第2話 目的
視点移動多め
ここはロヴァニエミ。サンタクロースの故郷とも名高い街だ。
この街にソラノは暮らしている。
そして、昨日任務を失敗したソラノ達は長い長い説教を受けていた。
「もしその警備員に顔がバレていたら貴様らは捕まるし下手したら組織だって崩壊しかねない、わかっているのか?」
腕を組みながらソラノを叱っているこの男はマルス。
謎の組織の幹部の男だ。フランス出身らしい。
屁理屈をこねて「疲れてる奴は上なんか見ない」と適当なことを言っていた割には偉そうだ。
そう考えると、この説教を聞く価値はさほどないかもしれない。
聞いてるふりをしているとあっという間に話が終わった。
解放されるとおもったが、今回はもう1つ話があるらしく、マルスは淡々と語り始めた。
「貴様らは、昨日の任務でやっと0.22人前くらいになれた。だから組織の活動理由を教えといてやる。まずは貴様らが気になっているであろうあの化石について話してやろうか」
突然始まった説明会にソラノたちは困惑したが、マルスは気にせずに続けた。
「まず、非常にファンタジーな話だが、この世界には歴史上どんなときでも、「聖なる化石」というものが存在する。
魚だったり、牛だったり鳥だったり、時代によってどの生物の亡骸が聖なる力を持っているかは様々だ。
そしてその化石の力こそが、ソラノ、お前が昨日体験した「超能力の発現」!!
そして現代、西暦2024年において、化石の力を持つのは「岩石竜」というティラノサウルスの亜種、なんらかの魚の骨……そしてもう一つのなにか……そしてそれにより発現する力を「ジュラ」と呼ぶ!」
マルスは一気に喋り、疲れたのか一旦コップ1杯の水を飲んだ。
ソラノの眉間に汗が流れる。
彼は、どこかでそんな話を聞いたことがある。
しかし、インターネットの都市伝説でだ。馬鹿馬鹿しくて目をそらしたあの都市伝説が、まさか本物だったとは。
「そして、我々の目的は、そんな化石を全て集め「封印」することだ」
話し終わり、帰ろうとするマルスをソラノは呼び止めた。
「待ってください、なぜ封印するんですか!? 定説じゃ、化石を集めれば……」
「「どんな願いでも叶う」というやつか?」
マルスはいかにも退屈そうに尋ねた。
「それを避けるのが……この組織の目的だ」
そのまま引き止められても答えることなく、マルスは帰った。
するとマルスと入れ替わる形で遅刻していたアルトが急いで入って来た。
「あれ? マルスさんもう帰っちゃった感じ?」
アジア系の顔つきに、大きなカウボーイハットを被る青年。それがアルトだ。
カヤノはタイミングが良すぎて笑い転げそうになった。
「あぁ、さっき帰ったよ…」
黒髪おさげに、暖かいセーターを着ている美少女……の格好をしている女装癖の少年、それがカヤノだ。
カヤノはさっきマルスが言ったことを話そうとはしなかった。遅れたのが悪い。
「あちゃ〜…なら行ってくるね〜」
そう言ってアルトはすぐにどこかへ消えてしまった。
アルトは世界的なロックミュージシャンを目指している。
そのためにいつも寒い路地で路上ライブを開催しているのだ。
彼の生き方は自由すぎてソラノ達には呆れている。
アルトの登場と退場に動じずにスケジュール帳を眺め続けるラルナにカヤノが聞いた。
「さっきから何見てんだ?」
ラルナはあくびをしながら答えた。
「職場のシフトを確認してるだけだよ…」
メガネを付けた金髪の美少年、それがラルナだ。
カヤノが彼のスケジュール帳を覗き込むと、そこには信じられない量の予定があり、その9割が仕事だった。
「まじかよおめぇ! そんなに仕事入れて大丈夫か?」
カヤノは16、ラルナは15歳だ。自分よりも年下のラルナが自分よりもよっぽど働くのだから、カヤノは驚いた。
カヤノが驚いて聞くとラルナは一言「そりゃあね」とだけ言ってこの場をあとにした。
「よく働くなぁ…もっとなんか…ないの?」
その背中を見ながら少ない語彙力で文句を垂れた、独り言とわかっていたが今まで黙っていたソラノが言った。
「小さい頃に父親が殺されて1人で生活してるんだってよ、学校とかも行ってないらしい」
カヤノはそれを聞くと口を大きく開けて「しまった…」という顔になった。
「やべぇ…俺傷つけちまったかな?」
カヤノはどうやら裕福な方の家で生まれたらしく、無意識に傷つけてしまったのかと強く反省しているようだ。
ソラノはそんなカヤノをなだめるように言った。
「まあ、次会った時にでもあやまっとけよ」
「ああ、そうするぜ」
ソラノがふと時計を見ると、立ち上がって店を出る準備を始めた。
「すまないカヤノ、ちょっと用事があるからまた今度」
藍髪に、暖色の瞳、それがソラノだ。
さて、この4人が出会ったのはたった5日前、組織に入って1ヶ月、雑用のような任務を請け負っていたソラノは突然マルスに連れられて、他の3人と出会った。
そしてマルスが言ったのだ。「今日からお前ら4人で任務をしろ」と。
そんな出会いを思い返しながら、ソラノはその場をあとにした。
――
ソラノが組織にいる目的、それは金を稼ぐためだ。
ソラノの妹、スイは病弱である。
そして、その病気を治すには金がかかる。
父も毎日働いて、金を少しずつ稼いでいるが、それでは全く足りない。
だから父には無断で、組織で働いている。
しかし、唯一組織のことを知る者が1人……。
「やあ、元気か? ソラノ」
突然背後から話しかけられた驚きで、ソラノはピクリ固まった。
しかしその声には聞き覚えがあった。
「おどろかせないでくださいよ、エヴァさん」
振り向くと、そこには流れるようにきれいな長い銀髪の婦警。エヴァ・ティアスが立っていた。
エヴァは柔らかな笑顔で尋ねる。
「組織の目的は……わかったか?」
組織……。そう、謎の組織のことだ。彼女はソラノがその構成員であると知っている。
しかし、2つの条件を守るならと、黙っていてくれている。
条件とは、まず、「妹を治したらすぐに組織を退くこと」そしてもう1つが「組織の目的を教えること」だ。2つ目の条件は、これから達成される。
ソラノは数日前に出会った仲間や、マルスの怒り顔を思い出し、なんだか裏切るような気持ちになってしまった。
だが仕方がない。組織とは、金を稼ぐ手段に過ぎないのだから。
「聖なる化石を全て集め封印すること……それが、組織の目的です」
はっきり、そして正確に伝えた。それを聞いたエヴァは、メモしながら呟いた。
「なるほど……そっちか…」
ところで、とエヴァは話を変えた。
「今からスイさんに会いに行くのか?」
「ええ、寂しい想いは、できるだけさせたくないので」
だったら、とエヴァは提案した。
「私もついて行ってもいいか?」
――
けほっけほ、そんな声が病室に入る前から聞こえる。
唾を飲み込み深呼吸。病室の中に、勢いよく入った。
「スイ! お兄ちゃんが来たぞ!」
自らの不安を吹き飛ばすために、ヒーローみたいに大きな声を出しながら入った。
「お、お兄ちゃん! けほっけほ……来てくれたんだ」
羨ましそうに外を眺めていたスイは、藍色の長い髪を揺らしながら振り向いた。そして兄の姿を見て、朗らかな笑みを浮かべた。
「えっと……、も、もしかしてその人……、彼女ぉ!?」
スイは顔を赤くして、楽しそうになにか妄想しているみたいだ。
「いや違うから…。えっと、色々とお世話になってるエヴァさん……、ええと…」
言葉に詰まるソラノを、不満そうに見つめるエヴァ。
「もっとなんかあるだろう、警察官とか」
エヴァが小声で耳打ちする。
「あ、じゃあ、警察の人……」
「もっとなんかあるだろ……」
そう言いながら、エヴァはソラノを睨む、その光景を見て、スイはクスッと笑った。
「え?」
2人は顔を見合わせて、首を傾げた。
「すいません、面白くてつい……」
柔らかいスイの笑顔をみて、ソラノは嬉しくて、クシャッと笑った。
「そっか、良かった」
――
昨日の博物館で、警備員のバイトをしていた2人の男女は、川の近くのベンチに腰掛けていた。
「なあモラ、俺は今から馬鹿げたことを言うが聞いてくれるか?」
真面目な顔で、男、アーネットは尋ねた。
「え? ああ……もちろん」
緑髪のポニーテール、姉貴風の見た目をしたモラが答えた。
一体、アーネットは何を話そうとしているのだろうか、モラの心臓はドキドキと鼓動していた。
もしかしたら、好きだと告白されるかもしれない。いや、それすらすっ飛ばして結婚を申し込んでくるかもしれない。
キリッとした顔立ち、落ち着いた性格。モラは2年前、とある街角で彼に一目惚れした。
それから、モラは彼の趣味嗜好、過去、好きな食べ物、交友関係、部屋での過ごし方、好きな女のタイプに至るまで調べ上げた。
元々モラの性格や外見は大人しいものだったが、アーネットに好かれるため、彼の前では彼の好きな自分を引っ張ってくれる姉貴風の女を演じている。
彼はそのことを気づいていない。
アーネットは昨日の新聞を手渡した。
モラが読むと、そこには驚愕のことが書かれていた。
「あえぇ!? 謎の組織の構成員1人につき…3000ユーロの賞金!?」
驚いた勢いで素の声が出てしまった。モラは咳払いして尋ねた。
「こ、これがすげぇって世間話にきたのか?」
そう聞くとアーネットは首を横に振った。
「違う、ちゃんと話がある。昨日の侵入者って警察の見立てじゃ謎の組織の構成員だったよな?」
「ああそうだったな…、確か」
モラはハッとした。
「お前、もしかして捕まえるってのか?」
アーネットは不敵な笑みを浮かべて小さくうなづいた。
モラは反対した。アーネットが危険なことに巻き込まれるかもしれないからだ。
「捕まえるっつっても…手がかりとかないし無理だろ。無闇に追っても時間の無駄じゃ…。」
「いいや、その心配はない、これを見てくれ」
そう言ってアーネットは財布から1ユーロ硬貨を取り出した。
そしてそれを手から離して地面に落とした。
すると1ユーロ硬貨は粘土のように変形していく。
地面に着地する頃には、ギターを演奏する時に使うピックへと変貌していた。
そのピックを再び手に取ってアーネットは言う。
「このピック、昨日の奴らの1人が落としてったんだよ。よーく見ると油性ペンで『アルト』って書いてある。ありがたい事にな、これが手がかりだ」
モラはそんなことよりも、今起こった現象に興味が湧いた。
「ま、待て、今一体何が起こったんだ…? さっきまでそれは金だったはず…。」
アーネットはその質問を待っていたと言わんばかりに語った。
「これは、昨日化石に触れた瞬間俺に発現した超能力みたいなものだ。触れた物体の形を再構築できて、俺が手を離せば元に戻る。
今朝からずっと研究して85%は理解できたから、護身用にも使える。だから俺の身も、モラの身も心配ない」
アーネットが昨日柱と化石を溶かしたのも、この能力の影響だ。
アーネットは少し恥ずかしそうに頭を掻き、緊張した様子で提案した。
「ま、でも…1人で探すのは心細いし、モラ、一緒に探さないか? 賞金はもちろん山分けで」
その提案にモラは心から喜んだ。なぜならアーネットはモラのことを守れるから。
そして思った。その時の背中は薔薇より美しく、人生で最初に見たティラノサウルスの姿よりかっこいいと、きっとそうだ、間違いない。
「乗った。一緒に一生暮らせるくらいの金を稼ごう」