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マージ―の悩み事  作者: しんた☆
8/11

8それぞれの想い

「オリビア、体調はどうだい?」

「お兄様! おかえりな…、あの。その方は?」


 膝に掛けられていたケットをきゅっと握り締めて、恥ずかしそうにする姿は、とても13歳とは思えないほど幼く見えた。


「オリビア、前に話していた僕の生徒のマージョリー嬢だ」

「マージョリー・ウェリントンです。どうぞよろしくお願いします」


 カーテシーを解いて顔を上げると、キラキラした瞳と出くわした。


「私、オリビアです。歳の近い人とお話するのは初めてなの。いろいろ教えてください」

「オリビア、今日は良いニュースと悪いニュースがあるんだ」


 アランの言葉に、きゅっと眉をよせると、オリビアはまたケットをきゅっと握り締めた。


「まずは良いニュースだ。これから時々はマージョリー嬢が話し相手になってくれる」

「ホントに? 嬉しい!」


 キラキラした瞳が向けられ、マージョリーはこれじゃあ逃げられないじゃないっとアランを睨む。しかし当の本人は何食わぬ顔で続けた。


「そして、悪いニュースだ。僕は、しばらく辺境の地に行くことになった。一年は戻れないだろう」

「そ、そんな…」


 唇を噛み締めても、大きな瞳から涙が溢れだす。両親は元々仕事が忙しくて、ほとんど放置状態だったオリビアにとって、アランが毎日顔を出してくれることが大きな支えだったのだ。侍女や執事が何人いようと、家族とのつながりが希薄なことは悲しい。


「まぁ、あとしばらくはここに居るから、ね」


 話していると、侍女がお茶を運んできた。オリビアはすっと表情を隠し、ゆっくりとベッドから下りると、自分もテーブルについて話したいと意欲を見せて周りの者を驚かせた。


「驚いたなぁ。オリビアが自分から動こうとするなんて、初めてだ」

「だって、マージョリー様とお話したいんですもの」


 侍女に助けられながら、ゆっくりと立ち上がったオリビアは、お茶の席に着くと、誇らしげに周りを見渡した。そしてにっこり笑うと、マージョリーにお茶を勧めた。


「マージョリー様、今日はようこそお越しくださいました。お茶にいたしましょう?」

「ははは。まるで女主人だな」

「オリビア様、今日はお招きくださって、ありがとうございます。ご一緒出来てとても嬉しいです」


 アランがからかうのをよそに、オリビアに合わせてあいさつすると、小さな女主人は満足げに頷いた。そして、香り高い紅茶を楽しんで、学校のことや、流行りの店のことなど、様々なことを質問攻めにあった。

 しばらくして、アランは仕事があるからと席を外すと、オリビアの瞳は、急に怪しげな光を放つ。


「マージョリー様、お兄様は行ってしまいましたわ。そろそろ本性をお出しになってもいいのですよ」

「本性? どういう意味でしょう」


 オリビアはふぅっとため息をつくと、窓に目をやって諦めたように話始めた。


「私は、生まれてからずっとこんな調子です。お兄様は、私を憐れんで話し相手になりそうな女性を連れてきてくれるのですが、みんなお兄様目当てなの。お兄様がいなくなったら、知らんぷりです。もう、慣れました。あなたも、おかえりくださってもいいのですよ」

「あらあら、オリビア様ったら、面白いことをおっしゃるのですね。ご心配には及びませんわ。私は先生に頼まれて、仕方なくここにやってきました。そこまではオリビア様の予想通り。でもね。私には大切な人がいるのです」


 マージョリーはそう言いながら、無意識にイヤリングに手を添えた。それを捉えたオリビアは、瞳をキラキラさせて食いついた。


「それって、そのイヤリングの送り主さんですか?」

「ええ。今は事情があって通信が切れていますが」


 オリビアのにやけた顔を見て、無自覚に自分が微笑んでいたことに気が付き、複雑な心境になった。そう、イヤリングの通信は途絶えたままだ。それに…。あの二人の仲睦まじい姿を思い出して、胸が苦しくなる。そんなことには気づかないオリビアは、、純粋に話し相手になろうとしているマージョリーに好感を持つようになった。


「ふふ。では、恋の先輩なんですね。私、聞いてほしいお話がいっぱいあるの」


 オリビアは一気に打ち解けて、アランの友人の中に想い人がいることや、いつも身に着けているペンダントがアランと通信できる魔道具であることなどを屈託なく話した。そして、マージョリーの想い人について尋ねられた時には、しどろもどろになりながらも、なんとか逃げきってその日は帰宅の途についた。


自宅に戻ってアンナに髪を整えてもらいながら、ぼんやりとイヤリングをなでていると、耳元でクスっと笑い声がした。


「え? どうかしたの?」

「ふふ、失礼しました。お嬢様は、恋をなさっているのですね」

「恋?」


 振り返るマージョリーに笑顔を返し、手元にあるイヤリングを指さした。


「お嬢様の瞳のエメラルド色に、ミハエル様の瞳の色の金細工の模様。私はてっきりプロポーズのお品かと思いましたもの」


 思わず顔を赤らめる主を、嬉しそうに見守る侍女だった。


 翌日、いつものように馬車に乗って登校するマージョリーの肩にてんとうむしが止まった。すると、すぐに人型に戻って隣に座り込むと、彼女の方を見ようともせずにぽろりとこぼした。


「どうしてアイツの家に行ったんだよ」

「先生の妹さんに会いに行っただけよ。ご両親は忙しいし、先生だけが頼りだったのに、辺境の地に行くことになったので、妹さんの話し相手がほしかったそうなの。彼女、オリビアさんは、幼いころから体が弱くて、外に遊びに出ることもできなかったんですって」

「別にマージ―が行かなくても、他に女子生徒はたくさんいるじゃないか」

「まぁ、そうなんだけど。先生に気に入られたくてすり寄ってくるような女子では、オリビアさんが納得しないんでしょう」


 マージョリーがちらっとミハエルの顔を覗き込むと、少し頬が赤らんでいるが、それでも尖った口元は治らない。マージョリーは困ったように眉を下げたが、自分だって、モヤモヤが晴れたわけじゃない。


「ミシャは…その…。どなたかと親しく交流してるわね」


 意外そうにマージェリーの顔を見返したミハエルは、思い当たったのかハッとした表情になった。


「あれは誤解だ!ブリジット嬢の友人の婚約者が、領地にいた頃の友人だったから、相談に乗っていたんだ。あいつは今、騎士団に入団することを目指して猛特訓中だから、ご令嬢に手紙を出すことも忘れていたんだ。伯爵家のご令嬢相手だと、男爵家では身分が違うと言われて、どうしても騎士爵を取らなければと必死なんだ。とにかく、そんなことで誤解するなよ」


口調はきつめだが、懇願する様に訴えるミハエルだが、あの時の二人の楽し気な雰囲気を思い出すと、今でも唇を噛み締めたくなる。そんなことを考えていると、ミハエルはまっすぐにマージョリーを見返し、今日からは絶対真っ直ぐに家に帰れよと言い放って、テントウムシに変化して教室に飛んでいった。

 いつものように学校に入っていくと、その日も女子からのプレゼントが届けられた。なんとか笑顔を返しながら、気持ちが落ち着かないマージョリーだった。放課後になって、サラたちと帰り支度をしていると、アランが教室にやってきた。


「やぁ、昨日はありがとう。オリビアもとても喜んでいたよ。馬車を待たせてある。こちらへ」


 周りの生徒たちが驚く中、優雅な仕草で伸ばされた手は、ミハエルに寄って阻まれた。


「先生、申し訳ありませんが、今日は僕との約束があるので、失礼します。マージ―、行くぞ」

「え? ちょ、ちょっと待って」


 マージョリーは訳が分からないまま、その手を引かれるがまま連れ出された。それなのに、どうしてだろう。ミハエルを突き放すどころか、どこか胸の奥がワクワクしている。前を向いてどんどん進んでいくミハエルが、ふと振り返ると、嬉しそうに微笑むマージョリーがいて、思わず笑顔が溢れだす。それを見ていた女子生徒たちから、盛大な悲鳴が響き渡った。


 校門の前まで来ると、いつになく笑顔の御者が二人を迎えてくれた。微かな違和感を覚えながらも馬車に乗り込むと、馬車の中で突然ミハエルがマージョリーの前に跪き、そっと手を差し出した。


「マージョリー・ウェリントン嬢、僕と結婚してください」

「ひぇ? ミ、ミハエル? どうしたの?」

「ちゃんと卒業してから言おうと思っていたんだが、お前を狙うやつが多すぎるんだ」


 照れくささを怒ったような顔でごまかすミハエルの手に、そっと手が乗せられた。その華奢な手を宝物のように両手に包み込んで見上げると、眉を下げて戸惑う様子が見て取れた。


「あの…、ミシャ?」


チンっとベルが鳴って、マージョリーの自宅に到着した。もう一度確かめたいと思っていたマージョリーの言葉は遮られ、ミハエルが先に降り立って手を差し伸べてきた。なんとなくわだかまりが消えないままのマージョリーだが、熱のこもった真剣な眼差しには抗えない。どういう訳か、今日はミハエルまで自宅に進んでいくので、躊躇っていると、中から歓声が聞こえて来た。


「おお、やっと帰ってきたか!」

「おかえりなさい。待っていたわよ」

「ただいま…。あら、おばさま…、おじさままで」


 さっきプロポーズをされたばかりなのにと戸惑うマージョリーを大人たちが嬉しそうに見つめる。


「マージ―、座ろう」


 ミハエルが促すと、アンナがそっと椅子を引いた。その隣の席に腰を下ろしたミハエルは、微かに頬を赤らめている。


「ねぇ、ミシャ。これって…」


 それに答えたのは、マージョリーの父ウェリントン伯爵だった。



つづく

読んでくださってありがとうございます。

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