戦後と新たな脅威
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シルバータールの戦いから三日後。
エドヴァルトは、王都へ帰還した。
城門が開くと、そこには――
数千の民衆が待っていた。
「王が帰ってきた!」
「陛下、万歳!」
「リヒテンブルクは勝ったぞ!」
歓声。
旗を振る人々。
涙を流す人々。
エドヴァルトは、疲れ切った馬上から、その光景を見た。
(みんな……待っていてくれたのか)
その時、群衆の中から一人の少女が飛び出してきた。
「お兄様!」
エリーザベトだった。
エドヴァルトは馬から降り、妹を抱きしめた。
「ただいま、エリーザベト」
「お兄様……お兄様……!」
エリーザベトは、兄の胸で泣き続けた。
「心配しました……毎日、毎晩、祈っていました……」
「すまなかったな。心配をかけて」
エドヴァルトは、妹の頭を撫でた。
「でも、約束は守った。生きて帰ってきた」
「はい……はい……」
その光景を見た民衆は、さらに歓声を上げた。
「王様と王女様だ!」
「なんて美しい兄妹だ!」
ハインリヒが、進み出た。
「陛下、お帰りなさいませ」
老宰相の目にも、涙が浮かんでいた。
「留守中、ご苦労だった、ハインリヒ殿」
「いえ……陛下こそ」
城の大広間。
エドヴァルトは、詳細な報告を受けていた。
「戦死者三百五十二名の遺族には、すでに年金の支給を開始しました」
ハインリヒが報告する。
「遺族一家族につき、年間銀貨百枚。また、遺児には成人まで国が教育費を負担します」
「よくやってくれた」
「負傷者への補償も、同様に」
「ありがとう」
エドヴァルトは、次の議題に移った。
「ヴェストマルクの動きは?」
「完全に撤退しました。国境を越え、本領に戻っています」
フランツが地図を示した。
「ただし――」
「ただし?」
「ゲルハルト伯は、失脚していません。むしろ、周辺領主に『次は必ず勝つ』と触れ回っているとのことです」
エドヴァルトは、眉をひそめた。
「学習しない男だな」
「問題は、それを信じる領主がまだいることです」
「つまり、いずれまた攻めてくる可能性が」
「はい」
エドヴァルトは、考え込んだ。
(永遠に防戦だけでは、いつか破綻する)
(攻めなければ……)
だが、その考えを口にはしなかった。
「ノルトガルドは?」
「興味深い動きです」
フランツは、別の報告書を開いた。
「ヴォルフラム公は、シルバータールの戦いの結果を知ると――即座に軍を撤退させました」
「賢明だな」
「そして、我が国に使者を送ってきています」
「使者?」
「はい。『和平を望む』と」
エドヴァルトは、意外そうな顔をした。
「ヴォルフラム公が、和平を?」
「彼は現実主義者です」フランツは分析した。「八千の軍が敗北したのを見て、正面から攻めても勝てないと判断したのでしょう」
「なるほど……」
「会いますか?」
「会おう」エドヴァルトは頷いた。「敵を減らせるなら、それに越したことはない」
三日後。
ノルトガルド公国の使者が到着した。
それは――ヴォルフラム公、自身だった。
謁見の間で、二人の君主が対面した。
「エドヴァルト王。お初にお目にかかる」
ヴォルフラムは、五十代半ばの威厳ある男だった。傷だらけの顔に、歴戦の経験が刻まれている。
「ヴォルフラム公。ようこそ」
「単刀直入に言おう」ヴォルフラムは、まっすぐエドヴァルトを見た。「私は、貴殿の敵ではありたくない」
「ほう」
「三年前、私は貴国を侵略しようとした。だが、貴殿に退けられた」
ヴォルフラムは、苦笑した。
「そして今回、ヴェストマルクと組んで再び攻めようと考えた。だが――」
「思い直した?」
「その通りだ」ヴォルフラムは頷いた。「シルバータールの戦いを見た。いや、報告を聞いただけだが――それで十分だった」
彼は、エドヴァルトに一歩近づいた。
「貴殿は、ただの若造ではない。真の戦略家だ。そして、貴国の軍は――もはや烏合の衆ではない」
「お褒めの言葉、恐縮です」
「褒めているのではない。事実を述べているだけだ」
ヴォルフラムは、真剣な目で言った。
「私は、無駄な戦争を嫌う。勝てない戦争は、なおさらだ」
「では、提案は?」
「不可侵条約を結ぼう。十年間、我が国と貴国は互いに攻撃しない」
エドヴァルトは、考えた。
(十年……)
(その間に、国を強化できる)
(だが、本当に信用できるか?)
「条件は?」
「ブライテンハーフェンでの貿易権を、我が国にも平等に与えてほしい」
「それだけ?」
「それだけだ」ヴォルフラムは言った。「私は商人ではない。領土拡大にも興味がない。ただ、我が国の安定を望むだけだ」
エドヴァルトは、ヴォルフラムの目を見た。
嘘をついている様子はない。
この男は――本当に、実利主義者なのだ。
「わかりました。条約を結びましょう」
「感謝する」
二人は、握手を交わした。
その夜、エドヴァルトは執務室で一人、考えていた。
(ノルトガルドとの和平は成立した)
(だが、ヴェストマルクは?)
彼は、地図を見つめた。
西のヴェストマルク。
北のノルトガルドとは和平。
東のグラウバルトは同盟国。
南は、中立的な都市国家群。
(つまり、脅威はヴェストマルクだけになった)
(だが、ゲルハルト伯は諦めていない)
(いずれ、また攻めてくる)
エドヴァルトは、決断した。
(ならば――こちらから、先手を打つ)
彼は、フランツを呼んだ。
「陛下、こんな夜更けに」
「フランツ卿。重要な任務を頼みたい」
「何でしょう?」
「ヴェストマルク領内に、密偵網を構築してくれ」
エドヴァルトは、地図を指差した。
「ゲルハルト伯の動き、周辺領主の動向、軍の配置――すべての情報を集めろ」
「情報戦ですね」
「そうだ。次に戦うときは、完全に準備をした上で戦う」
フランツは頷いた。
「承知しました」
「それと――」
エドヴァルトは、別の図面を取り出した。
「新型の武器を開発する」
「新型?」
図面には、火縄銃より小型の、拳銃のような武器が描かれていた。
「これは……?」
「短銃だ。騎兵が馬上で使える銃」
エドヴァルトは説明した。
「火縄銃は強力だが、騎兵には使えない。だが、短銃なら――」
「騎兵も火器を持てる……!」
「そうだ。さらに――」
エドヴァルトは、次の図面を広げた。
そこには、複数の銃身を持つ、奇妙な大砲が描かれていた。
「これは?」
「オルガン砲の改良型だ。より速く装填でき、より多くの弾を撃てる」
フランツは、感嘆の声を上げた。
「陛下……陛下は、どこまで先を見ているのですか?」
「先を見ているわけじゃない」
エドヴァルトは、窓の外を見た。
「ただ――生き残るために、できることを全部やっているだけだ」
翌朝。
エドヴァルトは、王立技術研究所を訪れた。
グスタフが、新しい試作品を見せてくれた。
「陛下、これを」
それは、火縄銃より少し小型の銃だった。
「改良型の火縄銃です。装填時間を三十秒短縮しました」
「どうやって?」
「弾丸と火薬を、紙の包みに入れておくんです」
グスタフは、小さな紙包みを見せた。
「これを銃口に入れて、棒で押し込むだけ。火薬を測る手間が省けます」
「紙包弾薬……」
エドヴァルトは、前世の知識を思い出した。
(そうだ、近世ヨーロッパで使われた技術だ)
「素晴らしい。これを標準化しよう」
「はい!」
グスタフは、続けて別のものを見せた。
「それと、これは陛下が設計された短銃の試作品です」
小型の銃。全長五十センチほど。
「まだ試射していませんが」
「試してみよう」
二人は、射撃場に移動した。
エドヴァルトは、短銃を構えた。
軽い。片手でも持てる。
火縄に点火し、引き金を引く。
パン!
小気味良い銃声。
反動は、予想より小さかった。
標的を見ると――
中央から少しずれたが、確かに命中している。
「いける……」
エドヴァルトは、満足そうに頷いた。
「これを量産しよう。騎兵隊に配備する」
「承知しました!」
午後、エドヴァルトは城下町を歩いた。
護衛のフランツだけを従えて。
町は、活気を取り戻していた。
戦争の傷跡はまだ残っているが、人々は前を向いていた。
「王様だ!」
「陛下!」
町の人々が、エドヴァルトに気づいて駆け寄ってくる。
「陛下、ありがとうございます!」
「我が国を守ってくださって!」
「息子が、戦場から帰ってきました! 陛下のおかげです!」
エドヴァルトは、一人一人と言葉を交わした。
ある老婆が、エドヴァルトの手を取った。
「陛下……私の孫は、戦場で亡くなりました」
「……申し訳ございません」
エドヴァルトは、深く頭を下げた。
「いえ」老婆は微笑んだ。「孫は、誇りを持って戦ったと聞きました」
「この国のために、家族のために、戦ったと」
老婆の目から、涙が溢れた。
「だから、私は悲しいけれど――誇りに思っています」
「陛下、どうかこの国を、これからも守ってください」
エドヴァルトは、老婆の手を強く握った。
「約束します。必ず、守ります」
夕刻、城に戻ったエドヴァルトは、エリーザベトと夕食を取った。
久しぶりの、穏やかな時間。
「お兄様」
「ん?」
「最近、笑わなくなりましたね」
エドヴァルトは、ハッとした。
「そうか……?」
「はい。いつも、何か考え込んでいるような顔をしています」
エリーザベトは、心配そうに兄を見た。
「無理をしていませんか?」
「無理……か」
エドヴァルトは、窓の外を見た。
「無理をしているつもりはない。ただ――」
「ただ?」
「やらなければならないことが、多すぎるんだ」
彼は、正直に言った。
「戦争が終わっても、平和が来たわけじゃない。次の脅威に備えなければならない」
「お兄様は、休めないんですね」
「ああ」
エドヴァルトは、妹を見た。
「でも、お前がいてくれるから――頑張れる」
エリーザベトは、微笑んだ。
「私も、お兄様の力になりたいです」
「ありがとう」
その夜、深夜。
エドヴァルトは、再び執務室にいた。
机の上には、様々な報告書と計画書。
軍備拡張計画。
技術開発計画。
外交戦略。
経済政策。
(やることは、山ほどある)
(だが――)
彼は、ふと立ち上がり、窓を開けた。
夜風が、心地よい。
星空が、美しい。
(たまには、こういう時間も必要だな)
エドヴァルトは、深く息を吸った。
(前世では、毎日残業で疲れ切っていた)
(この世界に来て、王になって――もっと忙しくなった)
(でも――)
彼は、城下町の明かりを見た。
(守るべきものがある)
(それが、こんなにも――やりがいを感じさせてくれる)
その時、ノックの音がした。
「入れ」
フランツが入ってきた。
「陛下、緊急報告です」
エドヴァルトの表情が、引き締まった。
「何があった?」
「ヴェストマルク領内の密偵からです」
フランツは、報告書を差し出した。
「ゲルハルト伯が――新たな同盟を模索しているとのことです」
「どことの同盟だ?」
「それが……」
フランツは、深刻な顔をした。
「南方の大国、ハプスブルク帝国です」
エドヴァルトは、息を呑んだ。
(ハプスブルク……!)
それは、この大陸最大の帝国。
軍事力、経済力、すべてにおいて他を圧倒する超大国。
もしヴェストマルクが、ハプスブルクと組んだら――
「くそ……」
エドヴァルトは、拳を握った。
「詳細を調べろ。すぐに」
「はい」
フランツが去った後、エドヴァルトは地図を見た。
(まだ、戦いは終わらない)
(いや――これは、もっと大きな戦いの、始まりに過ぎない)
彼は、深く息を吸った。
(だが、恐れることはない)
(俺には、仲間がいる。民がいる。技術がある)
(そして――)
彼は、拳を握りしめた。
(絶対に、負けない)
夜は深く、静かだった。
だが、エドヴァルトの心には――
新たな嵐が、近づいていた。
次回もお楽しみに




