第3話 YESか「あ」
部屋が蒸し暑いせいでソラノは寝心地の悪さを感じていた。
もう11月で雪も降っているのに、夏のような蒸し暑さだ。
窓を開けるとすぐに熱気は逃げて行き、次はあまりの寒さに襲われた。
しかし次の瞬間、窓の外から体に熱気が衝突して来た。
「暑ッ! 今冬だよな?」
「あぁそうだ、もうすぐ街ではクリスマスマーケットの準備が始まるだろうな」
「そうか…なら気のせい…。え?」
慌てて後ろを振り向く。そこには、ガスマスクと軍服に身を包む男がいた。
「だ、誰だお前!」
ソラノはすぐに警察に通報しようとスマホに手を伸ばした。
だが、外から突然強風が吹き、吹き飛ばされたスマホは窓の対角線上にいた軍服の男に奪われた。
透明で味気のないスマホカバーを見ながら、男はぬるぬるっとした口調で言った。
「やめてくれよぉん? 俺はお前と「お話」するためにぃ…来たんだからよぉ…」
「お話…? なぜ俺が寝ぼけたまま知らない男と話さなくちゃいけないんだ」
馬鹿にするように呟くと、軍服の男は舌打ちをしてソラノの方に大きな足音を立てて近づいて来た。
「おいおいおいおいおいおいぃ、そこまで舐めた態度を取るとはなぁ…。お前が「お話」しなくちゃいけないことを理解させてやる。」
男はソラノの口に指を突っ込み、ガッと無理やり開けた。
「深呼吸だ。酸素を吸い込むんだぁ…………今!」
ソラノの口内に北極の氷のように冷たい冷気が入り込んで来た。
「さっきお前が取り込んだ酸素を…。冷やしてから液体酸素にしてやるぅぅ! そうなったら死ぬかもなぁ?」
氷の50倍冷たい液体がソラノの口いっぱいに溢れ出した。
男はソラノの口内から指を取り出して蹴飛ばした。
ソラノは口が凍りつき喋ることもできない。
「本題だ。うまく喋れねぇだろうからYESを「あ」、NOを「が」として良いぞぉ…。良いかぁ?」
強く蹴り飛ばされて、重力が体いっぱいに降り注ぐ感覚で動けないため、ソラノは黙った。しかし男は突然キレてソラノに殴りかかった。
「俺は「良いか」と質問してんだよぉ! 「あ」と答えんだよ! 「あ」となぁぁぁぁ!」
ソラノは床にへばりついたままなんとか「あ」と発した。
男はいきなり落ち着くと、ソラノに質問した。
「お前ぇ…、「化石」について何か知っているなぁ?」
「が…」
本当は知っているが、何かやばい気がするので否定をした。
すると男は再びキレてソラノを蹴りたくった。
「んなわけねぇだろぉがよぉぉぉぉ!! てめぇには俺がここに、暇つぶしに来てるとでもおもってんのかぁぁぁぁ!? 俺は知ってんだよぉぉぉ! くだらねぇ自己防衛してんじゃねぇぇぇぇぇえぇ! 「あ」と言え! 「あ」となぁぁぁぁ!」
こいつはやばい、イカれているとソラノは感じた。
ソラノは仕方なく「あ」と発した。すると男は落ち着き質問した。
「よし、ここから先は俺が答えを知らない本当の意味での「質問」だからなぁ、くれぐれも正直に答えやがれよぉ? お前は昨日忽然と消えた歯骨に何が起こったのか知っているか?」
「………あ。」
嘘を言っても良かったがこいつがいつプッツンするかもわからないので正直に答えることにした。
「ほう…ならばお前「ジュラ」を持っているのかぁ?」
「……………………………………あ。」
「じゃあ化石については知っているなぁ?」
ソラノはすぐ「あ」と答えた。
まだ口が凍って切れそうだがソラノの口内と体の調子が喋れる程度には戻って来た。
「そうだなぁ…じゃあ次の質問に移ろうかぁ…その化石は今どこにある? あーすまない、この質問じゃあ答えらんねぇか…なら…」
「NOだ、あの化石が今どうなったかは知らない」
はっきりと声を出して答えた。
男は関心した。
「戻ったか、暖かいスープでもやろうかと思ったが、丈夫な体してるじゃないかぁ」
この男が気に入らない、ソラノはそう思った。
まるで当然のようにこちらを下手に回してくる。それが気に入らない。
男は都合が良さそうに柔軟に質問を始める。
「YES NO以外で答えられる質問をしてやる…。」
「その必要はないぜ、俺はいつも0時までに寝ると決めているんでな、化石がどうとかは知らないが、俺は早く寝たいってことだ。」
男はソラノの生意気な言葉を聞くと、ここの数分の間、最高潮にキレた。
「てめぇぇ! まだわかんねぇのかぁ? 理解させてやる! 理解させてやるゥゥゥゥゥゥ!!」
男は体の全体に冷気を纏わせ、ソラノの方向へと突進した。
ソラノは男のつけていたガスマスクを蹴り上げて汚い顔を晒させた。
そして右手を口の中へと突っ込んだ。
「ば、バッちぃぞぉ…!? 人の「歯」に手を押し当てやがった。イカれてんのかぁぁ!? だがぁ! 今シベリアの空気を取り寄せている! バッちぃその手を凍らせてやるぞぉぉッ!」
ソラノは歯にへばりついた右手に力を集め、前歯に放出した。
男の前歯はボロボロに崩れて、男は床に倒れ込んだ。
「言ったろ? 俺もその…「ジュラ」とやらを持ってるとな…」
あまりの苦痛に悶える男に対してソラノは言った。
「お前を窓から放り出して捨てる前に、俺からも質問をさせてもらう、YESか NO、いや「あ」か「が」で答えて良いぞ」
――
ソラノはキッチンでホットミルクを作りながら、苦しむ男に質問した。
「さっきの……シベリアから冷気を取り寄せたってやつ、それがお前の「ジュラ」なのか?」
男は恐怖しながら「あ」と答えた。
「ならその能力に名前はあるのか? 空気を取り寄せるその能力の名前だ」
「……あ」
「へぇ…漫画みたいでいいな…じゃ俺の能力は……なにがいいと思う?」
考えながら苦しむ男を見つめた。
男はソラノが自分を見つめる。いや睨む理由を自分の思考に当てはめて考えた。
浮かんできたのは、答えなければぶん殴る。ということだった。
男は恐怖から「あ」と答えた。もちろん、はいかいいえで答えられる質問ではないが。
「多分、俺のこの力は「斥力」を使ってるんじゃねえかと思うんだ。ふっ飛ばすというより、反発してんじゃねえかな」
ソラノはホットミルクを差し出した。
男は抜けた歯を窓の外へ吐き出して、ホットミルクに触れた。
その瞬間男はすごい勢いで窓の外へ放り出された。
「いいね、物に斥力を「仕込む」こともできるのか……決めたぜ、俺の能力の名前は「レプルシオン・フォース」…ちょっぴりかっこいいんじゃねえか?」
作ったホットミルクを飲み干すとソラノは床に着いた。
冷えたというか、凍えた口にはよく合う。