② 接近遭遇
あれは確か、中学校1年生のころね。
5月に写生会が有って、名護屋市の東山動植物園に行ったの。
私は小動物が好きだから、❝小鳥とリスの森❞という施設に入っていたのよ。
そこはまるで、大きな鳥かごの中のような場所で、ベンチに座って待っていると、自由に駆け回るリスや、飛び回る小鳥と触れ合えるの。
小さな子どものころから、私の大好きな場所だったわ。
私が小鳥を見ながら絵の下書きをしていると、リスたちがどんどん集まって来て、あっという間に囲まれてしまったのよ。
私の肩に乗ったっり、膝に乗ったり、興味津々に絵と私を見比べたり、「これは楽しいことなの?」って訊かれたりしたわ。
だから私も、「そうでもないけど、皆と触れ合えるから、イヤでもないかな。」って答えたりしたの。
しばらくの間そんな事をしていたら、そっと私に近づいて来た、ある人物に話しかけられたの。
「素敵なチカラをお持ちですねえ。」
私はその時、とてもびっくりしたことを、今でもよく覚えているわ。
なぜって私は昔から、誰にどんなにコッソリ忍び寄られても、必ず気づく才能があったからなの。
なのに彼は全く気配を感じさせなかった。それは私にとって、ちょっとした恐怖だったわ。
「動物遣いの能力ですか。珍しい…まるでドクタードリトルか、白雪姫のようですねえ。」
返事をしない私にかまわず、彼は話し続けたわ。
いったい何者なのかしら?…それより見るからにガイジンなのに、どうして日本語ペラペラなの?…あれか、あのハーフの❝岡田真澄❞的な?
とっさに私は、そんなことを色々考えたわ。
そして勇気を振り絞って彼に訊いたの。
「貴方は誰なんですか?どうしてそう思うのですか?」
そしたら彼はこう言ったのよ。
「私はサン・ジェルマンです。御存じでしょう?」
「ああ、あのケーキが美味しい…?」
「それは、サン・モリッツ。」
「じゃあ、焼き立てパンの…?」
「それは、サン・マルク。わざと言ってますね?」
「⋯まさか、伝説の⋯タイムトラベラー?」
「そうです。私がその、サン・ジェルマンです。」
彼はまるで、志村けんの❝変なオジサン❞みたいな口調で答えたわ。
「貴女は、動物と心を通わせることができるのですね?」
「⋯だから、どうしてそう思うんですか?」
「実は後ろから、貴女のことを、しばらく観察していたのですよ。」
残念ながら、この時代にはまだ、ストーカーという概念も罪も存在しなかったのよねぇ。
「…その結果、そういう結論に至りました。」
「…。」
私は何も言わずに、彼の様子をうかがったわ。
髪の色は銀色。背は…175㎝くらいかしら?年齢は私よりずっと年上ね…35、6歳ってところかしら?
そして、高価そうな、三つ揃えのグレイのスーツを着こなしていたわ。
「その能力の発現には、無我の境地が必要です。世の中の宗教家たちは、その境地に至るために、厳しい修行を積んだり、深い瞑想に入ったりして、色々と苦労をしているのですよ。それをあなたは、何気なく、すんなりやっている。素晴らしいことです。」
「…私はただ…ぼうっとしているだけなんですけどね?」
「それが中々難しいのです。素晴らしいスキルだ。是非とも私のコレクションに加えたい。」
そのガイジンは、とうとう危ないことを言い出したのよね。




