第9話 ランドサット・ドロップその2
巨大な岩を見て、ボブは大笑いした。
「はっはっは! 死んだか! 死んだな! 大当たりだ!」
そんな彼を見て、タカンキは顔色を悪くして叫んだ。
「おいボブ! 何言ってんだよ! ハズレだよ! こんなの俺らが捕まるに決まってるだろ! お前いっつもハイになっちまう! そういうとこだぞ!」
しかしボブはなんてことない顔で尋ねた。
「何言ってんだ? てめえ、街中で岩が女を潰したなんて言われてお前は信じるのか」
タカンキは頭を抱えた。
「いや、あのなあ? とりあえずお前の能力…「書き込んだ座標の場所に、この世界に存在するものの中からランダムで一つ何か落とす能力」なんてあまりに不安定だ! お前はギャンブラーか? これからは極力使うな! さっき俺が気づかなきゃお前だって潰されてたぞ!」
強く言い聞かせたが、ボブはまったく聞く耳を持たなかった。
――
私は今、浮いている。まるで風船のように、ふわふわと浮いている。
岩に潰され、私は死んだのだ。
目の前にはさっきまでの景色が広がっているけれど、その全てが死んだように静かで、どこを見ても、私以外の生命はいない。
ここが死後の世界なのだろうと、直感で理解できた。
このまま、どんなところにでもいける気がする。でも、どこに言ってもアーネットとは会えないのだから、どこかへ行く意味も、行かない意味も存在しないのではないだろうか。
最期に、彼に会いたかった。
悲しみに溺れる。しかし、ここでは涙を流すこともできない。
――
押したり、引いたりして、タカンキは巨大な岩を動かそうとしていた。
遺体を回収できればバレる確率は下がるはず。
「おいボブ、お前も手伝え!」
ボブに怒号を浴びせるも、彼は眠そうにあくびをした。
タカンキは激怒しボブを殴った。
「だらけてんじゃねえぞ! この岩を出したのはどこののどいつだ!」
殴られた感触を感じると、ボブはやっと手伝い始めた。
「しゃあねえなあ……でもどうやってこんなん退かすんだ? 俺ら力強くねえし、能力もパワー系じゃねえだろ」
「まあ…そうだなあ…お前の能力で頼りになりそうなのを…いや、信用ならん」
動かす方法を模索していると、ボブは尋ねた。
「なあ、あの女は間違いなくこの岩に潰されたんだよな?」
「え? そりゃあ逃げられるはずもないし…」
タカンキのその返答を聞くとボブは不思議そうな顔でまた尋ねてきた。
「じゃあなんでこの岩、血が一滴もついてないんだ?」
タカンキはそれを聞き、驚愕した。
「まさか! 死体がないのか!?」
声を上げた瞬間、すぐ横でなにかが爆発した。
爆発によって吹き飛んだ板材がタカンキの頬に激突。
彼は吹き飛ばされ、頬には切り傷ができた。
そして次の瞬間、彼は信じられないものを見た。
モラだ、モラ・アレックスが平然と立っている。
「え? え? え? な、なんで?」
モラ自身も当惑していた。
なぜなら、自分は死んだはずだから。
死んだ者は蘇らない、それがモラの知る世界の法則。
そんな彼女を見て、ボブは激昂した。
「てめえ! どうやって生き延びやがったあ!」
ボブはボクシングを心得ている。
ボブのパンチは間違いなくモラを殺しにかかっていた。
拳がモラに触れる0.1秒前、ボブとタカンキの前からモラは再び消えた。
――
モラが目を覚ますと、再び死後の世界にいた。
さっき一瞬戻ったのは、なぜだ?
その時、モラの頭の中に1つの考えが浮かび上がった。
「もしかして……逆……なの?」
モラは死後の世界に戻ってきたのではなく、死後の世界にお邪魔している状態なのではないかと考えた。
つまり、モラは死んでいない。
モラはあの化石に触れ、「死後の世界に移動する力」を得たのだ!
1度は戻れた。だから、戻れるはずだ。
「戻れ…戻れ…」
モラは心の中で唱えた。
唱え続けた時、ドン! という巨大な爆発音がした。
目の前には、雪の降る路地を行き交う人々。そして、背後から聞こえた、激怒の声。
「い、いたぞ! て、てめえも能力者だったとはな……だが覚悟しやがれ、俺の能力を喰らえぇ!」
ボブの怒号を聞き、彼女は振り向き満面の笑みで呟いた。
「ただいま〜」
その笑顔には、一瞬でもアーネットに危害を加えようとしたことを許さぬ怒りと、巨大なる圧が込められていた。
「てめえはもう1回、岩に潰されて死ね! ランドサット・ドロップゥゥゥゥゥ!」
ボブが書き込みを終えて叫ぶ、すると彼女の頭上に大木が現れた。
しかし大木が落下すると同時に彼女は消滅。ボブの真横に現れ爆発した。
彼は爆風に吹き飛ばされ、彼のスマホは9つの欠片となって破壊された。
欠片のうち1つがタカンキの横腹に突き刺さる。そしてまた1つ、左手首に突き刺さった。
彼は痛みに悶え、その場にうずくまった。
しかしボブの怒りは痛みなんかでは収まらず、彼はしぶとく立ち上がった。
しかし、タカンキはそれを無理やり抑えつけて止めた。
「ボブ……もう無理だ……観客ができちまってる…俺たちは終わりだ……」
ボブとモラが視野を広げると、自分たちの戦いを多くの人々が囲って見ていることに気づいた。
観衆たちに気づき、3人とも硬直した。静寂そのものだった。
パトカーと救急車のサイレンの音だけが響く。
次々と現れた警官たちががボブとタカンキに手錠をかけた。
そして、銀髪の女警がモラの方に歩み寄ってきた。
「大丈夫ですか? あなたは……あの方々の襲われていたんですよね?」
とても丁寧な言葉遣いで言われ、モラは安心した。
救急車に乗せられる前に、モラは起こったことを全て話すことにした。
「あ、あの! その……何から話したらいいか……わからないですけど……」
まごついて話すモラに、女警は口元に指を当てて、静かに「しーっ」と息を漏らして言った。
「…あまり話すと、骨が折れますよ……それに、安心してください……私、フツウの警察官じゃないので」
そう言って、その女警はパトカーに乗り込んだ。
ボブとタカンキを乗せたパトカーは走り去っていった。