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臨界/限界  作者: 深川我無@書籍発売中
臨界

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2/7

1‐2

 幼い頃から要領が悪かった。

 真面目に頑張ってみても、結果が振るわずいつも損な役回りばかり巡ってくる。

 それに引き換え弟は優秀で、要領も良かった。

 大学進学を機に、さっさと田舎を飛び出して上京し、家族からは期待の星として崇められていた。

 恋心を寄せていた幼馴染の夏帆は上京して弟と再会し、結婚した。

 弟はしばらく大手企業のトレーダーをしていたが、すぐに独立して自分の事務所を構えた。

 残された僕はというと田舎で小さなジャム工場を開いた。地域活性事業の波に乗って融資や補助を受けて作ったジャム工場で一時は新聞に載ったこともあったが、実際にはかっこよくもなんともない。

 それでも僕は何としてでも社長という肩書が欲しかったし形だけでも弟に並んでいたかった。

 弟はそんな僕に気づいていただろう。

 それでも僕を馬鹿にすることなく「兄ちゃんも同じ経営者だから」と気の利いたセリフを家族の前では頻繁に口にした。

 ありきたりな産物しかない地域性と、酷い価格競争のせいで開業当時は四苦八苦したが、なんとか社員を養っていける程度に事業は安定したけれど、その頃には僕は婚期を逃した中年になっていた。半端な見栄で手にした希望のない灰色の日々を過ごしていた四十手前の僕のもとに、ある日思いがけない事が起こった。

 歴史的な株価の暴落が世界を襲い、それと同時に、弟家族が田舎に帰ってきた。

 

「ただいま……」

 そう言って引き戸を開けると、愛海が駆けてきて腰にしがみつく。

「おじちゃんお帰り!」

「おじちゃんは傷つくなあ」

 そう言って抱き上げると愛海は嬉しそうに笑った。

「けんちゃんお帰りなさい。愛海! けんちゃん疲れてるんだから降りなさい!」

 夏帆がたしなめるのを制して僕は手を振る。

 愛海は少し考えてからおずおずと言った。

()()()()()、元気ないね?」

「うーん。ちょっとね」

 僕が引きつった愛想笑いを浮かべると、愛海は僕の頬を引っ張って無理やり口角を上げて言った。

「笑わないとふくの神さまがにげちゃうんだよ?」

 子どもにまで気を使わせる自分が情けない。

 僕が笑顔を作って「にぃー」と言ってみせると、愛海は腕の中で大げさに身を捩って笑った。

「ご飯できてるよ?」

 夏帆が言った。

「ありがとう。でも先に賢治のとこに顔出してくるよ」

 流行病で立て続けに両親が死んで持て余していた古い家は、一人ずつ個室が持てるくらい広かった。

 八畳四間の和室を襖で区切り、それぞれのプライベート空間にして僕らは同じ屋根の下で生活している。

 株価の暴落で酷い打撃を受けてから、賢治は変わってしまった。

 帰ってきて以来、一番奥の自室に引き籠もって出てこない。

「賢治。ただいま。一緒に飯食うか?」

 返事はない。それは分かっていたが弟の嫁さんの手料理を自分だけ食べるのも気が引ける。

 だからこうして食事の前には必ず声をかけているが、やはり返事は無い。

 僕は諦めて洋間にリフォームしたリビングに向かって席についた。

「いただきます」

 僕と、夏帆と、愛海。

 三人で手を合わせ夕食を取る。

 唐揚げ、サラダ、味噌汁、白米。

 罪悪感が胸をかすめたが、同時に幸せを感じる。

 一人で適当に作って食べていた食事は、どれも塩辛かったり、味がしなくてまずかった。

 社員たちを飲みに誘っても、今の時代は煙たがられるだけで、結局古株のオヤジと二人で飲む羽目になる。どうでもいいうんちくやら武勇伝を聞かされながら、それでも孤独よりはいくらかマシと自分を納得させていた日々には戻りたくない。

 とはいえ、いずれ賢治達が出ていく日は来るわけで、僕はその日を思うと憂鬱な気分になった。

 唐揚げが歯につかえた。

 気になって舌で取ろうとしていると、愛海が顔を覗き込んでくる。

「どうしたの?」

「なんでもないよ。歯にお肉が引っかかっちゃったんだ」

 それを見た夏帆がクスクスと笑った。

 僕が不思議そうな顔をすると、彼女は笑ったまま答え合わせをする。

「けんちゃ……賢治くんも唐揚げの時、おんなじことしてた。それで、かしわは嫌いだって」

「ああ。たしかに昔から言ってたなあ。でも僕は好きだよ。唐揚げ」

「愛海も好きー!」

 三人で笑っていると、トイレの水が流れる音がした。

 それに気づいた夏帆は立ち上がり、お盆に乗せた賢治の夕食を手に取って言う。

「ちょうど起きてるみたいだから、賢治くんに持っていってくるね」

「うん。僕が行こうか?」

 彼女は微笑んで首を横に振ると、パタパタと賢治の部屋に向かって行ってしまった。

 言いようの無い寂しさが胸を締め付ける。

 そんな僕を気遣うように、愛海は僕のお皿に唐揚げを一つ乗せて言った。

「あげる! いっぱい食べて元気だしてね!」

「ありがとう」

 僕はもう一度「にぃー」と言って愛海に微笑んだ。

 すると愛海も同じようにして僕に微笑んでくれる。

 賢治が立ち直るまで、僕が夏帆と愛海を守らないと……

 それだけが、雁字搦めの問題に向き合うための、僕の活力になっていた。

 齧り付いた唐揚げが奥歯に挟まった肉の繊維を、さらに深く押し込んだ。


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