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滅亡寸前の小国王、戦争史オタクにつき逆転を狙う  作者: 膝栗毛


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鋼鉄の使節

引き継ぎお楽しみください


新アルカディア帝国との二度目の海戦から三ヶ月後。

ブライテンハーフェン造船所。

秘密のドックに、新たな巨艦が完成していた。

『インペラトール』――皇帝号。

全長百メートル。

『リヴァイアサン』のさらに一・五倍の大きさ。

船体全体が鉄装甲で覆われ、四本の巨大な煙突が天を突く。

エドヴァルト王(三十五歳)は、その艦橋に立っていた。

「これが……完成形か」

造船所長マルクス(七十歳)が、誇らしげに答えた。

「はい。陛下が構想された、完全装甲艦です」

「武装は?」

「主砲塔が八基。副砲が二十門。そして――」

マルクスは、船首を指差した。

「最新の衝角(ラム)を装備しています」

船首には、鋼鉄製の巨大な突起。

敵艦に体当たりして、沈めるための武器。

「速度は?」

「蒸気機関四基を搭載。最高速度、十八ノット」

従来の戦列艦の倍近い速度。

「航続距離は?」

「石炭を満載すれば、五千海里」

エドヴァルトは、計算した。

大陸から新アルカディア帝国まで、往復四千海里。

十分に届く。

「乗員は?」

「八百名。そのうち、二百名は海兵隊です」

エドヴァルトは、満足そうに頷いた。

「よし。これを旗艦に、新アルカディアへ向かう」


王宮、作戦会議室。

重臣たちは、反対していた。

「陛下! 自ら敵地に向かうなど、狂気の沙汰です!」

ハインリヒ(六十九歳)が、必死に止める。

「もし、捕らえられたら――」

「捕らえられないさ」

エドヴァルトは、冷静に答えた。

「『インペラトール』は、この世界最強の軍艦だ。どんな艦隊が来ても、逃げ切れる」

「それでも!」

「ハインリヒ殿」

エドヴァルトは、老宰相を見た。

「外交は、信頼から始まる。使節を送るだけでは、誠意が伝わらない」

「だから、俺自身が行く。それが――」

彼は、真剣な目で言った。

「平和への、最大の誠意だ」

フランツ提督が、尋ねた。

「陛下、護衛艦隊は?」

「『インペラトール』一隻のみ」

「一隻!?」

「ああ。艦隊で行けば、威嚇になる。一隻なら――」

エドヴァルトは微笑んだ。

「平和的だと示せる」

「しかし、危険すぎます」

「だから、最強の艦で行く」


出航前夜。

エドヴァルトは、家族と食事をした。

マリア王妃は、もう泣いていなかった。

夫が何度も危険に身を投じるのを見て――

覚悟を決めていた。

「必ず、帰ってきてください」

「ああ」

フリードリヒ(十一歳)は、父に尋ねた。

「父上、なぜそこまでして、平和を?」

「戦争は、もう十分だからだ」

エドヴァルトは、息子の目を見た。

「お前は、これまでの戦いで何人死んだか、知っているか?」

「……知りません」

「俺は知っている。一人一人、名前を書いたからな」

エドヴァルトは、執務室の引き出しを開けた。

そこには、分厚い名簿が何冊も入っていた。

「シルバータールの戦い、三百五十二名」

「ヴェストマルク侵攻、二百十名」

「第一次東方海戦、一万二千名」

「第二次東方海戦、四千五百名」

「合計で――」

エドヴァルトは、静かに言った。

「一万七千六十二名」

フリードリヒは、息を呑んだ。

「父上が、全員の名前を……?」

「ああ。一人一人、書いた」

エドヴァルトは、名簿を撫でた。

「彼らの死を、無駄にしたくない」

「だから、平和を求める」

「これ以上、この名簿を増やしたくないんだ」

フリードリヒは、涙を流していた。

「父上……」

「お前が王になったら――」

エドヴァルトは、息子の肩を掴んだ。

「戦争を最後の手段にしろ。まず、話し合え」

「はい……」


翌朝。

『インペラトール』が、出港した。

巨大な黒い船体。

四本の煙突から、黒煙が立ち上る。

まるで、海の要塞が動いているような光景。

港には、数万の民衆が集まっていた。

「王陛下、ご無事で!」

「平和を、もたらしてください!」

エドヴァルトは、艦橋から手を振った。

そして――

『インペラトール』は、東へ向かった。


航海五日目。

公海上。

エドヴァルトは、艦橋で航海日誌をつけていた。

『五日目。天候良好。速度、安定して十六ノット』

『乗員の士気、高い。だが、緊張も見られる』

『未知の地へ向かう不安は、誰もが抱えている』

その時――

「陛下! 船影発見!」

見張りが叫んだ。

エドヴァルトは、望遠鏡を取った。

水平線の向こうに――

十隻ほどの帆船が見える。

「旗印は?」

「新アルカディア帝国です!」

エドヴァルトは、冷静に命令した。

「戦闘準備。ただし、先に撃つな」

『インペラトール』の主砲塔が、回転する。

だが、砲門は開けない。

敵艦隊が、近づいてくる。

そして――

信号旗を掲げた。

「何と言っている?」

信号兵が、読み取る。

「『何者か? 目的は?』と」

「こう返せ。『リヒテンブルク王国国王、エドヴァルト。和平交渉のため、貴国へ向かう』」

信号旗が、掲げられた。

敵艦隊は、しばらく動かなかった。

そして――

新しい信号。

「『了解。我々が案内する』と」

エドヴァルトは、安堵のため息をついた。

「ついてこい、と返せ」


航海十日目。

ついに、新アルカディア帝国の首都が見えてきた。

巨大な港湾都市。

石造りの建物が立ち並び、無数の船が停泊している。

(大陸と同じくらい、発展している……)

『インペラトール』は、ゆっくりと港に入った。

その巨大な姿に、港の人々が驚いている。

「何だ、あれは……」

「鉄の船?」

「巨大だ……」

『インペラトール』は、特別に用意された埠頭に接岸した。

そこには――

豪華な服を着た一団が待っていた。

その中央にいるのは――

五十代の、威厳ある男。

「新アルカディア帝国皇帝、アウグストゥス三世」

エドヴァルトは、部下に確認した。

「間違いありません」

「よし」

エドヴァルトは、正装に着替えた。

黒い軍服に、勲章。

腰には、儀礼用の剣。

そして――

タラップを降りた。

皇帝アウグストゥス三世が、前に出た。

「ようこそ、リヒテンブルク王。長い旅だったでしょう」

「お招きいただき、感謝します」

エドヴァルトは、礼をした。

「早速ですが――」

「話は、宮殿で」

アウグストゥスは、微笑んだ。

「まずは、疲れを癒してください」


皇帝の宮殿。

壮麗な建築。大理石の柱、金箔の装飾。

エドヴァルトは、客室に案内された。

「立派な宮殿ですね」

案内役の宮廷官が、誇らしげに言った。

「我が帝国は、三百年の歴史があります」

「三百年……」

エドヴァルトは、思った。

(リヒテンブルク王国は、まだ二十年足らず)

(だが――)

彼は、窓から港を見た。

『インペラトール』が、堂々と停泊している。

(歴史の長さではない。技術と意志が、国を強くする)


その夜。

晩餐会が開かれた。

豪華な料理、音楽、舞踏。

エドヴァルトは、皇帝と並んで座っていた。

「エドヴァルト王」

アウグストゥスが、ワインを飲みながら言った。

「あなたの船――『インペラトール』でしたか。驚きました」

「光栄です」

「我が国の技術者たちは、大興奮しています。鉄で覆われた船など、考えたこともないと」

「技術は、進化します」

エドヴァルトは、言った。

「我々は、必要に迫られて開発しました」

「我が国と戦うために?」

「その通りです」

エドヴァルトは、正直に答えた。

アウグストゥスは、笑った。

「正直だ。気に入った」

彼は、真剣な顔になった。

「では、本題に入りましょう。あなたは、何を求めてここに?」

「和平です」

エドヴァルトは、まっすぐ皇帝を見た。

「我々と貴国の、恒久的な平和を」

「なぜ?」

「戦争は、双方に損害を与えるだけです」

エドヴァルトは、説明した。

「二度の海戦で、我々は一万六千の命を失いました」

「貴国も、おそらく同じくらいの犠牲を払ったでしょう」

「これ以上、無益な殺戮を続ける意味がありますか?」

アウグストゥスは、しばらく黙っていた。

「……正直に言おう」

彼は、ため息をついた。

「我が国は、領土拡大を望んでいた。大陸を征服し、植民地にしようと」

「だが、あなた方は強かった。予想以上に」

「二度の敗北で、我が国の海軍は壊滅状態だ」

アウグストゥスは、エドヴァルトを見た。

「もし、三度目の戦いになれば――我が国は、負けるでしょう」

「……」

「だから」

アウグストゥスは、グラスを掲げた。

「私も、平和を望む」

エドヴァルトは、グラスを合わせた。

「では、条約を結びましょう」


翌日から、三日間。

激しい交渉が続いた。

エドヴァルトは、条約案を提示した。

「第一条:両国は、相互の領土を尊重し、侵略戦争を放棄する」

「第二条:自由貿易を促進し、関税を段階的に引き下げる」

「第三条:技術交流を行い、双方の発展を促す」

「第四条:紛争が生じた場合、外交交渉で解決する」

新アルカディア側の代表が、異議を唱えた。

「第三条の技術交流――これは、我が国の技術を奪うつもりでは?」

「逆です」

エドヴァルトは答えた。

「我々も、貴国から学びたい。貴国の造船技術、航海技術――見事です」

「それに」

彼は、付け加えた。

「技術を共有すれば、互いに発展できる。それが、真の平和への道です」

アウグストゥスが、決断した。

「よかろう。この条約を受け入れる」


調印式。

両国の代表が、条約文書に署名した。

「大陸・新アルカディア平和友好条約」

歴史的な瞬間だった。

エドヴァルトとアウグストゥスは、握手を交わした。

「これで、我々は敵ではなく――」

「友人だ」

アウグストゥスは、微笑んだ。

「エドヴァルト王。あなたは、優れた戦士であると同時に、優れた外交官でもある」

「過分なお言葉です」

「いや、本当だ」

アウグストゥスは、窓から港を見た。

『インペラトール』が、停泊している。

「あの船を見れば、誰もがあなたの軍事力を恐れる」

「だが、あなたはその力を――平和のために使った」

「それが、真の強さだ」


帰路。

『インペラトール』は、新アルカディア帝国を後にした。

エドヴァルトは、艦橋で航海日誌をつけていた。

『任務完了。平和条約、締結』

『新アルカディア帝国は、敵ではなくなった』

『これで、大陸は――真の平和を手に入れた』

彼は、ペンを置いた。

そして、海を見た。

穏やかな海。

青い空。

(戦争は、終わった)

(少なくとも、当分は)


帰港。

ブライテンハーフェンに、『インペラトール』が戻ってきた。

港には、数万の民衆が待っていた。

「王が帰ってきた!」

「平和だ! 平和を勝ち取った!」

「エドヴァルト王、万歳!」

タラップを降りたエドヴァルトを――

家族が迎えた。

マリア、フリードリヒ、ソフィア。

「ただいま」

「おかえりなさい!」

フリードリヒが、父に駆け寄った。

「父上! 成功したんですね!」

「ああ」

エドヴァルトは、息子の頭を撫でた。

「平和を、勝ち取った」


その夜。

王宮で、盛大な祝賀会が開かれた。

各国の代表が集まり、平和を祝った。

ハプスブルク皇帝カール五世も、出席していた。

「エドヴァルト王、見事だった」

「ありがとうございます」

「あなたは、大陸を救った。いや――世界を救ったと言っても過言ではない」

カール五世は、真剣な顔で言った。

「もし、新アルカディアとの戦争が続いていたら――我々は消耗し、滅んでいたかもしれない」

「だが、あなたが平和を実現した」

「これは、歴史に残る偉業だ」

エドヴァルトは、謙虚に答えた。

「俺一人の力ではありません」

「みんなの協力があったからこそです」

だが、その夜――

エドヴァルトは一人で、城の屋上にいた。

星空を見上げている。

(やっと……やっと、終わった)

(長い戦いだった)

彼は、この二十年を振り返った。

滅亡寸前の小国から始まった。

三千の軍で、一万の敵と戦った。

技術を開発し、領土を拡大し、同盟を結んだ。

そして――

大陸を統一する平和条約を作り、海の向こうの敵とも和平を結んだ。

(これで――)

エドヴァルトは、深く息を吸った。

(やっと、休める)

いや――

まだ、やることはある。

平和を維持すること。

次の世代を育てること。

国を発展させること。

だが、少なくとも――

戦場に立つことは、もうないだろう。

「父上」

フリードリヒが、屋上に上がってきた。

「ここにいたんですね」

「ああ」

「一人で、何を?」

「色々、考えていた」

エドヴァルトは、息子の隣に立った。

「フリードリヒ。お前に、これから多くを教えなければならない」

「はい」

「王とは何か。国を治めるとは何か」

「そして――」

エドヴァルトは、息子を見た。

「平和を守るとは、何か」

フリードリヒは、真剣な顔で頷いた。

「教えてください、父上」

「ああ」

エドヴァルトは、星空を見上げた。

リヒテンブルク王国の未来は――

明るい。

そして、その未来を――

次の世代が、担っていく。

星が、優しく輝いていた。

平和な夜。

それは、エドヴァルトが命を懸けて勝ち取った、宝物だった。

次回もお楽しみに

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