第1話 歯骨
開始
もし、この物語を読んでいるものがいるなら、1つだけ教えよう。この物語の行き着く先は、そんな大したものじゃないし、この世界には不幸なんていらない。現在を、もしくは過去を、未来の全てを観測した、俺だから言える。
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北欧フィンランド。この国では謎の組織が暗躍していた。
組織の名も不明、構成員の数もその上何を目的に動いているのかも不明。
その構成員が4人、博物館を訪れていた。
観覧ではなく不法侵入である、なので屋根からの侵入を試みる。
その1人ラルナが聞いた。
「警備はいないな?」
天窓から中の様子を見ていたカヤノが答えた。
「右側の廊下に1人…イベント展示の方に1人…見える限りじゃあこんくらいだな」
「いや待て、廊下のがこっちに来てる」
落ち着いた様子でソラノが指摘する。
通りすぎたのを確認すると、1番年上のアルトが天窓の鍵を素早いピッキングで開けた。
その動きはまるで、時を止めているかのように速い。
どこで習ったのかを尋ねても決まって彼は「わからない」と答える。彼は記憶喪失を自称しているのだ。
開いた天窓に綱を固定し床まで降ろす。
全員音もなく着地できたのだが、天窓が開いている。
だが問題はない、どうせこんな夜更けに働くものなど疲労で上など見ないだろう、というのが組織の幹部の見解だ。
4人は目的の場所へ颯爽と進んで行った。
目的の場所はこの博物館のメイン展示、古代生物の化石が立ち並ぶ場所。
道中にある監視カメラをアルトが一瞬で破壊し、そのたびにアルトはチャーミングポイントのカウボーイハットを深々と被り誇らしげな顔を浮かべた。
「ここお宝の山じゃん! 一つくらい盗ってもバレないよね?」
アルトが調子良さそうに言った。ピッチングでの活躍とのギャップに落胆する。
「バレるに決まってるだろう? それに僕らが盗るのはそれらじゃない…これだ」
ラルナが呆れたような声色で、目的のものを指さした。
全長約5m、重量約6000kg。ラルナの指差した化石の大きさである。
どうやら歯骨のようだ。
記憶喪失だというアルト以外の3人は、その化石についての説明文はおよそ20回は読んだことがある。それほど有名なものなのだ。
『30年前に見つかった、6億年前のものと思われるこの歯骨の一部は、これまで存在が確認されていた全ての生物の骨格の大きさとも合いません。つまり6億年前の陸上には山脈ほどの大きさの巨大生物がいたということでしょう』
内容はこんな感じ。
今回この4人に課された任務はこれを盗むことだ。
「それにしても組織の目的がますますわっかんねぇなぁ。何が嬉しくてこれを盗ってこいなんて任務を俺らに?」
カヤノが不思議そうに言う。
しかしソラノは「まぁ報酬はうまいしいいじゃん」と言って歯骨の一部を持ち上げる。
その時!
ソラノの右手から前頭葉にかけてものすごい衝撃が走った。
ソラノは衝撃のあまり、化石と反発するように吹っ飛んだ。
「ソラノ? 怪我はないかい?」
アルトが心配そうに手を伸ばす。
その手を取る。が、またもその瞬間。
今度は逆に前頭葉から右手にかけて、衝撃がアルトに向かって放出された。
アルトは、まるで磁石同士が反発するかのように吹っ飛んだ。
ソラノはケツの痛みを感じながらもアルトの方をチラリ。
彼はヒリヒリ痛むケツをさすっているように見えた。
しかし次の瞬間には立ち上がっている。
「ご、ごめんアルト……大丈夫か?」
立ち上がろうとしたとき、足音と話し声が近づく。
4人は急いで近くの展示物で身を隠した。
男女2人の警備員の姿が見える。
音がした、と男が喚いたのだろう。
強気そうな女性の警備員が辺りを見回すと、疑いの目で男を見つめた。
男は慌てて弁解した。
「本当に聞こえたんだって、絶対誰かいるから! 間違いなくいるから!」
なんとか証明しようと、侵入者を探し始める。
大きな歯骨のところも探そうと男の警備員はソラノと同じように歯骨に触れた。
「痛てっ…。」
ソラノのように吹っ飛んだりはしなかったが、男は微かに静電気のようなものを感じた。
首を傾げながらも気にせずに、再び歯骨に触れた時、歯骨は音も温度もなくドロドロに溶け始めた。
男は驚愕して腰を抜かした。
後ろの方で腕を組んで見ていた女も驚いて声を出した。
「な、なんだこりゃぁ?」
もちろん、ソラノたちも困惑したが声を出すわけにはいかない、あの2人が離れるのを待つのだ。
男はドロドロになった歯骨を見て、息を荒くして呟いた。
「なぁ…これって俺がやったのか? 俺は手に火炎放射器なんて物も仕込んでないし、こんなん監視カメラで誰かが見たら…」
男が破壊された監視カメラを見たので、驚いた。
「やっぱり侵入者がいるッ! カメラが不自然に破壊されているぞ!」
女も監視カメラを見ると信じた。
そして侵入者を、すなわちソラノたちを探し始めた。
ソラノは静かに動き出した。
他の3人も心に余裕の違いこそあれど同じだ。
男は最初に、三葉虫の化石が飾られている柱をターゲットにした。
そこにはラルナが隠れている。
彼は息を殺してやり過ごそうと考える。
柱の裏側を探すまでは大丈夫だろう、と思っていた。
――ドバァ……。
男が触れた瞬間、柱は炎天下に放置したチョレートのように溶けた。
振り向くと、2人の目が合った。お互い、意外と美形だと思った。
「お前…1人か?」
自らがしたであろうことに困惑しながらも男は尋ねた。
ラルナは慌てて立ち上がり走った。
「その反応1人じゃないな! 俺は追うから、モラは探しといてくれ!」
男がモラと呼んだ女は小さくうなづき他の3人を探し始めた。
隠れながらソラノは考えた。
超能力のようなものではないかと。
あの歯骨に触れたソラノと警備員の男は、さっきからとんでもない現象を引き起こしている。
もしかすると、組織が歯骨を欲しがる理由が「それ」なのではなかろうか?
ソラノはアルトを『吹っ飛ばした』。そしてあの男は化石を2回も溶かした。
ソラノには1回しかできなくて、あいつに何回もできる義理はない。再現できるはずだ。
――ならば今逃げ切る策はただ一つ!
ソラノは女に向かって走った。
女は驚き、護身用の拳銃を発射!
これが狙い!
これがソラノ自身の逃げ道!
ソラノは発射された弾丸を、右掌で受け止めた。
その瞬間、ソラノの右手には、まるで磁石に集まる砂鉄のように衝撃が集結。
その力は勢いよく放出され、弾丸を跳ね返した。
もちろん、弾丸をモラとかいう女に命中させようというつもりはなかった。
命中もせず反発した弾丸は地面にコロコロと転がった。
一方ソラノはふっ飛ばした反動でブラキオサウルスの首の支柱に強く激突。
支柱は折れて、ブラキオサウルスが地面の草を食べるかのように骨格の首は曲がった。
男も思わず唖然として硬直した。
「今のうちだ! 逃げるぞ!」
2人の警備員が腰を抜かしている間になんとか4人は逃げ延びた。
任務は大失敗に終わった。