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滅亡寸前の小国王、戦争史オタクにつき逆転を狙う  作者: 膝栗毛


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砲煙と硝煙

引き継ぎお楽しみください

第十九章 砲煙と硝煙

午前七時。

霧が完全に晴れた時、エドヴァルトは息を呑んだ。

谷の向こうに広がる敵軍は、想像を超える規模だった。

密集した槍の穂先が、朝日を反射して輝いている。

騎士たちの鎧が、まるで銀の波のように見える。

旗、旗、旗――無数の紋章が風になびいている。

「七千六百……いや、もっといるかもしれない」

フランツが、望遠鏡を覗きながら呟いた。

「八千はいます」

エドヴァルトは、敵軍の配置を観察した。

前衛――重装歩兵、約三千。盾と槍で武装。

中央――騎士団、約六百。馬上で、長剣と槍を持つ。

後方――軽装歩兵、約三千。弓兵が主体。

さらに後方――攻城兵器。投石機が三基、攻城塔が二基。

そして、敵軍の中央には――

豪奢な鎧に身を包んだ、一人の男。

「ゲルハルト伯か……」

エドヴァルトは、敵の総司令官を見た。

距離があるため、顔ははっきり見えないが、その周囲の華美さから、それが彼だとわかった。


敵軍の陣営。

ゲルハルト・フォン・ヴェストマルクは、馬上から谷を見下ろしていた。

彼は五十二歳。狡猾な策略家として知られ、この十年で領土を倍に拡大した。

「あれが、リヒテンブルク軍か」

副官のマティアス・ブラウン――かつてリヒテンブルクに商人として潜入した男――が報告する。

「はい。推定兵力、三千。谷の中に陣地を構築しています」

「陣地……ふん」

ゲルハルトは鼻で笑った。

「土嚢と柵で作った張りぼてだろう。我が軍の物量の前には、無意味だ」

だが、マティアスは不安そうだった。

「伯爵閣下、リヒテンブルク軍は侮れません。新型の武器を持っているという報告も――」

「聞いている」

ゲルハルトは手を振った。

「火を吹く筒だろう? 見世物程度のものだ。実戦では役に立たん」

彼は、傭兵隊長を呼んだ。

「ブルーノ!」

「はっ!」

ブルーノ・シュヴァルツ――かつてリヒテンブルクに撃退された、あの傭兵隊長が進み出た。

「貴様の部隊が先陣を切れ。谷を突破し、敵陣を蹂躙しろ」

「承知しました。ただし――」

ブルーノは、谷を見て言った。

「あの谷は狭い。大軍の利点が活かせません」

「だからこそ、貴様の精鋭が必要なのだ」

ゲルハルトは、冷たく言った。

「それとも、怖気づいたか?」

ブルーノの顔が、わずかに歪んだ。

「……いえ。やりましょう」


午前八時。

ヴェストマルク連合軍が、動き始めた。

太鼓の音が響き、ラッパが鳴る。

前衛の重装歩兵三千が、ゆっくりと前進を開始した。

盾を構え、槍を掲げ、整然とした隊列で。

ドン、ドン、ドン――

太鼓のリズムに合わせて、一歩一歩。

地面が揺れるような、重い足音。

リヒテンブルク軍の陣地に、緊張が走った。

「来る……!」

「落ち着け! まだ射程外だ!」

隊長たちが、兵士たちを落ち着かせる。

エドヴァルトは、第一防衛線の砲兵陣地にいた。

「距離は?」

「八百メートル!」

「まだだ……もっと引きつける」

砲兵たちは、大砲の横に立ち、じっと敵を見つめていた。

手には、火縄が握られている。

「七百メートル!」

「六百メートル!」

敵の顔が、徐々に見えてくる。

盾の紋章が、判別できる。

「五百メートル!」

エドヴァルトは、剣を掲げた。

「砲兵――」

全ての砲兵が、身構えた。

「撃て!!」

ドドドドドォォォォン!!!

二十門の大砲が、一斉に火を吹いた。

轟音が谷を揺らし、白い煙が陣地を包む。

鉄球が、空を切って飛んだ。

そして――

ドガァン! ドガァン! ドガァン!

敵の密集陣形に、次々と着弾した。

一発の鉄球が、列を貫通する。

五人、十人が、一瞬で吹き飛ばされた。

「ぎゃああああ!」

悲鳴が上がる。

血が飛び散る。

敵の整然とした隊列に、穴が開いた。

「装填! 急げ!」

砲兵たちが、必死に次弾を込める。

火薬を流し込み、弾を押し込み、火薬を点火孔に詰める。

訓練通り、訓練通り――

「装填完了!」

「撃て!」

ドドドドドォォォォン!!!

二射目。

また、敵の列が崩れる。

だが――

敵は止まらなかった。

「前進! 前進しろ!」

ブルーノの声が響く。

傭兵たちは、倒れた仲間を踏み越えて、前進を続けた。

「くそっ……止まらない……!」

砲兵の一人が、歯を食いしばった。

「第三射! 撃て!」

ドドドドドォォォォン!!!

「第四射! 撃て!」

ドドドドドォォォォン!!!

砲撃は続いた。

だが、敵はじりじりと近づいてくる。

「四百メートル!」

「三百メートル!」

エドヴァルトは、判断した。

「砲兵、退却! 第二防衛線へ!」

「はっ!」

砲兵たちは、訓練通り、速やかに大砲を放棄して後方に走った。

彼らは第二防衛線の後方に下がり、銃兵の援護に回る。


第二防衛線。

銃兵六百が、射撃台の上に整列していた。

第一段に二百、第二段に二百、第三段に二百。

カール隊長は、冷静に命令を出した。

「火薬、確認! 弾丸、確認! 火縄、点火!」

銃兵たちは、それぞれの作業を確認する。

火薬入れから火薬を取り出し、銃口に流し込む。

弾丸を入れ、棒で押し込む。

点火孔に火薬を少量置く。

火縄に火をつける。

「距離、二百メートル!」

敵の顔が、はっきりと見えた。

汗をかき、息を荒くし、だが前進を止めない重装歩兵たち。

マルティンは、震える手で銃を構えた。

心臓が、激しく打っている。

(怖い……怖い……)

隣のヨハンも、同じだった。

だが、二人とも銃を捨てなかった。

訓練を思い出す。

呼吸を整える。

狙いを定める。

「百五十メートル!」

「第一列――」

カール隊長が、剣を掲げた。

「構え!」

二百の銃が、一斉に構えられた。

「狙え!」

二百の銃口が、敵に向けられた。

静寂。

一瞬の、永遠のような静寂。

そして――

「撃て!!」

パパパパパパパパパン!!!

二百の銃声が、一斉に響いた。

硝煙が立ち上る。

鉛の弾丸が、敵陣に降り注いだ。

ドスッ、ドスッ、ドスッ――

肉を貫く、鈍い音。

「ぐあっ!」

「いぎゃああ!」

敵の前列が、バタバタと倒れた。

盾を貫通し、鎧を貫通し、肉に食い込む弾丸。

だが――

「第一列、後退! 装填!」

「第二列、前進!」

第一列が後ろに下がり、必死に装填を始める。

その間に、第二列が前に出る。

「第二列、撃て!!」

パパパパパパパパパン!!!

また、敵が倒れる。

「第二列、後退! 第三列、前進!」

「第三列、撃て!!」

パパパパパパパパパン!!!

連続射撃。

途切れることのない、銃声の嵐。

敵の前進が、明らかに遅くなった。

倒れた仲間を踏み越え、血の海の中を進む。

だが、それでも――

彼らは止まらなかった。

「第一列、装填完了! 前進!」

「撃て!!」

パパパパパパパパパン!!!

何度目の斉射だろうか。

マルティンは、もう数えるのをやめていた。

ただ、機械的に――

撃つ、下がる、装填する、前に出る、撃つ。

繰り返し、繰り返し、繰り返し。

銃身が熱くなっている。

手が火薬で黒く汚れている。

耳が、銃声で痛い。

でも――

止まらない。


午前九時。

敵は、ついに百メートルまで接近した。

地面は、死体で埋め尽くされていた。

数百の遺体が、谷を赤く染めている。

だが、それでも敵は来る。

「銃兵、退却! 第三防衛線へ!」

エドヴァルトの命令が響く。

銃兵たちは、素早く後方に下がった。

そして――

第三防衛線。

槍兵千五百が、待っていた。

ベルンハルトが、大声で叫んだ。

「槍衾! 形成!」

ガシャン、ガシャン、ガシャン!

整然とした音とともに、槍兵たちが陣形を組む。

前列、膝をつき、槍を斜め前方に。

中列、立ち、槍を前列の頭上から。

後列、槍を高く掲げ、中列の頭上から。

三重の槍の壁。

まるで、巨大な鋼鉄の獣のように。

敵の重装歩兵が、溝の前で止まった。

「溝だ! 溝がある!」

「渡れ! 板を持ってこい!」

だが、その時――

「弩兵、射撃!」

谷の両側の崖から、弩が放たれた。

三百本のボルトが、上から降り注ぐ。

「ぐあああ!」

敵は、混乱した。

前からは槍、上からは矢。

そして、足元には溝。

「くそっ……! 撤退! 一旦撤退だ!」

ブルーノが、ついに撤退を命じた。


午前十時。

第一波の攻撃は、撃退された。

谷には、静寂が戻った。

だが、それは死の静寂だった。

地面は血に染まり、うめき声が響いている。

エドヴァルトは、第三防衛線に立ち、戦場を見渡した。

敵の死傷者――おそらく千を超える。

味方の損害――砲兵五名、銃兵十二名、槍兵三名。計二十名。

(勝った……第一波は、勝った……)

だが、エドヴァルトの表情は厳しかった。

(敵は、まだ七千いる)

(これは、まだ始まりに過ぎない)

「全軍! 陣地を修復しろ! 負傷者を後方に運べ! 弾薬を補充しろ!」

兵士たちが、動き出した。

次の波が来るまで、時間は少ない。


敵陣営。

ゲルハルトは、怒り狂っていた。

「千だと!? たった一度の攻撃で、千も失っただと!?」

「申し訳ございません……」

ブルーノが頭を下げる。

「あの火を吹く武器……予想以上でした」

「言い訳を聞いているのではない!」

ゲルハルトは、テーブルを叩いた。

「次はどうする! また、正面から突っ込むのか!?」

「いえ……」

マティアスが、進言した。

「閣下、夜を待ちましょう。夜襲をかければ、あの武器も無力化できます」

「夜……?」

ゲルハルトは、考えた。

「いや、駄目だ。時間をかければ、グラウバルトの援軍が来る」

「では……」

「全軍で一気に攻める」

ゲルハルトは、決断した。

「八千すべてを投入する。物量で押し潰す」


午前十一時。

リヒテンブルク軍の陣地に、伝令が駆け込んできた。

「陛下! 敵が、全軍で動き始めました!」

エドヴァルトは、谷の入口を見た。

そこには――

信じられない光景があった。

八千の軍が、谷に向かって押し寄せてくる。

まるで、津波のように。

「総攻撃か……」

エドヴァルトは、深く息を吸った。

(来る。本当の戦いが、今から始まる)

「全軍、配置につけ!」

「これが、最後の戦いだ!」

兵士たちの顔に、決意が浮かんだ。

そして――

第二波が、始まった。

次回もお楽しみに

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