火と硝煙の革命
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「陛下、これは……何でしょうか?」
グスタフは、エドヴァルトが描いた奇妙な図面を見て、首を傾げた。
図面には、一メートルほどの長さの筒状の武器が描かれていた。大砲を小型化したような形状だが、人が肩に担いで構えるようになっている。
「鉄砲だ」
「てっぽう……?」
「個人が携帯できる、火器だ」
エドヴァルトは、図面を指差した。
「大砲の原理を応用する。小型の銃身に火薬と弾丸を込め、点火する。弾丸が飛び出し、敵を倒す」
「しかし、そんな小さな弾で……」
「威力は十分だ。弩よりも強力で、訓練も簡単。何より――」
エドヴァルトは続けた。
「装填を速くすれば、連続して撃てる」
グスタフは、図面を見つめた。
「作ってみましょう。ただし、陛下……」
「何だ?」
「これが成功すれば、戦争が変わります」
「ああ」エドヴァルトは頷いた。「だから、作るんだ」
【三ヶ月後】
試作品が完成した。
王立技術研究所の射撃場に、エドヴァルトとグスタフ、そしてオズヴァルト、フランツが集まっていた。
「では、試射を」
グスタフが、鉄砲を構える。
木製の銃床に、鉄製の銃身。全長一・二メートル。
火縄を点火孔に近づける。
パン!
軽い爆発音とともに、鉛の弾丸が発射された。
五十メートル先の木の板に――
ズドン!
穴が開いた。
「やった……!」
「成功だ!」
だが、エドヴァルトは冷静だった。
「問題点を洗い出そう」
彼は、ノートに書き留めた。
・装填に時間がかかる(約一分)
・命中精度が低い
・射程が短い(有効射程五十メートル程度)
・反動が大きい
・雨天時に使用不可
「改良の余地は多いな」
「はい。特に装填速度と命中精度が……」
「装填速度は、訓練で改善できる。命中精度は――」
エドヴァルトは考えた。
「集団運用で補う」
「集団運用?」
「そうだ。一人の命中率は低くても、百人が一斉射撃すれば、必ず当たる」
オズヴァルトが、理解した。
「なるほど……面制圧ですね」
「その通り」
【半年後】
最初の鉄砲部隊が編成された。
「火縄銃兵」と名付けられた二百名の部隊。
訓練場では、新しい戦術の訓練が行われていた。
「三列横隊、展開!」
オズヴァルトの号令で、兵士たちが横一列に並ぶ。
第一列、第二列、第三列。
それぞれ約六十名。
「第一列、装填!」
ガチャガチャと、火薬と弾丸を込める音。
「構え!」
一斉に、銃を構える。
「狙え!」
前方の標的に照準を合わせる。
「撃て!」
パパパパパン!
六十発の銃声が、一斉に響いた。
前方の藁人形が、次々と倒れる。
「第一列、後退して装填! 第二列、前進!」
第一列が後ろに下がり、装填を開始する。
その間に、第二列が前に出る。
「第二列、撃て!」
パパパパパン!
「第二列、後退! 第三列、前進!」
第三列が射撃する。
そして、第一列の装填が完了する頃――
サイクルが一巡し、再び第一列が射撃する。
「これなら、連続射撃ができる……!」
フランツが感嘆の声を上げた。
エドヴァルトは頷いた。
「これが、線形戦術だ」
「線形戦術?」
「横一列に展開し、連続射撃で敵を制圧する。ナポレオン戦争時代の基本戦術だ」
もちろん、「ナポレオン」という名前は口に出さなかったが。
しかし、実戦演習で問題が明らかになった。
「仮想敵騎兵、側面から突撃!」
横一列に展開した銃兵隊の側面に、騎兵が襲いかかる。
「くっ……!」
横隊は、側面に対して無防備だった。
向きを変える前に、騎兵に突破される。
「やはり……」
エドヴァルトは、この弱点を予想していた。
(線形戦術の最大の弱点は、側面と後方だ)
(正面の火力は強力だが、側面を突かれると脆い)
「どうしますか、陛下?」
「いくつか対策を考えている」
【対策その一:方陣形態】
「銃兵、方陣形成!」
横一列だった部隊が、素早く四角形に変形する。
四方すべてに銃口が向く。
「これなら、どの方向から攻められても対応できる」
「しかし、陛下」オズヴァルトが指摘した。「方陣では、火力が分散します」
「そうだ。だから、方陣は防御用。騎兵に襲われた時の緊急回避だ」
【対策その二:複合戦術】
「銃兵の側面に、槍兵を配置する」
エドヴァルトは、新しい陣形を示した。
中央に銃兵の横隊。
その両翼に、槍兵の密集陣形。
「銃兵が正面を制圧し、槍兵が側面を守る」
「なるほど……兵科の組み合わせですね」
「そうだ。銃兵だけでは脆い。だから、槍兵、騎兵、砲兵――すべてを組み合わせる」
【対策その三:予備隊と機動防御】
「予備隊を常に配置する」
エドヴァルトは、陣形の後方を指差した。
「ここに、槍兵と騎兵の予備隊。側面が襲われたら、即座に援護に向かう」
「機動的に対応するわけですね」
「その通り。硬直した陣形ではなく、柔軟に変化する」
【対策その四:地形利用】
「できる限り、側面を地形で守る」
エドヴァルトは、地図上で説明した。
「川、森、崖――自然の障害物を側面に配置すれば、敵は正面からしか攻められない」
「古典的ですが、有効ですね」
「基本が一番強い」
【総合演習】
全ての対策を組み合わせた、大規模演習が行われた。
参加兵力:三千名
・銃兵:六百名(三個大隊)
・槍兵:千五百名
・弩兵:三百名
・騎兵:百名
・砲兵:二百名(野戦砲二十門)
「全軍、展開!」
中央に銃兵の横隊、三列。
その両翼に槍兵の密集陣形。
さらに外側に騎兵。
後方に野戦砲。
最後尾に予備隊。
「仮想敵、正面から歩兵二千、接近!」
「砲兵、撃て!」
ドドドォン!
野戦砲が敵を砲撃する。
敵が近づいてくる。
「銃兵、第一列、撃て!」
パパパパパン!
「第二列、撃て!」
パパパパパン!
「第三列、撃て!」
連続射撃が、敵を薙ぎ倒す。
「仮想敵、右翼に騎兵三百、突撃!」
「右翼槍兵、槍を構えろ!」
槍兵が、密集陣形で騎兵を迎え撃つ。
「予備隊、右翼に援護!」
後方の予備隊が、素早く移動する。
「仮想敵、左翼から歩兵迂回!」
「左翼騎兵、迎撃!」
リヒテンブルク騎兵が、敵の側面を攻撃する。
すべての兵科が、連携して動く。
演習終了後――
オズヴァルトが、感動した様子で言った。
「陛下……これは、芸術です」
「芸術?」
「はい。各兵科が有機的に連携し、まるで一つの生き物のように動く」
エドヴァルトは微笑んだ。
「これが、近代戦術だ」
その夜、作戦会議。
エドヴァルトは、幹部たちに説明した。
「我々の新戦術は、三つの柱で成り立つ」
彼は図を描いた。
「第一:火力――銃と大砲による圧倒的な遠距離攻撃」
「第二:防御――槍兵による堅固な陣形」
「第三:機動――騎兵と予備隊による柔軟な対応」
「この三つが揃って初めて、完全な軍隊になる」
フランツが質問した。
「陛下、この戦術で本当に、一万の敵と戦えますか?」
「戦える。いや、戦わなければならない」
エドヴァルトは、地図を見た。
「来年の春、ヴェストマルクとノルトガルドが動く。総兵力は、おそらく一万五千」
「我々は三千……」
「だが、我々には火器がある。訓練がある。そして――」
エドヴァルトは、決意を込めて言った。
「守るべきものがある」
【翌日】
エドヴァルトは、銃兵たちの前で演説した。
「諸君は、歴史を変える兵士だ」
二百名の銃兵が、整列している。
「その手にある火縄銃は、戦争の未来だ。剣でも槍でもない、火と硝煙の武器だ」
兵士たちの目が、輝き始める。
「諸君が引き金を引けば、百メートル先の敵が倒れる。諸君が一斉射撃すれば、騎兵の突撃が止まる」
エドヴァルトは、声を張った。
「騎士の時代は終わった! これからは、諸君のような訓練された銃兵の時代だ!」
「おおおお!」
歓声が上がった。
エドヴァルトは続けた。
「来る戦いで、諸君の力を見せてくれ! リヒテンブルクの、そして世界の未来のために!」
「陛下万歳!」
「リヒテンブルク万歳!」
その夜、グスタフがエドヴァルトを訪ねてきた。
「陛下、火縄銃の生産が軌道に乗りました」
「何挺作れる?」
「月に五十挺。半年で三百挺です」
「よし。春までに六百挺を目標にする」
「承知しました。ただ、陛下……」
グスタフは、複雑な表情をした。
「この武器が広まれば、多くの命が失われます」
「わかっている」
エドヴァルトは、窓の外を見た。
「だが、この武器がなければ、失われるのは我が国の民だ」
「……」
「俺は、民を守るために、悪魔にでもなる」
グスタフは、深く頭を下げた。
「陛下に、ついていきます」
その頃、ヴェストマルク伯領。
ゲルハルトの密偵が、報告していた。
「リヒテンブルクが、新型の武器を開発したと?」
「はい。火を吹く、小型の筒だそうです」
「詳細は?」
「不明です。厳重に秘匿されており……」
ゲルハルトは、不安を感じた。
(また、何か新しい技術か……)
「いい。春の侵攻は予定通り。数で圧倒すれば、どんな武器も無意味だ」
だが、彼の心には――
わずかな、暗雲が漂い始めていた。
リヒテンブルク王国、冬。
エドヴァルトは、最後の準備を進めていた。
訓練、生産、物資の備蓄。
そして――
「エリーザベト」
「はい、お兄様」
「もし、俺が戦場で死んだら――」
「お兄様!」
エリーザベトが、兄の言葉を遮った。
「そんなこと、言わないでください!」
「いや、万が一に備えて」
エドヴァルトは、書類を渡した。
「これは、遺言状だ。もし俺が死んだら、お前が女王になる」
「私が……?」
「そうだ。ハインリヒとフランツが、お前を支える。だから――」
エリーザベトは、涙を浮かべた。
「お兄様、死なないでください。お願いです」
エドヴァルトは、妹を抱きしめた。
「大丈夫だ。死なない。必ず、生きて帰る」
「約束してください」
「約束する」
冬の風が、城を吹き抜けた。
春は、すぐそこまで来ていた。
そして春とともに――
史上最大の戦いが、始まろうとしていた。
次回もお楽しみに




