先制攻撃
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シルバータールの戦いから二ヶ月後。
エドヴァルトは、王宮の作戦会議室で地図を睨んでいた。
周囲には、フランツ、オズヴァルト、そしてグラウバルト王国から派遣されたハンスが集まっていた。
「情報を整理しよう」
エドヴァルトは、地図上に複数の印をつけた。
「フランツ卿、ヴェストマルクとハプスブルクの密約について、最新情報を」
「はい」
フランツは、分厚い報告書を開いた。
「我が密偵網からの情報によれば――ゲルハルト伯は、ハプスブルク帝国の辺境伯カール・フォン・バーデンと密約を結びました」
「内容は?」
「リヒテンブルクを分割統治する、と」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「詳しく」
「ヴェストマルクが西部を、バーデン辺境伯が東部を統治する。ブライテンハーフェンは――共同管理」
エドヴァルトは、冷静に分析した。
「つまり、我が国は消滅する、と」
「はい」
「兵力は?」
「ヴェストマルク軍、再編成により五千。バーデン辺境伯の軍、八千。合計一万三千です」
オズヴァルトが、渋い顔をした。
「前回より多い……」
「しかも、今回はハプスブルク帝国軍です」ハンスが補足した。「ヴェストマルクの寄せ集めとは、質が違います」
「いつ動く?」
「春です」フランツは答えた。「雪解けを待って、三ヶ月後には侵攻開始と推定されます」
エドヴァルトは、地図を見つめた。
(三ヶ月……)
(待てば、また防戦になる)
(そして今回は、一万三千だ)
(シルバータールの地形を使っても、勝てる保証はない)
彼は、決断した。
「攻める」
「え?」
全員が、驚いた顔をした。
「陛下、攻めるとは……」
「こちらから、ヴェストマルクに侵攻する」
エドヴァルトは、地図上のヴェストマルク領を指差した。
「敵が準備を整える前に、先制攻撃をかける」
「しかし、陛下!」オズヴァルトが反対した。「我が国は防衛に徹してきました。侵略戦争など――」
「侵略ではない」
エドヴァルトは、冷静に言った。
「これは、予防戦争だ。敵が我々を滅ぼそうとしている以上、先に叩くのは自衛だ」
「それでも――」
「オズヴァルト卿」
エドヴァルトは、老騎士を見た。
「防戦だけでは、いつか負ける。敵は何度でも攻めてこられる。だが、我々が一度負けたら――全てが終わる」
「……」
「ならば、敵の本拠地を叩く。ゲルハルト伯を倒す。そうすれば、ヴェストマルクは崩壊する」
フランツが、慎重に尋ねた。
「陛下、グラウバルトの援軍は期待できますか?」
全員の視線が、ハンスに向いた。
ハンスは、しばらく考えてから答えた。
「……難しいでしょう」
「なぜ?」
「防衛戦争なら、条約により我が国は援軍を送る義務があります。しかし、侵攻戦争となると――」
「条約の範囲外、ということか」
「はい。カール四世陛下に上申はしますが、おそらく――」
エドヴァルトは頷いた。
「わかった。グラウバルトの援軍は期待しない」
「では、我が軍だけで?」
「そうだ」
エドヴァルトは、地図上に作戦を描き始めた。
「兵力は四千。全軍でヴェストマルク領内に侵攻する」
「目標は?」
「ゲルハルト伯の居城、ヴェストブルク城だ」
二週間後。
リヒテンブルク王国軍、四千が出陣した。
銃兵:八百(新型火縄銃装備)
槍兵:二千
弩兵:四百
騎兵:二百(新型短銃装備)
砲兵:三百(野戦砲三十門)
予備隊:三百
シルバータールの戦いで失った兵力は、志願兵と傭兵で補充されていた。
さらに、この二ヶ月で新兵器が実戦配備されていた。
エドヴァルトは、黒い鎧に身を包み、馬上から軍を見渡した。
「全軍、出発!」
四千の軍が、西へ向かって進軍を開始した。
三日後。
リヒテンブルク軍は、ヴェストマルク領内に侵入した。
国境の小さな砦は、あっさりと陥落した。
守備兵は百名程度。野戦砲の砲撃を受けて、すぐに降伏した。
「陛下、これは……」
フランツが、拍子抜けした様子で言った。
「簡単すぎます」
「ゲルハルト伯は、まだ我々が攻めてくるとは思っていない」
エドヴァルトは、冷静に分析した。
「だから、国境の守りが薄い。このまま進む」
軍は、さらに西へ進んだ。
途中、いくつかの村を通過した。
「略奪は禁止だ!」
エドヴァルトは、厳しく命令した。
「住民に危害を加えるな! 食糧は正当な価格で買え! 違反者は、軍法会議だ!」
兵士たちは、規律を守った。
村人たちは、最初は恐れていたが――
リヒテンブルク軍が略奪をしないと知ると、驚いた。
「本当に……何も奪わないのか?」
ある村の老人が、エドヴァルトに尋ねた。
「我々は、ゲルハルト伯と戦っている。貴方たちとではない」
エドヴァルトは答えた。
「ゲルハルト伯について、何か知っていることはないか?」
老人は、少し考えてから言った。
「伯爵様は……重税を課します。村の若者は、強制的に徴兵されます」
「それで?」
「みんな、伯爵様を恐れています。でも――」
老人は声を潜めた。
「誰も、好きではありません」
エドヴァルトは、その情報を心に留めた。
(民心は、ゲルハルトから離れている)
(これは、使える)
一週間後。
リヒテンブルク軍は、ヴェストマルク領の中心部に迫っていた。
そこで、ついに敵軍と遭遇した。
ゲルハルト伯が急遽編成した迎撃軍、三千。
平原で、両軍が対峙した。
エドヴァルトは、敵陣を観察した。
「急造軍だな」
「はい」フランツが同意した。「陣形が乱れています。訓練不足が見て取れます」
「ゲルハルト伯は、焦っている」
エドヴァルトは、作戦を決めた。
「全軍、展開! 新戦術を使う!」
リヒテンブルク軍が、横隊に展開した。
中央に銃兵八百、三列横隊。
左右の翼に槍兵、各千。
さらに外側に騎兵、各百騎。
後方に野戦砲三十門。
そして――
「騎兵隊、短銃を用意しろ!」
二百騎の騎兵が、腰に下げた短銃を確認した。
これが、今日初めて実戦で使われる。
敵軍が、動き出した。
伝統的な突撃陣形。
中央に重装歩兵、両翼に騎士。
「来るぞ」
エドヴァルトは、冷静に命令を出した。
「砲兵、射撃開始!」
ドドドドドォォォォン!!!
三十門の野戦砲が、一斉に火を吹いた。
敵の中央陣形が、粉砕される。
だが、敵は止まらない。
「距離、二百メートル!」
「銃兵、第一列、撃て!」
パパパパパパパパパン!!!
八百の火縄銃のうち、第一列の約二百六十が発射された。
新型の紙包弾薬により、装填速度が上がっている。
「第一列、後退! 第二列、撃て!」
パパパパパパパパパン!!!
「第三列、撃て!」
パパパパパパパパパン!!!
連続射撃が、敵を襲う。
敵の前列が、次々と倒れる。
だが、両翼の敵騎士団が突撃してきた。
「左翼騎兵、迎撃!」
オズヴァルトが、左翼の百騎を率いて前進した。
だが――
従来の騎兵突撃ではなかった。
「短銃、構え!」
百騎が、馬上で短銃を構えた。
敵騎士団が、五十メートルまで接近する。
「撃て!」
パパパパパン!!!
百発の短銃が、一斉に発射された。
馬上からの射撃のため、命中率は低い。
だが――
数発が、敵騎士に命中した。
「ぐあっ!」
前列の騎士が、馬から落ちる。
敵騎士団は、混乱した。
(何だ? 騎兵が銃を?)
その隙に、リヒテンブルク騎兵は側面に回り込んだ。
そして、槍で突撃。
「うおおおお!」
敵騎士団の側面を、突き崩す。
右翼でも、同じことが起きた。
短銃による牽制射撃の後、槍による突撃。
敵の両翼が、崩れ始めた。
「中央、槍兵前進!」
二千の槍兵が、密集陣形で前進する。
敵の中央歩兵は、すでに砲撃と銃撃で半減していた。
「突撃!」
槍兵が、敵陣に突入する。
戦いは――
一方的だった。
二時間後。
戦闘は終結した。
ヴェストマルク迎撃軍三千は、完全に壊滅。
戦死者千五百、捕虜千二百、逃亡三百。
リヒテンブルク軍の損害は――
戦死八十、負傷百五十。
圧倒的な勝利だった。
「新戦術、成功です」
フランツが、興奮した様子で報告した。
「短銃騎兵は、予想以上の効果でした」
「ああ」
エドヴァルトは頷いた。
「だが、油断するな。これは前哨戦だ」
彼は、西の地平線を見た。
「本番は、これからだ」
その夜。
捕虜の中から、ヴェストマルク軍の指揮官が連れてこられた。
四十代の騎士、アルノルト・フォン・ロートリンゲン。
「リヒテンブルク王……」
アルノルトは、複雑な表情でエドヴァルトを見た。
「貴殿に、聞きたいことがある」
「何だ?」
「なぜ、我々を殺さない?」
エドヴァルトは、捕虜たちを見渡した。
彼らは、手当てを受け、食事を与えられていた。
「貴方たちは、敵兵だ。だが、人間でもある」
「……」
「それに」エドヴァルトは続けた。「私の敵は、ゲルハルト伯だ。貴方たちではない」
アルノルトは、しばらく黙っていた。
そして――
「実は……私も、伯爵を憎んでいる」
「ほう?」
「伯爵は、私の領地を不当に奪った。私の家族を人質に取り、軍に従わせた」
アルノルトの目に、怒りが宿った。
「私だけではない。多くの領主が、伯爵に不満を持っている」
エドヴァルトは、これだと思った。
「では、提案がある」
「提案?」
「私に協力してくれないか? ゲルハルト伯を倒すために」
アルノルトは、驚いた顔をした。
「協力……? 私が?」
「そうだ。貴殿が、ヴェストマルク領内の不満領主たちをまとめてくれれば――」
エドヴァルトは、地図を広げた。
「内部から、ゲルハルト伯を孤立させられる」
アルノルトは、長い沈黙の後――
「……わかった。やろう」
二人は、握手を交わした。
同じ頃。
ヴェストブルク城。
ゲルハルト伯は、迎撃軍壊滅の報を聞いて、テーブルを叩き割った。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
「閣下、落ち着いてください」
マティアスが宥めるが、ゲルハルトは怒り狂っていた。
「あの小僧が! 我が領土に侵入しただと!?」
「はい……しかも、我が軍を完全に撃破しました」
「バーデン辺境伯は!? ハプスブルク軍は!?」
「連絡はしましたが……到着まで、まだ二週間かかります」
「二週間だと!?」
ゲルハルトは、地図を睨んだ。
二週間あれば、エドヴァルトはここまで来る。
「籠城だ」
「え?」
「城に籠もる。バーデン辺境伯が来るまで、持ちこたえる」
ゲルハルトは、決断した。
「全軍を城に集結させろ! 食糧を集めろ! 城門を閉じろ!」
一週間後。
リヒテンブルク軍は、ヴェストブルク城の前に到着した。
巨大な石造りの城。
高さ二十メートルの城壁。
深い堀。
跳ね橋は上げられ、城門は固く閉ざされている。
「籠城か……」
エドヴァルトは、城を見上げた。
「予想通りだな」
「陛下、攻城戦になります」フランツが言った。「時間がかかります」
「時間はない」
エドヴァルトは、冷静に言った。
「バーデン辺境伯が来る前に、この城を落とさなければならない」
「しかし、どうやって?」
エドヴァルトは――
微笑んだ。
「新兵器を使う」
「新兵器?」
「ああ。まだ誰にも見せていない、秘密兵器だ」
エドヴァルトは、後方の荷車を指差した。
そこには、布で覆われた何かが載っていた。
「あれは……?」
「見せてやろう」
布が外された。
そこにあったのは――
巨大な大砲。
従来の野戦砲の三倍の大きさ。
口径三十センチ。
「攻城砲だ」
エドヴァルトは、その大砲を誇らしげに見た。
「この砲なら、あの城壁を砕ける」
翌朝。
攻城砲が、城の前に設置された。
城壁上のゲルハルトは、それを見て笑った。
「大砲だと? あんなもので、この城壁が崩せると思っているのか?」
だが――
ドォォォォォン!!!
轟音。
巨大な石弾が、城壁に激突した。
ドガァァァン!!!
城壁が、揺れた。
石が砕け、亀裂が走る。
「な、何!?」
ゲルハルトは、信じられない顔をした。
「馬鹿な……一撃で!?」
ドォォォォォン!!!
二撃目。
亀裂が、さらに広がる。
ドォォォォォン!!!
三撃目。
ドォォォォォン!!!
四撃目。
ドォォォォォン!!!
五撃目。
ガガガガガ――
城壁が、崩れ始めた。
そして――
ドガァァァァン!!!
城壁の一部が、崩壊した。
巨大な穴が開く。
「突撃準備!」
エドヴァルトの命令が響いた。
「全軍、城内に突入する!」
ヴェストブルク城攻略戦が、始まった。
次回もお楽しみに




