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滅亡寸前の小国王、戦争史オタクにつき逆転を狙う  作者: 膝栗毛


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16/32

開戦前夜


雪解けが始まった。

リヒテンブルク王国の森では、氷が溶け、小川が流れ始め、大地が徐々に顔を出していた。

エドヴァルトは、王都の城壁から、北と西の地平線を見つめていた。春の訪れは美しかったが、彼の心には重苦しいものがあった。

「陛下」

フランツが階段を上がってきた。その手には、複数の報告書が握られている。

「密偵からの最新報告です」

エドヴァルトは、報告書を受け取り、一つ一つ丁寧に目を通した。

最初の報告書――北方、ノルトガルド公国。

『ノルトガルド公ヴォルフラムが、冬の間に傭兵を大量雇用。推定兵力、騎士八百、歩兵六千、計六千八百。三月中旬には、国境に集結する見込み』

二つ目の報告書――西方、ヴェストマルク伯領。

『ゲルハルト伯が周辺領主と密約を完成。連合軍を編成中。推定兵力、騎士六百、歩兵七千、攻城兵器多数。計七千六百』

エドヴァルトは、静かに報告書を折りたたんだ。

「合計で、一万四千四百か」

「はい。我が国の総兵力三千五百の、約四倍です」

「四倍……」

エドヴァルトは、深く息を吸った。前世の知識で様々な戦史を知っていても、実際に四倍の敵と対峙するというのは、想像以上の重圧だった。

「陛下、まだグラウバルトの援軍が――」

「来るかどうか、わからない」

エドヴァルトは、現実的に考えていた。

「条約では、我が国が攻撃されてから一ヶ月以内に援軍を送ることになっている。だが、一ヶ月もあれば――」

「戦争は終わっている可能性がありますね」

「その通りだ。敵もそれを計算している」

エドヴァルトは、城壁の石を撫でた。

「つまり、最初の一ヶ月は、我々だけで戦わなければならない」


その夜、王宮の大広間。

エドヴァルトは、王国の主要な人物たちを全員集めていた。

貴族たち――フランツ、オズヴァルト、アルブレヒト。

官僚たち――ハインリヒ、財務卿、農務卿。

軍人たち――各部隊の隊長、砲兵隊長、銃兵隊長。

技術者たち――グスタフ、マルクス、その他の職人代表。

商人たち――ヨハン・クラウゼをはじめとする商人ギルド。

そして――民の代表たち。

これほど多様な身分の人々が一堂に会するのは、リヒテンブルク王国の歴史で初めてのことだった。

広間は、緊張した静寂に包まれていた。

エドヴァルトは、演壇に立った。

「諸君」

彼の声は、静かだが、確かに広間の隅々まで届いた。

「今夜、諸君を集めたのは、事実を共有するためだ。良い知らせではない。だが、諸君には知る権利がある」

エドヴァルトは、大きな地図を広げた。リヒテンブルク王国と、その周辺国が描かれている。

「春が来た。そして、春とともに――戦争が来る」

ざわめきが広がった。

「北のノルトガルド、西のヴェストマルクが、同盟を組んだ。総兵力、一万四千以上。彼らは、我が国を二方向から攻める」

民の代表の一人、老農民が震える声で尋ねた。

「陛下……我々は、勝てるのですか?」

エドヴァルトは、正直に答えた。

「わからない」

広間が、水を打ったように静まり返った。

「数の上では、敵が圧倒的に有利だ。我が国は三千五百の兵しかいない」

「では……」

「だが」

エドヴァルトは、声を強めた。

「我々には、彼らにないものがある」

彼は、広間の人々を一人一人見渡した。

「我々には、火器がある。訓練がある。規律がある。そして――」

エドヴァルトは、拳を握った。

「守るべき家族がある。故郷がある。自由がある」

「敵は、金で雇われた傭兵が大半だ。彼らは、命を懸ける理由がない。だが、我々は違う」

エドヴァルトは、民の代表たちを見た。

「諸君の家族は、この国にいる。諸君の畑は、この国にある。諸君の未来は、この国にある」

「だから――」

彼は、声を張り上げた。

「我々は、負けられない。負ければ、全てを失う。家族も、自由も、未来も」

広間に、静かな決意が広がり始めた。

「戦いは厳しいだろう。犠牲も出るだろう。だが――」

エドヴァルトは、深く頭を下げた。

「諸君の力を、貸してほしい。この国を、共に守ってほしい」

長い沈黙の後。

オズヴァルトが、最初に立ち上がった。

「陛下、私は陛下とともに戦います」

次に、フランツが立った。

「私もです」

グスタフが立った。

「この老いぼれも、最後まで」

ヨハンが立った。

「商人は戦えませんが、物資の供給は任せてください」

次々と、人々が立ち上がった。

貴族も、商人も、職人も、農民も。

最後には、広間にいる全員が立ち上がっていた。

エリーザベトは、広間の片隅から兄を見つめていた。涙が頬を伝っていた。

(お兄様……)


翌朝、早朝。

エドヴァルトは、ほとんど眠らずに執務室で作戦を練っていた。

机の上には、詳細な地図、兵力配置図、補給計画、そして――何十枚もの書き損じた羊皮紙。

「陛下、朝食を」

侍従が食事を運んできたが、エドヴァルトは手をつけなかった。

「後で食べる。今は――」

彼は地図を睨んでいた。

(敵は二方向から来る)

(北のノルトガルド軍、六千八百)

(西のヴェストマルク連合軍、七千六百)

(もし同時に攻められたら、我々は完全に分断される)

(だから――)

エドヴァルトは、赤い印をつけた。

(各個撃破だ)

(一方を先に叩き、もう一方が来る前に戻る)

(だが、どちらを先に?)

彼は、両軍の特性を分析した。

ノルトガルド軍:

・騎士が多い

・機動力がある

・過去に一度、我が国の戦術を経験している

・ヴォルフラム公は慎重な指揮官

ヴェストマルク連合軍:

・傭兵主体

・統制は取れている

・攻城兵器が多い

・ゲルハルト伯は狡猾だが、実戦経験は少ない

(ヴェストマルクを先に叩くべきか……)

(いや、待て)

エドヴァルトは、別の可能性を考えた。

(敵も、我々が各個撃破を狙うことは予想しているはずだ)

(ならば、連携を取ってくるだろう)

(一方が陽動し、もう一方が本攻撃を――)

その時、ノックの音がした。

「入れ」

フランツが入ってきた。その顔は、蒼白だった。

「陛下……緊急報告です」

「何があった?」

「ヴェストマルク連合軍が、予定より早く動き始めました」

エドヴァルトは立ち上がった。

「いつだ?」

「三日後には、西の国境に到達するとのことです」

「三日……」

「そして」フランツは続けた。「ノルトガルド軍は、まだ動いていません」

エドヴァルトは、すぐに理解した。

「陽動か」

「おそらく。ヴェストマルクが我々を引きつけ、その間にノルトガルドが別のルートから――」

「いや」

エドヴァルトは、地図を見つめた。

「逆だ」

「逆?」

「ヴェストマルクが本命だ。ノルトガルドの静けさが、陽動だ」

エドヴァルトは、指で地図をなぞった。

「ゲルハルト伯は、我々がノルトガルドを警戒している間に、西から一気に攻め込むつもりだ」

「なるほど……」

「ならば」

エドヴァルトは、決断した。

「西に全力を投入する」


正午、軍議。

エドヴァルトは、全軍の指揮官を集めた。

「作戦を発表する」

彼は、地図上に部隊配置を示した。

「総兵力三千五百のうち、三千を西に派遣する」

「三千!?」オズヴァルトが驚いた。「では、北の守りは?」

「五百だけ残す。国境の要塞に籠城し、時間を稼ぐ」

「しかし、それでは――」

「北のノルトガルド軍が本格的に動くのは、西での戦いの結果を見てからだ」

エドヴァルトは、冷静に分析した。

「ヴォルフラム公は慎重だ。無駄な損害を嫌う。だから、ヴェストマルクが我々を消耗させるのを待っている」

「ならば、我々は――」

「ヴェストマルクを、速攻で叩く。その後、北に戻ってノルトガルドを迎え撃つ」

フランツが尋ねた。

「陛下、西での戦いは、どこで?」

「ここだ」

エドヴァルトは、地図上の一点を指差した。

「シルバータールの谷。以前、ヴェストマルクを撃退した場所だ」

「しかし、敵も同じ場所を警戒しているのでは?」

「警戒しているだろう。だが――」

エドヴァルトは微笑んだ。

「今回は、違う戦い方をする」


その日の午後、エドヴァルトは銃兵隊を視察した。

六百名の銃兵が、整列していた。彼らは、この三ヶ月間、毎日訓練を重ねてきた。

銃兵隊長、若き貴族カール・フォン・ノイシュタットが報告する。

「陛下、銃兵隊、準備完了しております」

「よくやってくれた、カール隊長」

エドヴァルトは、銃兵たちの前に立った。

「諸君。諸君は、この王国の新しい力だ」

六百の目が、王に注がれた。

「三日後、我々は戦場に立つ。敵は我々の四倍以上。だが――」

エドヴァルトは、銃兵の一人が持つ火縄銃を手に取った。

「この武器が、戦場を変える。諸君が引き金を引けば、百年の伝統を持つ騎士も倒れる」

彼は、銃を掲げた。

「諸君は、歴史の証人だ。いや――歴史を作る者たちだ」

「三日後、諸君の勇気を見せてくれ。リヒテンブルクのために。家族のために。そして――」

エドヴァルトは、声を張り上げた。

「未来のために!」

「おおおおお!」

六百の声が、一つになった。


その夜、エドヴァルトは一人で城の礼拝堂にいた。

彼は、特別な信仰心があるわけではなかった。前世では無神論者に近かった。

だが、今夜は――

祈らずにはいられなかった。

「神よ、もしいるのなら」

エドヴァルトは、祭壇の前に膝をついた。

「どうか、民を守ってください。兵士たちを守ってください」

「俺は……俺は、ただの人間だ。戦争オタクの、ただの転生者だ」

「俺に、三千五百の命を預ける資格があるのか、わからない」

「でも――」

彼は、拳を握りしめた。

「それでも、戦う。みんなを守るために」

「だから……どうか」

礼拝堂の扉が、静かに開いた。

エリーザベトだった。

「お兄様……」

「エリーザベト。どうしてここに?」

「お兄様が、ここにいると思って」

エリーザベトは、兄の隣に座った。

「お兄様、怖いですか?」

「ああ。怖い」

エドヴァルトは、正直に答えた。

「何千もの命を預かって、戦いに行く。怖くないわけがない」

「でも……お兄様は、いつも強く見えます」

「強く見えるだけだ。中身は、震えている」

エドヴァルトは、妹の手を取った。

「エリーザベト。もし俺が帰ってこなかったら――」

「お兄様!」

エリーザベトが、強く首を振った。

「帰ってきてください。約束したじゃないですか」

「ああ……約束したな」

「私、待ってます。ずっと、待ってます」

エリーザベトの目から、涙が溢れた。

「だから……必ず、帰ってきてください」

エドヴァルトは、妹を抱きしめた。

「わかった。約束する。必ず、生きて帰る」

二人は、しばらくそのまま、静かに抱き合っていた。

礼拝堂の窓から、月光が差し込んでいた。

明日、軍は出発する。

そして三日後――

リヒテンブルク王国の運命を賭けた、決戦が始まる。

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