第12話 偽物
「偽物?」
久保が眉をひそめる。
「でも、表紙に押されているこの社印は、確かにおたくの会社の物ですよね?
それとも、この印鑑も偽物ですか?」
「そうです!」
設計図を見もせずに、小久保は大きく頷いた。
「どうして、偽物だとわかるんですか?」
「そ、それは・・・そうだ!さっき、私のところに連絡が入ったんです!」
「連絡?」
「はい!これを見てください!」
小久保は、応接室のリモコンを勝手に拝借するとテレビをつけた。
どのチャンネルにも、リアルタイムらしい同じ映像が流れている。
「これは?」
「先ほど、ある新幹線がハイジャックされました」
だから、「ハイジャック」じゃ・・・
そんなことはお構いなしに、小久保は続ける。
「設計図を運んでいたうちの奥山という社員が、運悪くこの新幹線に乗っていて、
犯人に設計図を鞄ごと盗まれたらしいのです!」
「ほう」
「ですから、それがここにあるはずは・・・」
その時、テレビから、
「捕まった3人の犯人は、間もなく警察署に連行されます!」
というリポーターのけたたましい声が聞こえてきた。
「・・・え?捕まった・・・?」
小久保が1人で急に青くなる。
すると。
奥山の代理でやって来たという男が、ガラッと口調を変えて言った。
「そうだ。犯人は捕まったんだ。あんたの企みも、これでパーだな」
小久保はワナワナと震え、ドサッとソファに座った、
というより、崩れ落ちた。
「企み?なんですか、それは?」
「久保社長さん。B社は、期限までにR社から依頼された設計図を作ることができなかった。
でも、正直にそう言えば、もう二度とR社から仕事は回ってこない。
だから小久保は、『設計図はできたけど盗まれてしまった、ということにしよう』と企んだんです」
「なんですって?」
「この設計図、よく見てください」
久保は、男が指差した設計図の一枚を手に取り、じっとそれを見た。
「これは・・・滅茶苦茶ですね」
「やっぱりな」
男はため息をついた。
「ただ単に『盗まれた』と言っても、R社は信用してくれないかもしれない、
そう思った小久保は、新幹線ジャックという大きな事件をわざと起こして、
その間に本当に設計図を盗ませたんです」
「なるほど」
久保は頷いた。
「確かに、『アノ新幹線ジャックの犯人に持っていかれた』と言われれば、
私も同情して『じゃあ期限を延ばすので、もう一度設計図を作ってください』と言うでしょう。
新幹線ジャックじゃ、盗まれたのはR社の責任ではないですから、また仕事も依頼するでしょうし」
「それが小久保の狙いです」
男は、小久保を睨んだ。
「新幹線なんかどうしてジャックするんだ、と思ってたんだ。
でも、新幹線じゃなきゃいけなかったんだな。奥山が乗っているあの新幹線じゃなきゃ。
んで、どーせ奥山は責任取らせて辞めさせるつもりだったんだろ?
仕事の期限は延ばせるは、不要な人材の整理はできるは、で、浮かれてたんだろーけど、
あの黒づくめ達が今頃警察で全部吐いてるさ」
それから男は小久保に詰め寄り、胸倉を掴んで言った。
その口調からは、先ほどまでの人を小馬鹿にした雰囲気が消えている。
「あんたのくだんねー企みのせいで、どんだけ大騒ぎになってると思ってんだ?
しかも、銃で撃たれて怪我人まで出たんだぞ!」
「け、怪我人?」
「そうだ。奥山と、近くにいた女子高生が撃たれた」
「な!し、知らん!私はそんなことは指示し」
小久保の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら。
男のパンチが見事に小久保の顎に決まったからだ。
床に伸びた小久保を見て、久保がため息をつきながら首を振った。
「なんてことだ・・・その奥山さんと女子高生は大丈夫なんですか?」
「まあ、なんとか。今、俺の知り合いが付き添って病院へ行っています。
その滅茶苦茶な設計図は、奥山が極秘の大切な物と信じて、身体を張って取り返したんです。
血まみれになりながら俺に『これをR社に届けてください!』と言ってましたよ」
「そうなんですか・・・」
男がテレビを見るとそこには、3人の犯人を警察の車に押し込んでいる武上が映っていた。
あーあ。この映像は日本全国に流れてるのに、
あんな怒り狂った顔してたんじゃ、警察の評判もガタ落ちだな。
さっき自分も怒り狂って小久保をのしてしまったことなどコロッと忘れ、
男は苦笑した。
その時、応接室の外がにわかに騒がしくなった。
「なんだ?」
気を取り直した久保がそう言って、応接室の扉を開くと・・・
「KAZUだ!」
「きゃあ!本物!?」
「サインください!!!」
R社中の女子社員が秘書を先頭に、社長を押し退け応接室の中になだれ込んできたのであった・・・