城塞の陥落
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城壁の崩壊から、わずか十分後。
エドヴァルトは、攻城砲の砲撃を止めさせた。
「砲撃中止! 突撃部隊、前進!」
最前列には、槍兵五百が密集陣形を組んでいた。その後方に銃兵四百、そして予備隊として残りの兵力。
「突入!」
槍兵たちが、崩れた城壁の穴に向かって走る。
瓦礫を乗り越え、土煙の中を突き進む。
城壁の上から、弓矢が降り注いだ。
「盾を上げろ!」
槍兵たちは、盾で頭上を覆いながら前進する。
ヒュヒュヒュ――
矢が盾に突き刺さるが、致命傷には至らない。
「崖上の弩兵、援護射撃!」
城壁の外、高台に配置されていた弩兵四百が、城壁上の敵兵を狙って射撃した。
ヒュヒュヒュ!
弩のボルトが、城壁上の守備兵を襲う。
「ぐあっ!」
「うわああ!」
守備兵が次々と倒れ、弓矢の雨が弱まる。
その隙に、槍兵部隊が城壁の穴を突破した。
「中に入ったぞ!」
城内。
ゲルハルト伯は、慌てて兵を集めていた。
「城壁の穴を塞げ! 敵を入れるな!」
だが、兵士たちの動きは鈍かった。
多くが急遽集められた農民兵で、訓練も士気も低い。
「動け! 早く動けと言っている!」
ゲルハルトが怒鳴るが、効果は薄い。
その時、城門の内側で激しい戦闘が始まった。
突入したリヒテンブルク槍兵と、ヴェストマルク守備兵の白兵戦。
狭い空間での、混沌とした乱戦。
「槍を構えろ! 陣形を保て!」
リヒテンブルク槍兵隊長ベルンハルトが叫ぶ。
訓練された兵士たちは、混乱の中でも陣形を維持した。
前列が槍を突き出し、後列が援護する。
対するヴェストマルク兵は、バラバラに戦っている。
統制がなく、ただ目の前の敵を攻撃するだけ。
結果は――明らかだった。
「押せ! 前進だ!」
リヒテンブルク槍兵が、じわじわと城内に侵入していく。
城壁の穴から十分後。
銃兵部隊が突入した。
カール隊長が、部下たちに指示を出す。
「城壁上に登れ! 上から敵を制圧する!」
銃兵たちは、崩れた瓦礫を足場にして城壁の上に登り始めた。
城壁上には、まだヴェストマルクの弓兵が残っていた。
「敵だ! 登ってくるぞ!」
弓兵たちが矢を放つが――
「撃て!」
先に登った銃兵が、火縄銃で応戦した。
パパパパン!
至近距離からの銃撃。
弓兵たちは、銃弾の前に為す術なく倒れた。
「城壁、確保!」
カールが叫ぶ。
城壁上を制圧した銃兵たちは、今度は城内に向かって射撃を始めた。
下で戦っているヴェストマルク兵を、上から撃つ。
「ぐあっ! 上から撃たれた!」
「味方が裏切ったのか!?」
混乱が、さらに広がる。
城の中庭。
エドヴァルトは、親衛隊五十名とともに突入していた。
剣を抜き、自ら戦う。
「陛下! 危険です!」
フランツが叫ぶが、エドヴァルトは聞かない。
敵兵が襲ってくる。
剣を振り、受け流し、反撃する。
前世の記憶にはない戦闘技術が、この三年間の訓練で身についていた。
ガキン! ガキン!
金属音。
エドヴァルトの剣が、敵の剣を弾く。
そして――
ザシュッ!
敵の脇腹を突く。
「ぐあっ!」
敵兵が倒れる。
エドヴァルトは、血に染まった剣を構え直した。
(これが、王の戦いだ)
(民を守るためなら、俺は悪魔にでもなる)
一時間後。
城内の主要部分は、リヒテンブルク軍が制圧した。
だが、ゲルハルト伯は天守閣に立て籠もっていた。
「陛下、天守閣は堅固です」
オズヴァルトが報告する。
「強行突入すれば、大きな損害が出ます」
「わかっている」
エドヴァルトは、天守閣を見上げた。
石造りの、四階建ての塔。
狭い入口、厚い扉。
確かに、攻めにくい。
「投降を勧告しよう」
「しかし、ゲルハルト伯が応じるとは……」
「試してみる価値はある」
エドヴァルトは、使者を送った。
白旗を持った兵士が、天守閣の前に立つ。
「ヴェストマルク伯、ゲルハルト・フォン・ヴェストマルク殿! リヒテンブルク王、エドヴァルトより、投降を勧告する!」
しばらくして、天守閣の窓が開いた。
ゲルハルト伯の顔が見えた。
「投降だと? 笑わせるな!」
ゲルハルトは、怒鳴った。
「貴様のような小国の若造に、この私が屈すると思うか!」
「城はすでに陥落している! 貴殿の兵は降伏した! もう、戦う意味はない!」
「黙れ!」
ゲルハルトは、何かを投げつけた。
石が、使者の足元に落ちる。
「バーデン辺境伯の援軍が来る! あと一週間だ! 貴様こそ、逃げるなら今のうちだぞ!」
エドヴァルトは、考えた。
(一週間……)
(それまでに、この城を完全に制圧しなければならない)
「使者、戻れ」
使者が戻ってくると、エドヴァルトは命令した。
「天守閣を包囲する。水も食糧も入れるな。ただし――」
「ただし?」
「攻撃はしない。待つ」
「待つ、ですか?」
「そうだ。ゲルハルト伯は、焦っている。時間が経てば経つほど、不利になると知っている」
エドヴァルトは微笑んだ。
「ならば、焦らせてやろう」
三日後。
天守閣内。
ゲルハルトは、窓から外を見ていた。
リヒテンブルク軍は、天守閣を完全に包囲している。
だが、攻撃してこない。
ただ、待っている。
「くそ……」
ゲルハルトは、舌打ちした。
天守閣内には、兵士が百名、食糧は一週間分、水は三日分。
(あと四日で、バーデン辺境伯が来る)
(それまで、持ちこたえれば……)
その時、階下から声が聞こえた。
「伯爵様! 水が……水が足りません!」
「我慢しろ!」
ゲルハルトは怒鳴った。
だが、不安が募る。
(本当に、来るのか? バーデン辺境伯は)
(もし、来なかったら……)
窓の外を見ると、リヒテンブルク軍の兵士たちが、悠々と食事をしている。
火を焚き、肉を焼き、笑い声まで聞こえる。
まるで、こちらを嘲笑うように。
「くそっ……くそっ……!」
同じ頃。
城の外、リヒテンブルク軍の本営。
エドヴァルトは、アルノルト・フォン・ロートリンゲンと会談していた。
「アルノルト殿、約束通り、協力してくれたな」
アルノルトは頷いた。
「はい。ヴェストマルク領内の十二の領主が、陛下に恭順を誓いました」
「よくやってくれた」
エドヴァルトは、地図を広げた。
「これで、ゲルハルト伯は孤立した」
地図上の十二箇所に、印がつけられている。
「この領主たちは、バーデン辺境伯が来ても、協力しないと約束してくれたか?」
「はい。それどころか――」
アルノルトは、微笑んだ。
「もしバーデン辺境伯が来たら、我々も陛下と共に戦うと」
「本当か?」
「本当です。皆、ゲルハルト伯を憎んでいます。この機会に、彼を倒したいのです」
エドヴァルトは、満足そうに頷いた。
「ならば、この戦いは勝ったも同然だ」
五日後。
ついに、その時が来た。
天守閣の扉が、内側から開いた。
白旗が掲げられる。
「投降する……! 投降する!」
ゲルハルトの副官、マティアス・ブラウンが、手を上げて出てきた。
「ゲルハルト伯は、降伏を受け入れると」
エドヴァルトは、天守閣に入った。
最上階の部屋に、ゲルハルトがいた。
かつての豪奢な服ではなく、汚れた服。
髭は伸び放題、顔は痩せこけている。
「エドヴァルト……王」
ゲルハルトは、苦々しく言った。
「貴様の勝ちだ」
「降伏するか?」
「……ああ」
ゲルハルトは、剣を床に置いた。
「条件を聞こう」
エドヴァルトは、冷静に答えた。
「ヴェストマルク伯の地位を剥奪する。領地は没収する」
「何だと!?」
「ただし」エドヴァルトは続けた。「命は助ける。小さな領地を与え、そこで余生を過ごせ」
ゲルハルトは、信じられない顔をした。
「命を……助ける?」
「ああ。俺は、無駄な殺戮を好まない」
「……なぜだ」
ゲルハルトは、エドヴァルトを睨んだ。
「なぜ、私を殺さない? 私は、貴様の国を滅ぼそうとしたのだぞ?」
「知っている」エドヴァルトは答えた。「だが、殺せば殉教者になる。生かしておけば、ただの敗残者だ」
「……」
「それに」エドヴァルトは窓の外を見た。「貴殿を殺しても、何も変わらない。大切なのは、この領地の民を安定させることだ」
ゲルハルトは、長い沈黙の後――
「わかった……降伏する」
その日の夕刻。
ヴェストブルク城の前で、式典が行われた。
ゲルハルト伯が、公式に降伏文書に署名する。
集まった民衆は、複雑な表情で見ていた。
恐れていた伯爵が、敗北した。
若き異国の王に、屈服した。
だが――
多くの民は、安堵していた。
重税と徴兵の日々が、終わるかもしれない。
エドヴァルトは、民衆の前で演説した。
「ヴェストマルクの民よ!」
彼の声が、広場に響く。
「私は、侵略者ではない! 圧政者でもない!」
民衆が、静かに聞き入る。
「ゲルハルト伯の圧政は終わった! これからは、公正な統治が始まる!」
「税は軽減する! 徴兵は志願制にする! 法は公正に適用する!」
民衆の間に、ざわめきが広がった。
「本当か?」
「税が軽くなる?」
「徴兵されない?」
「ただし」エドヴァルトは続けた。「これには、諸君の協力が必要だ」
「私は、この地を平和にしたい。だが、それは私一人ではできない。諸君が、共に国を作ってくれなければ」
長い沈黙の後。
一人の老人が、前に出た。
「王様……本当に、税を軽くしてくれるのか?」
「約束する」
「……ならば」
老人は、膝をついた。
「私は、王様に従います」
次々と、民衆が膝をついた。
「私も!」
「我々も!」
エドヴァルトは、深く頭を下げた。
その夜。
エドヴァルトは、城の一室で報告を受けていた。
「陛下、バーデン辺境伯の軍が――」
フランツが報告する。
「国境で停止しました」
「停止?」
「はい。ヴェストブルク城陥落の報を聞き、侵攻を中止したようです」
エドヴァルトは、安堵のため息をついた。
「そうか……」
「それと」フランツは続けた。「バーデン辺境伯から、使者が来ています」
「会おう」
使者は、三十代の騎士だった。
「リヒテンブルク王、エドヴァルト陛下。バーデン辺境伯、カール・フォン・バーデンの使者、ハインリヒ・フォン・アウグスブルクと申します」
「よく来られた」
「単刀直接に申し上げます」ハインリヒは言った。「我が主君は、ヴェストマルクへの侵攻を中止しました」
「理由は?」
「状況が変わったからです」
ハインリヒは、冷静に説明した。
「当初の計画では、ゲルハルト伯と共同でリヒテンブルクを攻める予定でした」
「だが、ゲルハルト伯は敗北した」
「はい。そして、ヴェストマルク領の多くの領主が、陛下に恭順しました」
「つまり?」
「我が主君が今、ヴェストマルクに侵攻すれば――陛下だけでなく、ヴェストマルク領主たちとも戦うことになります」
ハインリヒは続けた。
「それは、得策ではありません。損害が大きすぎます」
エドヴァルトは、理解した。
「つまり、撤退する、と」
「はい。ただし――」
「ただし?」
「我が主君は、陛下と和平を結びたいと申しております」
エドヴァルトは、考えた。
(ハプスブルク帝国の辺境伯と、和平……)
(悪い話ではない)
「条件は?」
「相互不可侵。そして、貿易の自由化」
「それだけ?」
「それだけです。我が主君は、無用な戦争を望んでおりません」
エドヴァルトは頷いた。
「わかった。和平を結ぼう」
一週間後。
エドヴァルトは、リヒテンブルク王国に凱旋した。
城門の前には、数万の民衆が待っていた。
「王が帰ってきた!」
「勝利だ! 大勝利だ!」
「エドヴァルト王、万歳!」
歓声、歓声、歓声。
エリーザベトが、涙を流しながら兄を迎えた。
「お兄様……お帰りなさい」
「ただいま、エリーザベト」
エドヴァルトは、妹を抱きしめた。
「今回も、約束を守った」
「はい……」
その夜、王宮で祝宴が開かれた。
だが、エドヴァルトは早々に退席した。
一人、城の屋上に立ち、星空を見上げる。
(勝った……本当に、勝った)
(ヴェストマルクを征服し、ハプスブルクと和平を結んだ)
(リヒテンブルク王国は、もはや小国ではない)
彼は、深く息を吸った。
(だが――)
(これで、終わりじゃない)
(これは、新しい始まりだ)
遠くで、祝砲が上がった。
花火が、夜空を彩る。
民の歓声が、城まで聞こえてくる。
エドヴァルトは、静かに微笑んだ。
(みんな、ありがとう)
(そして――)
(これからも、共に歩もう)
星が、優しく輝いていた。
リヒテンブルク王国の未来を、祝福するように。
【epilogue】
それから一年後。
リヒテンブルク王国は、大きく変貌していた。
人口:十五万(ヴェストマルク領の編入により)
軍事力:常備軍一万、予備役五千
技術力:火縄銃の量産体制確立、攻城砲の改良、短銃の普及
経済力:ブライテンハーフェンを中心とした海上貿易の拡大
外交:ノルトガルドと不可侵条約、グラウバルトと軍事同盟、ハプスブルクと和平
もはや、小国とは呼べない中堅国家になっていた。
エドヴァルトは、執務室で次の計画を練っていた。
教育制度の整備。
産業の近代化。
法典の編纂。
やるべきことは、まだ山ほどある。
だが――
彼は、もう一人ではなかった。
有能な臣下たち。
忠実な兵士たち。
信頼する民たち。
そして――
愛する妹。
「お兄様」
エリーザベトが、お茶を持ってきた。
「休憩しましょう?」
「ああ、ありがとう」
二人は、窓辺に座った。
城下町が、平和そうに見える。
「お兄様」
「ん?」
「幸せですか?」
エドヴァルトは、少し考えてから答えた。
「ああ。幸せだ」
前世では、過労で死んだ。
この世界では、何度も死にかけた。
でも――
「今、俺は確かに――生きている」
エリーザベトは、微笑んだ。
「良かった」
二人は、静かにお茶を飲んだ。
窓の外では、子供たちが遊んでいる。
商人たちが、活気に満ちている。
平和な、日常の光景。
エドヴァルトは、それを守るために――
これからも、戦い続けるだろう。
だが、それは苦痛ではない。
これが、彼の選んだ道だから。
これが、彼の生きる意味だから。
『滅亡寸前の小国王、戦争史オタクにつき逆転を狙う』
――完――
どうでしたか?楽しんでいただけたら光栄です。
一旦ここで、物語は区切りますが、これから書くかもしれません。




