海の覇者への道
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ブライテンハーフェン、占領から一ヶ月後。
エドヴァルトは、港の造船所に立っていた。
「これが、この都市で一番大きな船か」
「はい、陛下」
造船所の棟梁、マルクス・ジマーマンが答えた。
目の前にあるのは、全長二十メートルほどの商船。帆船で、比較的頑丈な造りだが、武装はない。
「マルクス殿。貴殿は、軍船を作ったことは?」
「軍船……ですか?」
マルクスは首を傾げた。
「いえ、ありません。この地域では、海賊もおらず、海戦もないので……」
「なるほど」
エドヴァルトは、頭の中で前世の知識を整理していた。
(この世界の船舶技術は、十四世紀レベル。帆船が主流で、ガレー船も使われている)
(大砲はまだない。海戦は、接舷して白兵戦か、火矢を使う程度)
(ならば――)
「マルクス殿。これから、新しい種類の船を作ってもらう」
「新しい?」
エドヴァルトは、図面を広げた。
そこには、商船よりも幅が広く、側面に複数の穴が開いた船が描かれていた。
「これは……何でしょう?」
「軍艦だ」
エドヴァルトは説明を始めた。
「側面のこの穴から、大砲を撃つ」
「た、大砲?」
マルクスだけでなく、周りにいた職人たちも困惑した。
「陛下……大砲など、まだ実用化されておりません」
「これから作る」
エドヴァルトは、別の図面を広げた。
そこには、青銅製の筒と、その構造図が描かれていた。
城の中庭。
グスタフが、エドヴァルトの図面を見て、額に汗を浮かべていた。
「陛下……これは、一体?」
「大砲だ」
「大砲……聞いたことはありますが、まだ誰も作れていないと」
「俺が作る。いや、グスタフ殿に作ってもらう」
エドヴァルトは、図面を指差した。
「青銅を溶かして、この形の鋳型に流し込む。冷えたら、内部を削って滑らかにする」
「しかし、こんな大きなものを鋳造するには……」
「石炭がある」エドヴァルトは微笑んだ。「高温で、長時間燃やせる。青銅の融点は、約千度。石炭なら可能だ」
グスタフは、図面を見つめた。
「もし、これが本当に火を吹けば……」
「城壁を砕ける。船を沈められる。そして――」
エドヴァルトは遠くを見た。
「誰も、我々を侮れなくなる」
【二ヶ月後】
試作品が完成した。
全長一・五メートル、青銅製の大砲。
口径は約十センチ。
中庭に設置され、その前に集まった人々は――
貴族、職人、兵士、そして好奇心旺盛な市民たち。
「陛下、本当に大丈夫なんですか?」
ハインリヒが不安そうに尋ねる。
「わからん」
「え?」
「初めて作るんだ。爆発するかもしれないし、全く役に立たないかもしれない」
エドヴァルトは、しかし笑顔だった。
「だが、試さなければわからない」
彼は、火薬の調合を確認した。
(この世界の火薬は、硝石、硫黄、木炭の原始的な配合)
(威力は弱いが、まあ最初はこれで十分だ)
「装填完了です!」
グスタフが報告する。
大砲の中には、火薬と、鉄の球が込められていた。
目標は、五十メートル先に置かれた古い石壁。
「全員、耳を塞げ!」
エドヴァルトは、長い火縄を手に取った。
「では――歴史的瞬間だ」
火縄を、大砲の点火孔に近づける。
ジュッ――
火花が散り――
ドォォォン!!
轟音とともに、大砲が火を吹いた。
反動で、大砲が後ろに跳ねる。
そして――
ガシャァン!
鉄球が、石壁に激突した。
石壁が、砕け散る。
一瞬の静寂。
そして――
「うおおおおお!!」
歓声が爆発した。
「すごい!」
「本当に、壁を壊した!」
「これが、大砲……!」
エドヴァルトは、煙を上げる大砲を見つめた。
(成功だ……!)
だが、彼の目は冷静だった。
(威力は予想通り。ただし、問題も見えた)
「グスタフ殿!」
「はい!」
「反動が大きすぎる。次の試作品では、砲架を改良してくれ」
「承知しました!」
「それと、装填に時間がかかった。もっと効率的な方法を考える」
エドヴァルトは、すでに次の改良点を考えていた。
【三ヶ月後】
改良型の大砲が、五門完成した。
そして――
ブライテンハーフェンの造船所では、最初の軍艦が進水式を迎えようとしていた。
「陛下、準備が整いました」
マルクスが報告する。
エドヴァルトは、新造船を見上げた。
全長二十五メートル。
幅は商船より広く、安定性を重視した設計。
側面には、五つの砲門。
「名前は?」
「陛下が決めてください」
エドヴァルトは考えた。
「『セーアドラー』――海の鷲号だ」
「良い名です」
ロープが切られ、船がゆっくりと水面に滑り降りる。
群衆が歓声を上げた。
【一週間後】
海上試験。
セーアドラー号は、沖合で帆を広げていた。
「陛下、大砲の試射準備、完了しました」
フランツが報告する。
エドヴァルトは頷いた。
「目標は?」
「あの廃船です」
遠くに、古い商船が浮かんでいる。無人で、曳航されて試射の標的となる。
「距離は?」
「二百メートルです」
「よし。第一砲、撃て!」
ドォン!
海上に、轟音が響いた。
鉄球が弧を描いて飛び――
水柱が上がった。
外れた。
「修正! 仰角を上げろ!」
「第二砲、撃て!」
ドォン!
今度は――
ガシャァン!
廃船の側面に命中した。
木材が砕け、船体に穴が開く。
「命中!」
「やった!」
船員たちが歓声を上げる。
だが、エドヴァルトは冷静だった。
(二発目でようやく命中。命中率が低すぎる)
(照準器の改良が必要だ。それに、砲手の訓練も)
「続けて、全砲門斉射!」
五門の大砲が、一斉に火を吹いた。
ドドドドドォォォン!!
轟音が海を揺らし、廃船は瞬く間に粉砕された。
「すごい……」
オズヴァルトが呟く。
「これが、海戦の未来か」
「そうだ」エドヴァルトは頷いた。「接舷戦の時代は終わる。これからは、大砲で敵を沈める」
その夜、艦長室。
エドヴァルトは、フランツと今後の計画を話していた。
「セーアドラー号は成功だ。次は、量産に入る」
「何隻作りますか?」
「まずは五隻。小艦隊を作る」
エドヴァルトは地図を広げた。
「そして、この海域の制海権を握る」
「陛下の野望は、大きいですね」
「野望じゃない。生存戦略だ」
エドヴァルトは真剣な目で言った。
「海を制すれば、貿易を支配できる。貿易を支配すれば、富が入る。富があれば――」
「国が強くなる」
「そうだ。そして、誰も我々を侮れなくなる」
【半年後】
ブライテンハーフェンの港には、五隻の軍艦が停泊していた。
セーアドラー号を含む、リヒテンブルク海軍の誕生だった。
「陛下、艦隊、準備完了です」
フランツが報告する。
彼は、初代の海軍提督に任命されていた。
「よし」エドヴァルトは頷いた。「最初の任務を伝える」
「はい」
「この海域を、パトロールしろ。海賊がいれば排除。不審船がいれば検査。そして――」
エドヴァルトは微笑んだ。
「リヒテンブルク海軍の存在を、周辺国に知らしめろ」
「承知しました!」
その頃、各国では――
「リヒテンブルクが、軍艦を?」
ヴェストマルク伯、ゲルハルトは驚愕していた。
「しかも、火を吹く武器を搭載していると?」
「はい。目撃者の証言によれば、轟音とともに石壁を砕いたと」
ゲルハルトは、考え込んだ。
(あの小国……また、何か新しい技術を)
「詳しく調べろ。その武器の秘密を探れ」
ノルトガルド公国。
ヴォルフラムは、報告を聞いて苦笑していた。
「あの若造……今度は海軍か」
「閣下、対抗しますか?」
「いや」ヴォルフラムは首を振った。「むしろ、協力する」
「協力?」
「そうだ。リヒテンブルクの海軍が海賊を排除すれば、我が国の商船も安全になる」
彼は続けた。
「エドヴァルトは賢い。敵に回すより、利用する方が得だ」
グラウバルト王国。
内戦は、第一王子の勝利で終結していた。
新王となったカール四世は、リヒテンブルクの報告を聞いていた。
「小国が、軍艦を五隻も?」
「はい、陛下。しかも、新型の武器を搭載していると」
カール四世は、宰相ディートリヒを見た。
「卿の言った通りだったな。リヒテンブルクは、侮れない」
「はい。エドヴァルト王は、天才です」
「ならば――」
カール四世は決断した。
「同盟を強化する。技術提供の期限を前倒しにしてもらう代わりに、我が国はリヒテンブルクを完全に保護する」
「賢明な判断です」
ブライテンハーフェン。
エドヴァルトは、城の執務室で次の設計図を描いていた。
より大型の大砲。
より頑丈な軍艦。
そして――
「陛下、何を描いているんですか?」
エリーザベトが、訪ねてきた。
「ああ、エリーザベト」
エドヴァルトは、図面を見せた。
「これは、要塞だ」
「要塞?」
「そうだ。港を守るための、大砲を備えた要塞」
図面には、港の入口に築かれる、三角形の要塞が描かれていた。
「これを作れば、どんな敵の艦隊も、この港には入れなくなる」
エリーザベトは、兄の横顔を見た。
「お兄様……休まないんですか?」
「ん?」
「もう、ブライテンハーフェンは安全なのに。それなのに、まだ――」
エドヴァルトは、妹の頭を撫でた。
「エリーザベト。安全なんてものは、ないんだ」
「え?」
「今日、安全でも、明日は危険かもしれない。だから――」
彼は、窓の外の海を見た。
「常に、準備し続けなければならない」
エリーザベトは、少し寂しそうに笑った。
「お兄様は、いつも戦っているんですね」
「ああ。それが、俺の役目だから」
だが、エドヴァルトは付け加えた。
「でも、これは戦いのためだけじゃない」
「え?」
「この港、この海、この技術――全ては、みんなの未来のためだ」
彼は微笑んだ。
「いつか、戦争のない時代が来る。その時、この技術は、平和のために使われる」
「本当に、そんな時代が?」
「わからない。でも――」
エドヴァルトは、遠くを見た。
「そう信じて、進むしかない」
波の音が、静かに響いていた。
リヒテンブルク王国は、新しい時代を迎えていた。
海の国として。
技術の国として。
そして――
決して屈しない国として。
エドヴァルトの戦いは、まだ続く。
次回もお楽しみに




