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超能奇譚  作者: さしすせその化身
第1部 謎の組織編 第1章 覚醒の11月
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第6話 スタートナウニュー

 とある雪の日。


 ネームペンの文字で「アルト」と書かれたピックを見つめながら、アーネットは路上を歩いていた。


 路上ライブをしているミュージャシャンを調べてみたが、怪しい者はいない。


「うーん…やっぱ無闇やたらには探しても見つかるわけないよなぁ〜」


 今日はモラがいないので、少し心もとない。


 というのも、アーネットから見ても彼女の探求力は凄まじいのだ。


 それに、アーネットは彼女のことを……。


 そのとき、彼の耳に、旋律が流れ込んでくる。


 またも、路上ライブ中のミュージシャンであった。


 アーネットはその演奏に、奇妙な魅力を感じた。


 格別な腕前もなければ、美声を響かせているわけでもないように見える。


 しかし、アーネットは彼の演奏に、思わず立ち止まった。


 ちょうど良い、この男にも聞いておこう。


 それから、4曲弾き終えた男はギターを片付け立ち去ろうとする。


 その隙に、彼の肩を叩く。


「あの〜、ちょっといいですか?」


 男はカウボーイハットを被りかけて振り返る。


「ん? ……あぁ! さっき見てくれてた人! どうしたの?」


「少し、お尋ねしたいことがあって、時間あります?」


 男は少し考える素振りを見せ、答えた。

 

「うーん、まあ、ちょっとくらいならいいよ」


 近くのカフェに腰掛けると、アーネットは単刀直入に尋ねた。


「まず、名前をおしえてくれませんか?」


 少し怪しげな質問だが、男の態度は一変した。


 「え? もしかしてスカウト!? やったぁ! あ、そうそう、僕の名前は()()()


 アーネットは心のなかでガッツポーズをした。


 変な勘違いをしているようだが、こいつは今アルトと名乗った。


 このままスカウトのふりをすれば、警察に突き出せるかもしれない。


「あ〜、そうっすそうっす。メジャーデビューも視野に入れてて………ちなみに苗字は?」


「苗字? ああそれねぇ、わからなくて〜…まあそんなことより、どの事務所?」


 アルトは笑って流したが、アーネットは訝しむ。


「わからない? 一体なぜ?」


 するとアルトと語る。


「実は僕、記憶喪失で、アルトっていうのは仮の名前です。5年前の雪のなかに倒れてて、そのとき落ちてた免許証に「アルト」って書かれてたらしいです」


 疑いを表に出さず黙っていると、彼はこれまたペラペラと語る。


 家族も恋人もいないなか、1人世界的ミュージシャンになることを夢みていることを志しているらしい。


「まあ、また今度メジャーデビューについては詳細伝えるんで…」


 アーネットはいい加減聞き飽きたと、話を無理やり切り上げた。


「わかりました〜また明日も路上ライブするんできてください」

 

 アルトは歩き出す直前、誇らしそうに宣言した。

 

「実はこの前ピック無くしちゃってて……元のやつが戻ってくれば最高の演奏を聴かせてあげますよ!」


 そう言ってスキップで店を出て行った。


「勝った………!」


 謎の組織というのも、結構ガバガバなんじゃないか?


 彼が被っていたカウボーイハット。博物館に侵入してきた男の中に同じものを被っていたやつがいた。


 そしてやつの名前は「アルト」


 決まりだ。


 笑いを堪えていると重大なことに気がついた。

「金くらい置いてけよ」


 先程までアルトが座っていた席の前には、食べ終わったパンケーキの皿だけが置かれていた。


 まあ金なんてこれから何倍もの額が手に入るからと言い聞かせ、カフェを後にした。


 これからすることはもちろん通報だ。


 ポケットからスマホを取り出し、警察へ電話しようとする。


 しかし、手が滑ってスマホを落としてしまった。


「やべぇ、大金目の前にしてびびってんのか? 俺」


 落ちたスマホをつかもうとすると、スマホはおはじきのように地面を滑って行った。

「は、はぁ?」


 再びスマホに拾おうとするも、スマホは地面を這ってアーネットから逃げた。


 何度も掴もうとするのに、スマホは跳ねたり回ったりするので、だんだん遠のいて行く。


 1時間ほどの格闘の末、なんとかスマホを手中に収めた。


 しかし、それはもはやスマートフォンと呼べるものではなくなっていた。


 それを見て、彼は戦慄する。


「嘘だろ……? 普通じゃない、こんなこと、ありえない!」


 思わず、涙が溢れた。


 自分はつくづく小心者だと気づく。


 するとその背後に、黒い影が現れる。


「ごめん! 僕も捕まりたくなくってさ」


 ドラム缶に腰掛ける、その男はアルトだった。


 その表情に悪意は感じられない。


 それが逆に、アーネットの悲しみを怒りに変えた。


「ふざけんじゃねえ! この野郎!」


 アーネットはアルトの胸ぐらを力強く掴む。


「まずはお前を素っ裸にしてやるぜ!」


 アルトの服は一瞬にして、春を感じさせる桜の葉に再構築された。


「うわっ寒っ」


 アルトは目を見開き呟いた。


 アーネットは少し誇らしげな笑顔を浮かべる。


 すかさず追撃! と考えたその瞬間。


 彼は雪の上に倒れていた。


 腹のあたりに殴られたような痛みを感じる。


 何が起こったのかわからない、アルトは一体なにをしたんだ?


 アーネットが腹を抑えている間に、アルトは鞄を漁る。

 

「趣味悪ぃぞ…金でも奪うってのか?」


「いやいや、ただ僕のピック返してもらうだけだから、安心して?」


 アーネットは、アルトに得体のしれない恐怖を感じた。


 何を考えているのかわからない。


 しかし、彼はまだ心のうちに希望を宿している。


 監視カメラの映像が残っているはずだ、こいつを器物損害や暴行を行ったとして警察に突き出せば、芋づる式で組織の構成員だとわかるはず。


 しかしその思考を見透かしたように、アルトは呟く。


「監視カメラには映らないよ、それに、ここらへんの監視カメラは破壊してるよ」


 まことしやかなその言葉を、アーネットは信じない。


 ピックを見つけ、立ち去ろうとするアルトに言う。


「実は、そのピック偽物なんだ。あんたのお気に入りじゃない。俺の能力は同じものを複製することができるんだ。そんでそのピックは複製した方だ。そして……今俺の手の中にあるのが本物だよ」


 苦し紛れのハッタリ、正々堂々戦っても勝てないので、こうするしかない。


「へえ〜すごいね。違いわかんないや」


 どうやら彼は、おめでたい頭を持ってるらしい。


 アーネットは左手の中の、偽物のピックを手渡す。


 アルトがそれを受け取る直前、アーネットは静かに言った。


「同じものを複製することが俺の能力と言ったな、あれは嘘だ」


 その瞬間、偽物のピックは大きく形を変えた。


「え?」


 アルトの右腕は、自動車に押しつぶされた。


 アーネットは彼を見下して、またもハッタリをかます。


「騙されたな? 俺の本当の能力は、物体同士の位置を入れ替えるというもの。だから今、ピックと車を入れ替えてやったんだ」


 さっき、彼が馬鹿だとわかったことで、アーネットは味をしめてしまった。


 すると、やはり彼は騙されたようだ。


「じゃあ、なにも見えなくすればいいのかい?」


 彼がそう言った次の瞬間、アーネットの視界は遮られた。


 しかしアーネットは笑う。

「また騙されたな! さっき言った能力も嘘さ! 喰らえぇ! スタートナウニュー!」


 地面の雪を再構築し、アルトの手足を拘束する鎖を作り出した。


 するとアルトは、鳩が豆鉄砲くらったような表情で呟く。


「ありゃりゃ、これはまずいね」


 彼はハッとして尋ねた。


「もしかしてさ、メジャーデビューの話って嘘?」


 アーネットは冷笑した。


「そんなの嘘に決まってるだろ。嘘が3回だから、トリプルスコアだな」


 アルトは落胆して言う。

「え〜、じゃあ、僕の歌に感動したのも嘘?」


「もちろん、てかそんなこと言ったっけ?」


 アーネットが突き放すと、アルトは不敵に笑う。


「それ、嘘だね。あの顔は絶対感動してたよ。嘘、嘘、嘘、嘘、クアドラプルスコアだね」


 アーネットは首を傾げて無視した。


 しかし、今の嘘が見破られていたことには驚いた。


「ああそれとさ、ちょっとおもしろいもの見せてあげる」


 話したがりのアルトはまた口を開く。


 振り返ると、彼が笑顔で立っていた。


「じゃーね!」


 そう言って、彼は消えた。


 断ち切られた鎖が雪に戻って行くのを見て、アーネットはため息を吐いた。


「もう、あいつを追うのはやめよう。勝てそうにない」


 賞金への道は遠回りになるが、愛しのモラと協力する時間が増えると思えば、悪くないだろう。

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