港を死守せよ
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最初の斉射が、ノルトガルド軍の前列を襲った。
「ぐあっ!」
「盾を上げろ!」
だが、弩のボルトは盾を貫通した。
前列の兵士たちが、次々と倒れる。
「第一列、後退! 第二列、前進!」
オズヴァルトの命令が響く。
訓練通り、弩兵たちがローテーションで射撃を続けた。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ――
途切れることのない弩の雨。
「くそっ! 前進できない!」
ノルトガルド軍の指揮官が叫ぶ。
だが――
「前進せよ! 怯むな!」
後方から、威圧的な声が響いた。
ノルトガルド公、ヴォルフラム・フォン・ノルトガルド自身が、馬上から指揮を取っていた。
「あの小国に、我が公国が負けるものか! 突撃しろ!」
ノルトガルド軍が、一斉に突撃を開始した。
だが――
「ぎゃああ!」
先頭の兵士たちが、次々と転倒した。
隠された落とし穴と撒菱が、彼らの足を奪う。
「罠だ! 罠がある!」
「く……足が!」
撒菱が靴を貫通し、足の裏に突き刺さる。
倒れた兵士たちが、後続の邪魔をした。
「弩兵! 連射を続けろ!」
エドヴァルトの命令が飛ぶ。
次々とボルトが敵を襲い、ノルトガルド軍の前進は完全に停滞した。
「攻城槌だ! 攻城槌を持て!」
ヴォルフラムが叫ぶと、巨大な丸太が運ばれてきた。
二十名の兵士がそれを担ぎ、城門に向かって突進する。
「来るぞ! 門に!」
だが――
「油を落とせ!」
城壁の上から、熱した油が注がれた。
「ぎゃああああ!」
攻城槌を担いでいた兵士たちが、炎に包まれた。
油は燃え、門の前は火の海になった。
「ひ、退け! 退けっ!」
最初の攻撃は、完全に撃退された。
ヴォルフラムは、陣営で損害報告を聞いていた。
「死傷者……二百」
「たった一度の攻撃で!?」
「はい。罠と弩の集中射撃で、前進すらできませんでした」
ヴォルフラムは、拳で机を叩いた。
「くそっ……あの小僧め」
彼の副官が進言した。
「閣下、この城は我々が思っていたより、防備が固い。長期戦になるかと」
「長期戦……」
ヴォルフラムは、城壁を睨んだ。
あの上に、若き王が立っているのが見える。
(エドヴァルト……貴様、本当に只者ではないな)
【夜】
城壁の上で、エドヴァルトは兵士たちを激励していた。
「よくやった、みんな。最初の攻撃を退けた」
兵士たちは疲れているが、士気は高かった。
「陛下! 俺たち、勝てるんですよね!?」
若い兵士が興奮して尋ねる。
「ああ」エドヴァルトは頷いた。「だが、これからが本番だ。敵は必ず、別の手を打ってくる」
その時――
「陛下! 敵が動いています!」
見張りが叫んだ。
エドヴァルトが城壁から見下ろすと――
闇の中で、何かが動いていた。
「松明を消している……? まさか」
フランツが険しい顔で言った。
「夜襲です」
深夜、ノルトガルド軍の精鋭百名が、梯子を担いで城壁に忍び寄った。
音を立てないように、慎重に。
闇に紛れて――
「今だ! 梯子をかけろ!」
ガシャン!
複数の梯子が、城壁にかけられた。
「登れ! 急げ!」
兵士たちが、梯子を駆け上がる。
だが――
「甘いな」
城壁の上で、エドヴァルトが呟いた。
「松明を灯せ!」
一斉に、城壁の上に明かりが灯った。
そして――
「押し出し棒! 梯子を落とせ!」
兵士たちが、鉤爪のついた長い棒で梯子を押した。
「うわあああ!」
登っていた兵士たちが、地面に落ちる。
「弩兵! 撃て!」
至近距離からの弩の斉射。
夜襲部隊は、壊滅した。
【二日目】
ヴォルフラムは、戦術を変えた。
「包囲だ。完全に包囲しろ」
三千の軍が、都市を取り囲んだ。
「海側も封鎖しろ! 船を出すな!」
ノルトガルド軍の船が、港の入口を塞ぎにかかる。
だが――
「陛下! 敵の船が港を封鎖しようと!」
「わかっている」エドヴァルトは冷静に答えた。「フランツ卿、例の準備は?」
「できています」
港には、小型の船が十隻、待機していた。
船首には、鉄の槍のような突起が取り付けられている。
(ファイアシップ……いや、この世界では単純に衝角船か)
「出撃させろ。敵船を突き破れ」
港での海戦が始まった。
リヒテンブルクの小型船は、機動力を生かして敵の大型船に突撃する。
ドン!
衝角が、敵船の側面に突き刺さった。
「浸水している! 沈む!」
ノルトガルドの船が、次々と被害を受けた。
「くそっ! 撤退だ!」
海上封鎖は、失敗に終わった。
【三日目】
ヴォルフラムは、最後の手段に出た。
「飢えさせる」
「閣下?」
「食糧が尽きるまで、待つ。我々には時間がある」
だが――
副官が報告する。
「閣下、我が軍の食糧も、あと一週間分しか……」
「何!?」
「長期戦を想定していなかったため……」
ヴォルフラムは、舌打ちした。
(また、補給か。あの時と同じだ)
城壁の上。
エドヴァルトは、港を見ていた。
そこには、リヒテンブルク本国から到着した補給船が停泊していた。
「陛下、食糧と武器が届きました」
ハインリヒが報告する。
「素晴らしい。これで、一ヶ月は戦える」
「敵は、包囲を続けるようです」
「だろうな」エドヴァルトは微笑んだ。「だが、敵には海からの補給がない。我々にはある」
彼は続けた。
「時間が経てば経つほど、敵が不利になる」
【五日目】
ノルトガルド軍の陣営に、不穏な空気が流れ始めた。
「隊長……食糧が、残り三日分です」
「士気も下がっています」
「傭兵たちが、給金を要求してきました」
ヴォルフラムは、苦渋の決断を迫られていた。
その時、城壁から使者が来た。
「ノルトガルド公に、リヒテンブルク王からの伝言です」
「何だ?」
「『いつまでも、お待ちしております。ただし、貴軍の食糧が持つかは、存じませんが』と」
ヴォルフラムの顔が、赤くなった。
「あの小僧……挑発しおって!」
だが、使者は続けた。
「そして――『和平の道も、用意しております』と」
「和平……?」
翌日。
ヴォルフラムは、城門の前で、エドヴァルトと対面した。
城壁の上から、若き王が見下ろしている。
「ヴォルフラム公。お久しぶりです」
「エドヴァルト王……」
「率直に言いましょう。貴公の軍は、ここで餓死するか、撤退するかの二択です」
ヴォルフラムは、唇を噛んだ。
「では、貴様の条件は?」
「簡単です」エドヴァルトは答えた。「ブライテンハーフェンを、リヒテンブルク王国に割譲する。その代わり――」
「代わり?」
「我々は、ノルトガルドに対して、これ以上の侵攻はしません。そして――」
エドヴァルトは微笑んだ。
「この港での貿易を、ノルトガルド商人にも開放します。税率は優遇しましょう」
ヴォルフラムは、考えた。
(完全な敗北だが……このまま戦い続けても、勝ち目はない)
(それに、港での貿易ができるなら……経済的には悪くない)
「……条件を、飲もう」
エドヴァルトは、城壁から降りてきた。
そして、ヴォルフラムに手を差し出した。
「契約成立です、ヴォルフラム公」
二人は、固く握手を交わした。
【数日後】
ノルトガルド軍が撤退した後。
ブライテンハーフェンでは、祝祭が開かれていた。
「勝った! 俺たちが勝ったんだ!」
市民たちが、歓喜に沸いている。
エドヴァルトは、城壁の上から港を見ていた。
「陛下」
フランツが隣に立った。
「やりましたね。海を手に入れました」
「ああ」エドヴァルトは頷いた。「だが、これはまだ始まりだ」
「始まり?」
「そうだ。海があれば、世界中と繋がれる」
エドヴァルトは、水平線を見つめた。
「リヒテンブルク王国は、もう内陸の小国じゃない。海洋国家になるんだ」
その夜、エドヴァルトは報告書を書いた。
本国のハインリヒ宛てに。
『ブライテンハーフェンを確保した。これより、海路での貿易を開始する。
我が国は、新しい時代に入った。
もう、誰にも支配されない。
我々の運命は、我々が決める』
エドヴァルトは、羽根ペンを置いた。
窓の外では、港の明かりが輝いている。
波の音が、静かに響いていた。
(前世の俺は、海を当たり前だと思っていた)
(でも、この世界では――海は、自由への扉だ)
彼は、深く息を吸った。
戦いは、まだ終わらない。
だが――
リヒテンブルク王国は、確実に強くなっている。
そして、これからも――
生き残り続ける。
エドヴァルトは、静かに微笑んだ。
次回もお楽しみに




