第2話 ハイジャック?
休暇中でも、刑事は刑事。
例え好きな女が横に座っていても、怪しい人物がいれば気になってしまう。
あの男。
何をあんなに怯えているんだろう?
武上は、通路を挟んで斜め後ろに座っている男を観察した。
「うだつが上がらない」という文字がスーツを着たような、40前後の痩せた男。
シルバーのアタッシュケースを後生大事に抱えている。
京都へ行く時に生まれて初めてグリーン車に乗った武上が言うのもなんだが、
およそグリーン車に似つかわしくない感じだ。
男は、武上たちと同じく京都駅からこの新幹線に乗ってきた。
駅のホームでも彼は、柱を背にアタッシュケースを抱きしめていて、
思わず、誰かがそれを狙っているんだろうか、と武上は思ったくらいだ。
どこまで乗るのかは分からないが、
京都駅を出てまだ15分しか経っていないのに男は既に汗だくである。
いっそ、「警察です。よかったら護衛しましょうか?」と言ってやりたい。
だが・・・
あのアタッシュケースの中身はなんなんだろう?
あれほど大事に抱えているんだから、よほどの大金か、それとも・・・
警察に見られるとマズイような物か。
武上は悩んだ。
とにかく男は、声をかけようものなら、飛んで逃げてしまいそうなくらいの緊張振りだ。
それに武上も休暇中。
京都では、余計なことに首を突っ込んで少々疲れもした。
よし。無視しよう。
その結論に達するのに、そう時間は必要なかった。
だが、武上のその選択は大正解だった。
アタッシュケース男の今の気分はまさに「四面楚歌」。
刑事だろうとアイドルだろうと、自分以外全ての人間が敵である。
全ての人間?
いや、そうじゃない。
俺にだって味方はいる。
男は、アタッシュケースを抱き直し、
昨日部長に言われたことを思い出そうとした。
そう、部長は俺にこう言ったんだ。
この設計図を東京のR社の社長に渡して来い、
間違いなく渡すことができたら、お前に課長のポストを用意してやる、と。
このまま定年まで平社員で終わると思っていたのに!
ここに来て、逆転満塁ホームランだ!!
男の名前は奥山という。
奥山が勤めているB社は、精密機械の設計を専門に行っている小さな会社だ。
それが、東京にある大手・R社から何やら難しい設計を依頼されたことは、
奥山も噂で聞いていた。
奥山は胸が躍った。
後輩達がどんどん出世する中、奥山はこの歳になるまで何の肩書きもなく過ごしてきた。
会社でも家でも肩身の狭い思いをしてきた。
それがどうだ!一気に課長だぞ!管理職だぞ!!
しかも、ただこの設計図を東京まで運ぶだけでいいなんて!
正直、奥山もこんな上手い話が本当にあるのだろうか、と疑問に思わないでもない。
それに奥山は入社以来20年間ずっと経理畑で働いており、技術的なことはさっぱりだ。
R社の社長に無事この設計図を渡せたとしても、何か質問されたら全く答えられない。
さすがに奥山も不安になり、部長にそう言ったのだが・・・
「質問には答えなくていい。というか、この設計図は素晴らしい出来だから、
質問なんて出るはずもない。お前はただ、これを手で運んで渡せばいいだけだ」
「はあ」
「簡単だ、とか思うなよ?この設計図は極秘の物で、コピーはもちろん、
データもない。なくしたら最後、もう二度と作り直すことはできない」
「え・・・そうなんですか?」
「そうだ。明日、必ず東京でR社の社長に渡せ!うちの社長も先に東京に行っているから、
R社の社長と会う時は同席する。わかったな?」
「は、はい」
「我が社の社運がかかってる!頼んだぞ!」
「はい!」
いまどき、データのバックアップも無いなんてこと、あるんだろうか?
いや、これは極秘なんだ。
そういうこともあるんだろう。
とにかく俺は、これを運べばいいんだ!
奥山は自分を納得させ、今こうして新幹線に乗って・・・
それも、わざわざ自腹でグリーン車のチケットを購入して、極秘の設計図を運んでいるのである。
確かに簡単な仕事ではあるが、
無事果たすことができれば課長、ということは、逆に言えば、
果たすことができなければクビも覚悟しなければならない。
何枚もの設計図が入ったアタッシュケースを奥山が一秒たりとも離せないのも、
仕方の無いことかもしれない。
もちろん、そんな奥山の事情など全く知らない和彦たち4人は、
座席を反転させて向かい合わせに座り、
早くも昼ご飯である駅弁選びに余念がない。
「和彦さんはどれにしますか?」
寿々菜がガイドブックを和彦に差し出す。
「コレに載ってる弁当が、車内で売られてるのか?」
「はい!これなんか美味しそうですよね!」
「そーだな」
「あ、武上さんはどうします?」
「んー、そうですねえ」
その時、突然車内にアナウンスが流れた。
和彦は一瞬、名古屋に停車することを伝えるアナウンスかと思ったが、
いくらなんでも早すぎる。
それに・・・なんだか声が上ずっている。
「乗客の皆様にご連絡致します・・・当列車は・・・ハイジャックされました」