これは世界のどこかで起こっている幸せな出来事
突然、月見彗華という許嫁と結婚することを余儀なくされた、主人公の鳴海宗一。
両者は結婚に対して賛成していたのか反対していたのか。
鳴海家に代々受け継がれる伝統を継がなければならない。
そして、二人は結婚をすることになるのか、破談となるのか。
二人の強制婚約日常生活が今、幕を開ける。
冬の寒さが骨にしみわたり、吐く息が白く儚く大気中に散っていく日、この鳴海宗一に許嫁ができた。
名前は月見彗華。
その容姿は非常に優れたものだと誰の目から見てもわかる。
長いまつげ、大きく吸い込まれそうな目、高い鼻、かわいらしい口、小さな顔、昔から丁寧に手入れされていたであろう長く艶やかな黒い髪。
まるで現代のかぐや姫のよう。
時代錯誤を覚える許嫁という形式、そう。私の家は代々このような婚約方式が伝統というか、お決まりのようになっているらしい。
私はいたって普通の会社に勤め、ある程度は稼ぎ、小さくも大きくもない一戸建ての家に住んでいる。
ただ、私の実家というか、家系というか、血筋が特別なだけだ。
無駄に大きい豪邸に住み、なぞに権力を拵え、地主だか何だか知らないが、金が腐るほどある。
正直、この方針には年を重ねるごとに嫌悪感を次第に抱いていたのだが、これを断ることはできなかった。
自分的には伝統だのなんだの、いたってどうでもいいもので、結婚なんて自分の好きな人とやりたいと思い、独り立ちしたわけだが、どうも独り立ちを始めた時から、実家の召使が交代交代に私のことを尾行、監視していたらしい。
家族のいざこざだが、なんとも身内らしからぬ憎悪と絶望に苛まれた。
「宗一。この御方がお前の婚約相手となる、月見財閥の一人娘の月見彗華さんだ。これからお前には、この家を継いでもらうために再びこの家に帰ってきてもらう。今住んでいるちっぽけな家は売り払い、今務めている会社も今すぐ辞め、私の仕事を継ぎなさい。それがこの鳴海家代々伝えられてきた昔からの伝統なんだ。途絶えさせることは決して許さないからな。」
父の鳴海龍之介は昔からこうだ。
命令は絶対、まるで王様ゲームの王様のよう。
もちろん命令であり、提案ではないため、いいえとは言わせない。
はい以外の選択肢は自動的に消えるわけだ。
彼は私の母である鳴海逸花の前でも、厳格さを保っている。
私が生まれてから以来、父が綻びを見せたことはなかった。
いつでも仕事に追われ、部下に厳しく当たり、暇など一切ない。
積みに積まれた仕事をやっとすべて終わらせても、子供との時間を作ろうとはしなかった。
仕事が終わるなり、すべてを網羅するかのような大きさの書斎に閉じこもり、寝る間も惜しんで何かを調べていた。
そんなこんなもあり、父に対してのいい思い出など、1ミリも残っていない。
それに対し母は、父の前では、彼の威厳に駆られているのか、その場の空気に飲まれ、ただ尽力するしかなかった。
だが、私の前では違った。
柳に雪折れなしというのか、どんなに試練が待ち望んでいようとも、決して根が折れず、しかも子供であった私にとてもやさしく接してくれた。
大変であろうに、子供との時間を大切にし、必要なものを考え、それを実行する。
子供ながら、私は母の偉大さを鑑み、そして感動していた。
許嫁を紹介されてから一日が立った。私は住んでいた家を売却し、会社に辞表を出し、来月にやめることとなった。
私たち二人には一部屋の寝室だけが渡された。無駄にでかい豪邸のくせにケチつけやがって。
「改めまして、鳴海さん。今日からよろしくお願いします。あなたに合う立派な妻として生涯を捧げて頑張っていきます故、至らぬところがありましたら、ご指摘のほどお願いいたします」
堅苦しく、お決まりの常套句をいやいやながらも丁寧に月見は述べる。
「月見さん。本当に申し訳ない。私の父が勝手な真似を。許嫁なんて本当はいやでしょう。最悪、私の前では気を抜いて、リラックスした状態でいいですから、詰めすぎないでくださいね。気楽にいきましょう。」
そうは言ったものの、月見は怪訝な顔でこちらの顔を様子見してくるばかり。
一行に心を開かないでいるつもりだろうか。
何かを決心したかのように月見は口を開く。
「別に、無理などしておりません。私は、どんな殿方であろうとも覚悟はできていました。」
なんと教育された娘であろうか。つけ入るすきもないではないか。
まぁ無理もない。一切会ったこともない人といきなり結婚しろだのなんだの、そんなの急には適応できまい。
そっちがその気なら、私は本心を打ち明けさせるまで。
なってしまったのは仕方がないのだから、もうやってしまおう。
心の内を瓦解させてやろうではないか。
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それから数日間、私は彼女にアプローチをしてみた。
料理をしているときに手伝おうとしたり、趣味について聞き出そうとしたり、ほしいものを聞き出そうとしたり。
無論、すべて空回りに終わってしまった。
どうも彼女は、私との微妙な距離を隔てているらしい。
その間隔が一体何なのか、どうやって詰めればいいのか、見当もつかないまま、虚しい日々がただ刻一刻と音もたてずに過ぎていく一方であった。
「親父、なんで俺があの月見財閥の一人娘なんかと結婚しなくちゃならなかったんだ。別に俺じゃなくてもいいだろ。」
父の仕事中に思い切って聞いてみた。正直、月見彗華との友好度が上がる気がしなかった。
もしかしたら今からでも乗り換えられると思い、少しの希望をもって勇気を振り絞ってみた。
「それ、本当に今なのか?時間をわきまえろ。お前には眼がついているのか。」
父はため息交じりにそう言った。
「あんた、いつ見ても暇がなくて聞く時がねぇだろ。だから思い切って今聞いてみたんだよ。ほら、俺には兄がいるだろ。あんたもわかっているはずだ。俺よりも兄のほうが優秀であるって。なのになぜ俺を選んだんだ。」
そう、私には年が近い兄が一人いる。名前は鳴海茜。
なんとも、女らしい名前である。
おかげで小中高と名前で虐められていたらしいが、彼は頭脳、精神力ともに優れたものであったため、ただの戯れだと思い、軽く受け流すほど、心底どうでもよかったという。
父が重く口を開く。
「お前だって知っているだろう。あの出来事を。あんなことをしでかしておいて、結婚などさせるわけにはいかない。一家に汚名をかぶせた出来損ないだ。それを知ってまで、”なぜ俺なのか”だと?お前は本当に何もわかっていないな。お前まで」
そう、兄が高校三年生の時に事件が起きた。
茜は同級生を重症に陥らせた。
温厚な彼のとった予想外の行動には、知る人は皆、何度も耳を疑った。
当時高校一年生の私も、さすがに虚言であろうと思った。
しかも、その同級生は私とよく遊んでくれていた。
私は兄を十分に慕っていた。だからこそ信じられなかった。
嘘であってほしかった。
しかし、事実であった。
彼が言うには、「勉強の邪魔をされたから」の一点張り。
父はその件をひどく叱り、怒り、失望した。
それ以来兄は家から離れ、ここ数年姿は現していない。
そういわれた私は、心の底から頂点まで、言葉の使いようにイラつきを覚えたが、反論する余地もない。
反論なんてしてしまえば、負けを認めてしまうようなもの、反旗を翻してしまうようなもの。
そのようなことをしてしまえば、本当に自分の居場所がなくなってしまう。
黙って、うつむいて、苦く認めがたい現実を噛みしめ、受け止めるしか、敷かれた道はもう残っていなかった。
それ以外の道が、権力や威厳によって作ることができなかった。
父との話を微妙なところで切り上げ、月見のいる部屋へと戻った。
「鳴海さん。暗い顔をしています。どうかいたしましたか?」
眉すら一つ動かさず、そのかわいらしくもどこか不気味さを覚える顔をして、尋ねてきた。
「いいえ。なんでもありませんよ、ご心配ありがとうございます月見さん。そうだ。今度都市部に二人で出かけませんか?最近、おいしいスイーツのお店ができたらしいですよ。気晴らしに、ぜひ行ってみませんか?」
彼女の心の内を少しでも暴くためにも、積極的に行動を持ち掛けてみる。
「なるほど、いいですね。」
そう単調な返事を終えると、彼女は部屋を出て行った。
時刻はもう6時頃。
時計を見ながら、そう現を抜かしていると、ふと一冊のノートが視界に入ってきた。
「これは...月見さんの日記帳?」
何だかいけないことをしている気分になってくる。いや、現にいけないことをしようとしているのだが。
見ちゃいけないと思っていても、人のものというものは無性に興味をそそられるもの。
見てしまいそうになるが、良心が働き、手が止まり、動き、止まり...
手に伝う汗が表面を撫で、自分の鼓動の速さを感じざるを得なくなる心地がする。
どんなことがその内に書かれているのか、どんな苦渋がそこには振り絞られているのか。
そんな葛藤が続き、結局は悪の心が勝ってしまい、日記帳を勢いよく、疾風のごとく開いてしまった。
20××年 2月 16日
私は今日、鳴海家の許嫁になった。
ここ最近、来賓の頻度が高くなったり、身内の出入りが激しくなっていたから、うすうすそうなのではないかと感じてはいたが、まさか本当にそうなってしまうとは。
鳴海家は二人の息子がいる。兄のほうは不祥事を起こしたから、私は弟のほうだろうか。
弟のほうでも、私は結婚を望んでいない。
ずっと一人で生きていくのがよかったのに。
扉の外から、ばたばたと、激しい音がこちらに近づいてくる。
途端に、バンッ!と扉を大げさにたたき開けた。
そこにいたのは、ほかでもない月見彗華であった。
息を切らし、肩が大きく動くほど荒く呼吸し、壁に手をついて小休憩をとっていた。
彼女の目に映るのは、不審に日記帳を開き、それを読んでいたであろう様子の鳴海宗一。
(あぁ...終わった...)
心の中でそう思う私、顔面蒼白にして、この世の終わりを悟ったかのような様子の月見。
状況としては少し似ていたであろう。
「月見さん違います!これには...」
「鳴海さん!何勝手に人のものを読んでいるのですか!」
かぶせるようにそういうと、月見は颯爽と日記帳を引き取り、宗一の前から姿を消した。
(やってしまった。なにやっているんだ、宗一!)
心の中でそうつぶやき続けた。
ただし、一つ確実な情報を手に入れた。
それは、月見彗華自身も結婚を望んでいなかったこと。
口では覚悟ができると言っていても、本心では、私と考えが全く同じであった。
ならば...もうすることは一つしかない。
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数日後、私と月見は都市部に出かけに来ていた。
「月見さん、この辺りはよく来るのですか?」
彼女のことを少しでも知るために私はそう問いかけた。
「昔、友人と何度か来ただけであって、ここらの土地勘は全くありません。」
月見さんはあまり外には出ていなかったらしい。
それも、月見財閥の方針だそう。
あそこの一家は、なかなか女の子供には恵まれず、代々男の子供ばっかりが生まれ、その中で彗華の誕生は稀の稀の出来事だった。
だからこそ、親たちは張り切ってしまい、娘である彗華をいい婿に取り入れさせようと、家事、茶道、華道、と、幼いながらに過酷な道を否応なしに歩かされたらしい。
だからこそ、外に遊びに行くような真似はさせてくれなかった。
厳しく教育していた。
「そうですか。でも、安心してください。こう見えて、私はここら一帯を昔はよく遊んでたものですから、わからないことがあればなんでも聞いてください。」
張り切って、得意げに私はそういった。
言えない。昨日の夜に、マップで調べに調べたなんて。
自分だってこのような都市部に出かけるのはほぼ初めてだ。
「ふふっ、頼りにしてます。鳴海さん」
あれ、今、笑ってくれた?
いや、見間違いか。
「着きました。ここがこの前言った、最近できた、”カフェ・ノン・デ・イタリアン”です。ここ、コーヒーやエスプレッソ、パスタにピザ、おまけに様々なパンなんてあるらしいですよ。早速入ってみましょう」
そういうと私は、月見の手を取り、不思議とリードするかのように店の中に入っていった。
店の自動ドアが開くと、漂ってきたのは、優しく、包み込むかのような甘いパンの香り。
そして、よく焙煎された、芳しいコーヒー豆の匂い。
私と月見は、思わず匂いのとりこになっていたと思う。
店員に導かれるがまま席に着くと、ウェイターが冷えた水を二つテーブルの上に置いた。
冬なのに。
メニュー表を開いてみると、あまりのメニューの多さに意表を突かれた。
月見はそんな自分の顔をじっと見ていた。
「月見さんは何にしますか。思っていたよりもメニューが多いですよ、ここ。予想外のものもあったり。」
「じゃあ...私はエスプレッソとクロワッサンだけで大丈夫です。」
「本当にそれだけで大丈夫ですか?」
あまりの少なさに、またまた意表を突かれた。
しかし、月見の意見は変わらず、首をコクっと縦に動かした。
エスプレッソなんてものをやすやすと頼むなんて、なんて大人な舌なのだろうか。
「じゃあ、私も同じものを。」
「かしこりゃりやしたー」
ーーーーーーーーー
沈黙の時間が長く続く。
食事が来るまでの数分間、何にもない虚無の時間が自然と流れる。
あまりに親しくない、勝手に結婚を示しだされた二人の未熟な空気が、絶妙に怪しく、耐えがたく流れていく。
「お待たせしましたー。こちら、エスプレッソとクロワッサンおふたつずつでーす。ごゆっくりどうぞー。」
そのような空気を打ち壊すかのように、ウェイターが声をかけ、注文の品をテーブルの上に一つ一つ、丁寧に乗せていく。
いつの間にか、緊張の走っていた空気が、バターの香る、鼻孔をもくすぐる素晴らしい出来のクロワッサンに、濃厚で、吸い込まれそうなほど色の濃い、コーヒー豆のいい匂いがするエスプレッソに、とどめをさされていた。
そのコンビネーションはの周りだけは、何だか少し、明るく光っているような気がした。
食事をとりながら、私は問いかける。
「月見さん、鳴海家にはなれましたか。しんどくなったら、いつでも気軽に声をかけてくださいね。」
「大丈夫です。メイドの方たちも、わたしのためのサポートをこれまでかというほどにしてくれています。ですが、まだなれないことばかりなので、おぼつかない点もあります。皆さんとてもやさしいお方です。」
この鳴海宗一、最近思っていたことがある。
月見彗華と同棲し始めてから軽く一か月が経とうとしている。
しかし、全然打ち解けている感覚が全然しないのだ。
一生懸命アプローチはしているはずなのに、一向に前進している感じがしない。
このままでは、一生この関係のままギクシャクしていってしまうのかもしれない。
まずい。一体どうすれ...
「あの、宗一さん。」
あれ?下の名前?
訝しく思い、しかし、わからぬまま、返事をしてしまう。
「宗一さん、少し前、私の日記見ちゃいましたよね。そうなんです、私も実は最初からこんな許嫁なんて形、嫌で嫌で仕方がありませんでした。どうせだったら、一人でふらっと生きて、普通の仕事をして、本当に自分が信じられる人がいたら、その人と一生を過ごそうと、そっちのほうがいい、生きやすいとずっと思っていました。なので、この家に来たときは、なるべく感情を殺し、周りにいい目で見られることだけを考えていこうとしていました。ですが、宗一さんは、そんな私の苦労を知ろうとし、賄おうとし、手伝ってくれました。なんだかそれがうれしくて。うまく言葉で言い表すことはできませんが、ありがとうございます。」
どうやら、いままでのアプローチは無駄ではなかったらしい。
しっかりと彼女の心の奥で響き続けていたんだ。
なんだか、今までの自分が馬鹿らしくなってくる。
自分が思い込めすぎて、勝手にきめつけていただけなんだな。
杞憂だったんだな。
「...なんだか、そう言われるのは正直予想外でした。てっきり、叱責でもされるのかと思ってしまいました。それも取り越し苦労でしたね。」
何だか、心に乗っかっていた重荷が、完全には落ち切らなかったが、多少軽くなった気がした。
「月見さん、もしあなたがよかったらなのですが、これから下の名前で呼んでもよろしいでしょうか。彗華と、呼んでもいいですか。」
今なら一気に距離を縮められると思い、私は思いきってそう発言した。
今思えば、あの言葉は無意識に心からこぼれ出た、本当の本音だったのかもしれません。
そう私が言うと、彼女は静かに首を縦に振って、快く了承してくれた。
カフェの外と中の寒暖差の違いで、ガラスパーティションが白く曇っていた。
月見はその曇ったガラスの上に、指で落書きをしていた。
彼女の指は冷たくなり、とっさに持参していたマフラーの中に指を入れ、少しうれしそうに時間が過ぎるのを待っていた。
私はそんな彼女を横目に見ながらエスプレッソを飲み、外の世界に視線を送り、人々が行き交う町の交差点を見ていた。
会計を終わらせ、カフェを後にするように出た。
二人の仲は少し縮まったが、表面上ではあまり変化がないようにも見える。
カフェを出た後は、いろいろな所に立ち寄った。
気の赴くままに、二人の時間を大切にするかのように。
婚姻関係の二人であるかのようで、そうでないような感覚で。
ーーーーーーーーーー
「宗一さん、今日はお誘いありがとうございました。おかげでいいひと時を過ごすことができました。」
月見はどこかうれしそうにそうつぶやいた。
「いえいえ、また行きましょう。時間があるなら。」
そう話し合っていた、その時、横を通り過ぎ去った男の人が突然、
「あれ、そっちゃん?やっぱりそっちゃんやんな。うわー!ほんまにそっちゃんやん!めっちゃ久しぶりやな!元気しとったか?!」
「え、お前は...」
To be continued...
読んでくださり、ありがとうございました!
鳴海と月見の生活、これからどうなっていくのでしょうかね~
まだ続きはあるので、乞うご期待!していただきたいところですが、不定期投稿なのでいつになるのかわかりません。(がはは)
まだまだ執筆初心者なので、面白い言い回しや、物語構成ができていないかもしれませんが、ご指導、ご鞭撻のほど、何卒、よろしくお願いしまーーーす!
これからも頑張っていくので、心の中でも、コメントでも応援しちゃってください!
じゃあね。
P.S.)人の名前考えるのってすごく大変だね。鳴海とか月見とか10時間くらい考えてしまったわ。




