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滅亡寸前の小国王、戦争史オタクにつき逆転を狙う  作者: 膝栗毛


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18/25

シルバータールの準備

引き継ぎお楽しみください


「土嚢を積め! もっと高く!」

「杭を打ち込め! 深く、深く!」

「射撃台の高さを揃えろ!」

シルバータールの谷に、無数の声が響き渡っていた。

午後二時。リヒテンブルク軍三千は、夜明けまでに陣地を完成させなければならなかった。時間は、十八時間しかない。

エドヴァルトは、谷の入口に立ち、全体を見渡していた。彼の頭の中には、完成形のイメージが明確にあった。前世で見た無数の要塞や陣地の図面、戦史の記述――それらすべてを総動員して、この限られた時間で作れる最良の防御陣地を設計していた。

「オズヴァルト卿!」

「はい、陛下!」

老騎士が、泥だらけの顔で駆けつけた。彼もまた、指揮だけでなく自ら土嚢を運んでいた。

「第一防衛線の進捗は?」

「砲兵陣地の整地は完了しました。今、射撃台を建設中です」

「よし。砲は谷の入口から三百メートルの位置。左右に十門ずつ、扇形に配置する」

エドヴァルトは、地面に棒で図を描いた。

「こうすれば、谷に入ってくる敵を、クロスファイアで攻撃できる」

「クロスファイア……?」

「交差射撃だ。左右から挟み撃ちにする」

オズヴァルトは、感心したように頷いた。

「なるほど。敵は、どちらを向いても砲弾が飛んでくる」

「そうだ。ただし――」

エドヴァルトは、砲兵陣地の背後を指差した。

「砲の後方に、退路を確保しろ。もし敵が突破してきたら、砲兵は速やかに撤退する」

「砲を捨てるのですか?」

「人命の方が大切だ。砲は後で奪還すればいい」


砲兵陣地では、二百名の砲兵が汗を流していた。

彼らはまず、地面を平らにした。大砲は水平に設置しなければ、正確に狙えない。

「もっと掘れ! 石は全部取り除け!」

砲兵隊長のフリードリヒが叫ぶ。

彼は四十代の元傭兵で、グスタフとともに大砲の開発に携わってきた。

「土嚢を積むぞ! 三段、いや四段だ!」

土嚢は、砲を敵の射撃から守る盾になる。

兵士たちは、麻袋に土を詰め、それを積み上げていく。

一つの土嚢は約二十キロ。それを何百個も積む。

「重い……くそ、重い……」

若い砲兵が、歯を食いしばって土嚢を運ぶ。

「弱音を吐くな! お前の家族は、この土嚢の向こうにいるんだぞ!」

フリードリヒの言葉に、兵士は黙って作業を続けた。

やがて、砲兵陣地の形が見えてきた。

馬蹄形の土塁。

その内側に、大砲が二十門、扇形に配置される。

それぞれの大砲の前には、砲弾と火薬の山。

そして、大砲の間には――

「杭を打て! 鋭く削った杭を、斜めに地面に刺すんだ!」

敵の歩兵が陣地に突入するのを防ぐ、原始的だが有効な障害物。

さらに、その前には――

「撒菱を撒け! 密に、密に!」

グスタフが作った数千個の撒菱が、陣地の前面にばらまかれた。


第二防衛線。

谷の中腹、砲兵陣地から二百メートル後方。

ここには、銃兵六百が陣地を作っていた。

「射撃台を作る! 高さは一メートル!」

カール隊長が指示を出す。

射撃台は、土を盛って作られた。銃兵はその上に立ち、高い位置から射撃する。

「なぜ、高くするんですか?」

若いマルティンが尋ねた。

「前列の銃兵が、後列の視界を遮らないようにだ」

カールが説明する。

「平地だと、前列が撃った後、後列が前に出るのに時間がかかる。だが、段差があれば――」

「後列は、前列の頭越しに撃てる!」

ヨハンが理解した。

「その通り。これで、より多くの銃を同時に撃てる」

銃兵たちは、土を運び、踏み固め、段々畑のような陣地を作っていく。

第一段――最前列、二百名。

第二段――中列、二百名。

第三段――後列、二百名。

それぞれの段には、木製の柵が設置される。

柵には、銃を置くための切り込みがある。

「これに銃を乗せて、狙いを定めるんだ」

カールが実演して見せた。

銃を柵の切り込みに置くと、銃身が安定する。

「こうすれば、命中率が上がる」

マルティンとヨハンは、何度も練習した。

銃を置き、構え、狙いを定める動作を――何十回も繰り返した。


第三防衛線。

谷の最奥部、銃兵陣地からさらに二百メートル後方。

ここには、槍兵千五百が陣地を作っていた。

「溝を掘れ! 幅二メートル、深さ一メートル!」

槍兵隊長の一人、ベルンハルトが命じる。

彼は三十代の騎士で、かつてはノルトガルド公国に仕えていたが、エドヴァルトの理念に共感してリヒテンブルクに移った。

槍兵たちは、谷を横断する形で溝を掘った。

これは、敵の騎兵突撃を止めるためだ。

馬は、深い溝を跳び越えられない。

溝の向こう側には、鋭く削った杭が斜めに並べられた。

そして、溝の手前には――

槍衾(やりぶすま)の陣形を確認する!」

千五百の槍兵が、密集陣形を組んだ。

前列が膝をつき、槍を斜め前方に構える。

中列が立ち、槍を前列の頭上から突き出す。

後列が槍を高く掲げ、中列の頭上から突き出す。

三重の槍の壁。

まるで、巨大な針鼠のように。

「よし! この陣形を、体に覚え込ませろ!」

ベルンハルトは、何度も陣形の組み替えを練習させた。

通常陣形から槍衾へ。

槍衾から方陣へ。

方陣から通常陣形へ。

スムーズに、迅速に。

槍兵たちは、汗だくになりながら練習を繰り返した。


夕刻、午後六時。

太陽が西に傾き始めた。

エドヴァルトは、谷の奥の高台に登り、全体を見渡した。

陣地は、徐々に形になっていた。

第一防衛線の砲兵陣地――ほぼ完成。土塁と土嚢の壁が、夕日に長い影を落としている。

第二防衛線の銃兵陣地――射撃台は完成。今、柵を設置中。

第三防衛線の槍兵陣地――溝は完成。杭も設置完了。

「フランツ卿」

「はい、陛下」

「側面の警戒は?」

「谷の両側の崖に、弩兵を配置しました。片側百五十ずつ、計三百です」

「よし」

エドヴァルトは頷いた。

谷の両側は急な崖だが、完全に登れないわけではない。

もし敵が崖を登って側面を突いてきたら――

弩兵が上から射撃する。

「夜間の警備体制は?」

「四時間交代で見張りを立てます。篝火は――」

「谷の入口に集中させろ。敵に、我々の陣地の詳細を見せるな」

「承知しました」


午後八時、日没。

作業は続いていた。

松明の明かりの下で、兵士たちは黙々と働いた。

エドヴァルトは、各陣地を回り、兵士たちを激励した。

「よくやっている。もう少しだ」

「陛下……!」

疲れ切った兵士たちの顔に、笑みが浮かんだ。

王が、自分たちを見ている。

王が、自分たちを信じている。

それだけで、疲れが吹き飛ぶようだった。


午後十時。

簡易な夕食が配られた。

固いパン、塩漬け肉、そして温かいスープ。

兵士たちは、陣地の中で座り込んで食べた。

マルティンは、スープを啜りながら呟いた。

「明日か……」

「ああ」

ヨハンも、複雑な表情だった。

「怖いか?」

「怖い。お前は?」

「俺も怖い」

二人は、しばらく黙って食事を続けた。

その時、後ろから声がかかった。

「お前たち、初陣か?」

振り返ると、三十代くらいの銃兵がいた。

顔に傷があり、どこか歴戦の雰囲気がある。

「は、はい……」

「心配するな。最初はみんな怖い」

男は、自分のスープを啜った。

「俺も昔、別の国で傭兵をやっててな。初めての戦いの前、小便漏らしそうになった」

マルティンとヨハンは、少し笑った。

「でも、実際に戦いが始まると――意外と、やれるもんだ」

「本当ですか?」

「本当だ。ただし――」

男は、真剣な顔になった。

「隊長の命令を聞け。絶対に、勝手な行動をするな。それさえ守れば、生き残れる」

「はい……」

「それと、仲間を信じろ。お前たちは一人じゃない。六百人の銃兵が、一緒に戦う」

男は立ち上がった。

「じゃあな。明日、生きて会おう」


深夜、午前二時。

エドヴァルトは、まだ眠っていなかった。

彼のテントには、フランツ、オズヴァルト、そして各隊長が集まっていた。

地図を囲んで、最終確認。

「明日の戦闘開始は、おそらく午前中」

エドヴァルトは、地図上に印をつけた。

「敵は、谷の入口に到着後、すぐに攻撃してくる可能性が高い」

「偵察はしないのですか?」

「するだろう。だが、ゲルハルト伯は焦っている」

エドヴァルトは、敵の心理を分析した。

「彼は、速攻で我々を倒したい。ノルトガルドが動く前に、既成事実を作りたい」

「ならば、偵察もそこそこに突撃してくる、と」

「そう考えている」

エドヴァルトは、戦闘の流れを説明し始めた。

「第一段階――敵が谷に入る。距離、五百メートル」

「砲兵、射撃開始。目標は、敵の密集している部分」

「第二段階――敵が三百メートルまで接近」

「砲兵、連続射撃。敵の前進を遅らせる」

「第三段階――敵が二百メートルまで接近」

「砲兵は退却。銃兵、第一斉射」

「第四段階――敵が百五十メートルまで接近」

「銃兵、連続斉射。三列ローテーション射撃」

「第五段階――敵が五十メートルまで接近」

「銃兵は退却。槍兵、槍衾を形成」

「第六段階――敵が突撃」

「槍兵、密集陣形で防御。絶対に、陣形を崩すな」

オズヴァルトが尋ねた。

「もし、槍兵の陣形が破られたら?」

「その時は――」

エドヴァルトは、地図の脇に置いてあった別の図を示した。

「予備隊三百が、即座に増援。そして、騎兵百が敵の側面を突く」

「なるほど……」

「ただし」

エドヴァルトは、全員を見渡した。

「これは、理想的な展開だ。実際には、予想外のことが起きる」

「その時は?」

「臨機応変に対応する。だが――」

エドヴァルトは、強調した。

「一つだけ、絶対に守ってほしいことがある」

「何でしょう?」

「パニックを起こさせるな」

エドヴァルトは、真剣な目で言った。

「恐怖は伝染する。一人が逃げれば、十人が逃げる。十人が逃げれば、百人が逃げる」

「だから、隊長たちは――どんなに恐ろしい状況でも、冷静でいてくれ。兵士たちは、隊長を見ている」

全員が、重々しく頷いた。

「では――」

エドヴァルトは、立ち上がった。

「各自、四時間だけ眠れ。夜明けには、全員起きていろ」


午前四時。

エドヴァルトは、ようやく横になった。

だが、眠れなかった。

頭の中で、何度も何度も、戦闘のシミュレーションが回る。

(もし、砲が故障したら?)

(もし、銃兵がパニックを起こしたら?)

(もし、敵が予想外の戦術を使ったら?)

不安が、次々と湧いてくる。

彼は、目を閉じて深呼吸した。

(落ち着け)

(準備はした)

(できることは、全部やった)

(後は――兵士たちを信じるしかない)

そして――

(エリーザベト……)

妹の顔が浮かんだ。

(必ず、生きて帰る)

(約束したから)

彼は、その思いを胸に――

ようやく、浅い眠りについた。


午前六時、夜明け。

ラッパの音が、谷に響いた。

兵士たちが、一斉に起き上がる。

霧が、まだ谷を覆っていた。

だが、東の空は徐々に明るくなっていた。

エドヴァルトは、鎧を身につけ、テントから出た。

「全軍、配置につけ!」

三千の兵が、それぞれの陣地に向かう。

砲兵は、大砲の最終点検。

銃兵は、火薬と弾丸の確認。

槍兵は、槍の穂先を研ぐ。

エドヴァルトは、馬に乗り、谷の入口に向かった。

そこから、敵が来る。

霧の向こうから――

やがて、遠くで音が聞こえてきた。

太鼓の音。

行軍の音。

そして――

無数の足音。

「来る……!」

見張りが叫んだ。

「敵軍、接近中!」

エドヴァルトは、剣を抜いた。

「全軍、戦闘準備!」

霧が、徐々に晴れ始めた。

そして――

その向こうに、見えてきた。

無数の旗。

無数の槍。

無数の兵士。

ヴェストマルク連合軍、七千六百。

決戦の時が、来た。

次回もお楽しみに

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