初めてだ!
いや、新幹線を占拠するなんて聞いたことがない!
それがよりによって、俺の運転するこの新幹線で起きるなんて・・・
運転手はそう叫びたかったが、命は惜しい。
それに乗客を危険にさらすわけにはいかない。
「よし、次は東京駅に連絡を入れろ」
ボス格らしい中肉中背の男が、運転手に銃口を向けたまま言った。
「え?東京駅に、ですか」
「そうだ。2時間以内に東京駅に1億円と、逃走用の車を用意するように言え」
1億!?
だが、逆らうことはできない。
運転手は言われたとおり、東京駅にいる乗員に、
新幹線が占拠されたことと、男達の要求を伝えた。
東京駅の乗員は半信半疑だったが、
運転手の真剣な声に納得したのか、
「上役に伝えます」と言ってくれた。
「よし、通話を切れ」
「はい」
「いいか、今後外部との連絡は一切取るな。俺がここで見張ってる。
妙な真似してみろ。乗客を1人ずつ殺すからな」
「は、はい!言われた通りにします!だから・・・!」
「そうそう。あんたは俺たちの指示に従ってりゃいいんだよ」
ボス格の男がニヤリと笑うと、
その後ろにいたあとの2人の男・・・ノッポの細男とチビのデブ男という、冗談みたいな2人だ・・・
は、一仕事終わったと言わんばかりに背伸びをした。
「よーし、これで到着するまでやることねーな!」
ノッポがそう言うとチビがうんうんと頷く。
「アニキ!暇だから、乗客の財布でもあさりに行きましょうや!」
「ああ、そうすっか!」
不必要にデカイ声である、というか、わざとらしい。
「んじゃ、いってきます!」
「わかった。早く戻って来いよ」
ボスがそう返事すると、ノッポとチビの2人は運転室から出て行った。
「さあ、のんびり列車の旅、と、行こうじゃないか」
ボスの言葉に、運転手は凍りついた。
おかしい。
武上はそう思いながら、自分の席へ戻った。
どの車両にも犯人らしき人物はいなかった。
新幹線の車両数は多いから、どこかで入れ違った可能性も無くはない。
だが、所詮通路は一本だ。
たまたま犯人がトイレにでも入っていない限り、見過ごすことはないだろう。
それとも、敢えて犯人とわかりにくい格好をしていたのだろうか?
それではジャックの意味がない気もするが・・・
武上はもう、この電車ジャックがただのビックリやイタズラだとは思っていなかった。
新幹線は停車予定だった名古屋を止まることなく通過したのだ。
イタズラにしては度が過ぎている。
実際、名古屋で下車するつもりだった客が既に騒ぎ始めていた。
「おかえりなさい、武上さん」
寿々菜の笑顔に、武上は少しホッとして、腰を下ろした。
「どうでした?」
「全部の車両を見ましたけど、怪しい人物はいませんでしたね。
あ、でも、後一箇所見てないところがあります」
「え?どこですか?」
「運転手のところです」
実は、
本当にこれが電車ジャックなら、犯人はそこにいる可能性が一番高い、と、
武上は思っていた。
当然である。
ハンドルを握っているのは運転手なのだから、最低でも1人は犯人がそこにいるはずだ。
それでいて、武上がそこに行かないのには訳がある。
まず、いくらこれが本当の電車ジャックかどうか確かめたいとは言え、
一般の客がノコノコと、犯人がいるかもしれない運転手のところへ行くことは普通ないだろう。
そんなことをすれば、犯人に武上が刑事だということを感づかれるかもしれない。
ジャックされた電車の中に刑事がいて、しかも犯人がそれに気付いていないというのは、
不幸中の大きな幸いである。
そのアドバンテージを失いたくない。
それともう1つ。
武上は丸腰だということだ。
犯人は何か凶器を持っているに違いない。
運転室へ入っていって、いきなり刺される・・・なんてこともあり得る。
ここはやはり慎重に行くべきだ。
武上は、今後の対策を考える意味でも、運転室へ行く前に自分の席へ戻ってきたのだ。
そこには、推理力に長ける和彦への期待も少なからずある。
武上が、和彦に向かって口を開こうとしたその時、
車両前方の自動ドアが静かに開いた。