技術と陰謀
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第十三章 技術と陰謀
ブライテンハーフェン、占領から一年後。
港は、かつてないほどの活気に満ちていた。
「リヒテンブルクの鉄製品!」
「上質な塩!」
「北方の毛皮!」
商人たちの声が響き、各国から集まった船が港に停泊している。
エドヴァルトは、港の管理塔から、その光景を眺めていた。
「順調ですね、陛下」
ヨハン・クラウゼが報告書を持ってきた。
「今月の関税収入は、前月比で三割増。貿易量も右肩上がりです」
「良い傾向だ」
「ただし――」ヨハンは声を落とした。「諸外国からの圧力も強まっています」
「技術の件か」
「はい。特にグラウバルトが。石炭だけでなく、大砲の技術も欲しいと」
エドヴァルトは、予想していたという顔で頷いた。
「当然だろうな」
その日の午後、グラウバルト王国の特使が到着した。
宰相ディートリヒ自らだった。
「エドヴァルト陛下、お久しぶりです」
「ディートリヒ卿。わざわざ、ご足労いただいて」
謁見の間で、二人は向かい合った。
「単刀直入に申し上げます」ディートリヒは言った。「我が王、カール四世陛下は、貴国の大砲技術を切望しておられます」
「存じております」
「ついては――」
ディートリヒは、羊皮紙を差し出した。
「この契約書をご覧ください」
エドヴァルトは、内容を確認した。
大砲の技術提供と引き換えに、グラウバルト王国は――
・リヒテンブルクの独立を永久に保証する
・年間千名の兵士を、防衛のために派遣する
・貿易における特権を与える
「魅力的な条件ですね」
「はい。我が国の誠意です」
エドヴァルトは、しばらく考えた。
「ディートリヒ卿。一つ、質問がある」
「何でしょう?」
「もし、我が国がこの技術を渡さなかったら?」
ディートリヒの表情が、わずかに硬くなった。
「……それは、同盟に疑問符がつきます」
「脅しですか?」
「いいえ」ディートリヒは首を振った。「現実です。陛下、我が国は貴国を尊重しています。だが――」
彼は真剣な目で言った。
「技術を独占し続ければ、いずれ全ての国を敵に回す。それは、賢明ではありません」
エドヴァルトは、深く息を吸った。
「わかりました。ただし、条件があります」
「条件?」
「段階的な提供です。まず一年目は、青銅の鋳造技術のみ。二年目に、火薬の調合法。三年目に、砲架の設計図」
「なぜ、そこまで時間を?」
「我が国も、進化し続けるからです」
エドヴァルトは微笑んだ。
「貴国に技術を渡している間に、我々はさらに先を行く。だから、差は縮まらない」
ディートリヒは、感心したように笑った。
「なるほど……常に一歩先を行く、と」
「そうです」
「わかりました。その条件で、契約しましょう」
その夜、フランツが密かにエドヴァルトを訪ねてきた。
「陛下、報告があります」
「何だ?」
「ヴェストマルクの密偵が、都市内に潜入しています」
「何人だ?」
「確認できているだけで、五名。おそらく、大砲の秘密を探っているかと」
エドヴァルトは、窓の外を見た。
「捕まえるな」
「え?」
「泳がせておけ。ただし、重要な情報には触れさせるな」
「陛下……何を?」
エドヴァルトは、狡猾な笑みを浮かべた。
「偽情報を流す」
【二週間後】
ヴェストマルク伯領。
ゲルハルトは、密偵からの報告を聞いていた。
「リヒテンブルクの大砲は、特殊な金属を使っているとのことです」
「特殊な金属?」
「はい。黒き石から取れる、新しい種類の鉄だと」
ゲルハルトは、身を乗り出した。
「詳しく」
「ただし……その製法は、厳重に秘匿されており」
「金に糸目はつけん。何としても、その秘密を手に入れろ」
だが、これは罠だった。
実際には、大砲は普通の青銅製。
エドヴァルトが流した偽情報に、ヴェストマルクは踊らされていた。
ブライテンハーフェン。
エドヴァルトは、造船所の奥にある秘密の工房にいた。
そこには、新型の大砲が置かれていた。
従来のものより小型で、軽量。
「これが、回転式砲架か」
グスタフが、新しい設計を見ていた。
「はい。従来の固定式と違い、左右に旋回できます」
エドヴァルトは、砲架を動かしてみせた。
スムーズに回転する。
「これなら、船上でも狙いをつけやすい」
「素晴らしい……陛下の発想には、いつも驚かされます」
「これは発想じゃない。必然だ」
エドヴァルトは説明した。
「海戦では、敵船は動く。固定砲では、船全体を動かさないと狙えない。だが、回転式なら――」
「砲だけを動かせばいい」
「そうだ」
グスタフは、図面を見つめた。
「これを、セーアドラー号に搭載しますか?」
「ああ。そして、他の四隻にも」
エドヴァルトは続けた。
「さらに、新型艦を二隻、建造する。より大型で、砲門を十門搭載できるものを」
「十門……!」
「海の支配者になるには、圧倒的な火力が必要だ」
【三ヶ月後】
リヒテンブルク艦隊は、初めての長距離航海に出た。
目的地は、南方の中立的な港湾都市、ハンザシュタット。
「陛下、本当に陛下自ら乗船されますか?」
ハインリヒが心配そうに言う。
「ああ。海軍の威力を示すには、王自ら行くべきだ」
エドヴァルトは、セーアドラー号の甲板に立っていた。
「それに――」
彼は笑った。
「海に出てみたかったんだ」
旗艦セーアドラー号を中心に、六隻の軍艦が編隊を組んで航行する。
港を出発すると、市民たちが見送った。
「国王陛下、ご武運を!」
「リヒテンブルク、万歳!」
エリーザベトも、港から兄を見送っていた。
(お兄様……どうか、無事で)
航海三日目。
見張りが叫んだ。
「船影発見! 方角、東南東!」
「何隻だ?」
「五隻! 速度、速い!」
エドヴァルトは、望遠鏡で確認した。
五隻の船。旗印は――
「海賊だ」
フランツが険しい顔をする。
「どうされますか?」
「迎撃する」
エドヴァルトは命令した。
「全艦、戦闘態勢! これは、実戦訓練だ」
艦隊が、陣形を整える。
海賊船が近づいてくる。
彼らは、まだリヒテンブルク艦隊の恐ろしさを知らなかった。
「砲門、開け!」
ギィィィ……
側面の砲門が開き、大砲が姿を現す。
「距離、三百メートル!」
「もっと引きつけろ」
「二百メートル!」
海賊たちが、弓矢を構え始めた。
だが――
「砲撃、開始!」
ドドドドドォォォン!!
三十門の大砲が、一斉に火を吹いた。
轟音が海を揺らし、鉄球が海賊船を襲う。
ガシャァン! ガシャァン!
海賊船の帆柱が折れ、船体に穴が開く。
「な、何だ!? 何が起きた!?」
海賊たちは、混乱していた。
まだ接舷もしていないのに、船が破壊されていく。
「第二斉射!」
ドドドドドォォォン!!
二隻の海賊船が、沈み始めた。
残りの三隻は、慌てて逃走を図る。
「追撃しますか?」
「いや」エドヴァルトは首を振った。「逃がせ」
「逃がす?」
「ああ。彼らに、リヒテンブルク海軍の恐ろしさを語らせる」
エドヴァルトは微笑んだ。
「噂は、武器よりも速く広がる」
ハンザシュタット到着。
港には、各国の商船が停泊していた。
そこに、砲門を開いたリヒテンブルク艦隊が入港する。
「あれは……何だ?」
「砲門……? 船に大砲を?」
商人たちが、驚愕の声を上げる。
エドヴァルトは、堂々と上陸した。
「リヒテンブルク王国、エドヴァルト王が参りました」
港の管理者が、慌てて迎えた。
「こ、これは……陛下自ら!」
「貴市との貿易協定について、話し合いたい」
「もちろんです! どうぞ、こちらへ!」
会談は、エドヴァルト側の圧倒的優位で進んだ。
「我が国の軍艦が、この海域を警備する。海賊は排除する。その代わり――」
「代わり?」
「貴市は、我が国の商船に優遇税率を適用してほしい」
「わ、わかりました!」
ハンザシュタットには、選択の余地がなかった。
あの恐ろしい大砲を見た後では、拒否などできなかった。
帰路。
エドヴァルトは、艦橋で海図を広げていた。
「フランツ提督」
「はい」
「この海域に、定期的なパトロール航路を設定しろ」
「承知しました」
「そして、各港に我が国の商館を置く。軍艦が常に寄港できるように」
エドヴァルトは、海図上に複数の点を打った。
「これが、我々の海上帝国の始まりだ」
フランツは、感嘆の声を上げた。
「陛下……国土は小さくとも、海を支配すれば」
「世界と繋がれる」
エドヴァルトは、水平線を見つめた。
「小国の弱点は、国土の狭さだ。だが、海には国境がない」
「なるほど……」
「だから、我々は海洋国家になる。陸では小さくとも、海では強大な国に」
その頃、各国では――
「リヒテンブルクの艦隊が、海賊を一方的に殲滅した?」
「大砲を搭載した軍艦だと?」
「ハンザシュタットが、リヒテンブルクに屈した?」
衝撃が広がっていた。
ヴェストマルク伯、ゲルハルトは頭を抱えた。
「くそ……あの小僧、また一歩先を行っている」
ノルトガルド公、ヴォルフラムは苦笑した。
「もはや、小国とは呼べんな」
グラウバルト王、カール四世は決断した。
「リヒテンブルクとの同盟を、最優先事項とする。あの国を敵に回してはならない」
ブライテンハーフェン帰港。
港では、盛大な歓迎が待っていた。
「陛下、お帰りなさいませ!」
エリーザベトが、涙を浮かべて兄を迎えた。
「ただいま、エリーザベト」
「お兄様……私、心配で」
「すまなかったな」
エドヴァルトは、妹の頭を撫でた。
「でも、見てくれ」
彼は、港に停泊する艦隊を指差した。
「これが、俺たちの未来だ」
艦隊の旗が、風になびいていた。
リヒテンブルク王国の紋章――
小さな国の、大きな野望。
エドヴァルトは、決意を新たにした。
(まだまだ、やることはある)
(技術を進化させ、艦隊を増やし、経済を強化する)
(そして――)
(誰にも支配されない、真の独立国を作る)
波の音が、希望を運んでいた。
次回もお楽しみに




