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マージ―の悩み事  作者: しんた☆
7/11

7 すれ違い 

翌日からも厳しい授業は続いた。そんなある日、実戦中にマージョリーが足をくじいてしまった。そんな彼女を目の端に捉えていたミハエルが駆け寄ろうとすると、目の前でアランがマージョリーを抱き上げ、医務室に運んでいった。


「お前たちは、クラス全体でこいつらの相手をしてみろ」


 言い放って作りだされた空間には残りの生徒が皆入れられ、魔獣がじわじわと湧き上がってきた。マージョリーの様子が気になりながらも、ミハエルはすぐさま皆に指示を出す。皆が夢中になって戦い始めると、ミハエルはそっと後方に周り、隙を見て空間から抜け出した。すぐにテントウムシに変化して医務室に向かうと、眠らされているマージョリーと、それに覆いかぶさろうとするアランの姿が目に飛び込んで、思わず変化を解いて割って入った。


「何をしているんです!」

「な、何って、ヒーリングに決まっているだろう。それより君はどうしてこんなところにいるんだ?」


 人の悪い笑顔を張り付けたアランに、反論することはできなかった。そんなことがあって以来、アランは何かとマージョリーに接近し、ミハエルを苛立たせた。


「おう、帰ったか。アランの授業はどうだ? ためになるだろう」

「兄さん…。手応えありすぎ。幼い頃のマージ―に巻き込まれていたのと同じ感じだ」


 そんなミハエルを、楽し気に笑うイワンだった。つられて笑っていたミハエルが、ふっと真顔になってイワンに対峙する。


「兄さん。質問なんだけど…。アラン先生は結婚していないの?」

「ああ、婚約者はいるが、アイツの事だ。結婚するまでは奔放に遊ぶんだろうな」

「うっ、そのことなんだが、マージョリーにあまり近づかないでほしいって、それとなく伝えてもらえないだろうか?」

「マージ―に? へぇ。ふふふ、そうなんだ」


 イワンがニヤニヤしながらミハエルの顔を覗き込むと、慌てたように言い返す。


「妙にあいつに関わろうとするんだ。他にも生徒はたくさんいるのに。な、なんだよ。その顔は!」

「いやいやいや、ふ~ん。まぁ、あいつも人が悪いからなぁ」


 ムッとしつつも、これ以上何か言ったところでからかわれるだけだと悟ったミハエルは口を閉じた。翌朝、マージョリーを誘いに行ったミハエルは、まさかの肩透かしを食らった。


「申し訳ございません。お嬢様は、早朝鍛錬があるとのことで、早くに学校に向かわれました」

「ああ、そうだったな」


 侍女の手前、そう言って見せたが、ミハエルの心はおだやかではなかった。早朝鍛錬など、聞いていない。学校に着いてマージョリーを探していると、アランと親し気に話しているマージョリーが目に入った。


「どうして、相談もなしに…」


 一方マージョリーの方は、前日の内に、マージョリーとミハエルが特別講座を受ける対象になったと聞かされ、張り切っていた。今までの鍛錬で自分の弱点は見破られている。アランはマージョリーに変化の魔法と感情のコントロールを徹底的に教わっていた。教室に戻ると、すでにクラスメイトたちは楽し気に歓談している。ちらっとミハエルを伺うが、こちらを見る様子はなかった。そのうちにブリジットがミハエルに駆け寄り、なにか真剣に話し始め、マージョリーは自分から素直に声を掛けに行かなかったことを悔やんだ。


「そうだわ。こういう時こそ、イヤリングの通信を使えばいいんだわ」


 嬉々としてイヤリングに手を添えるが、どうにも起動する様子がない。微かに覚える違和感は、サラたちに話しかけられて薄れて行った。ミハエルに向けた講座は放課後になるとアランから聞いている。どちらもハードになるから、しばらくはお互い講義に集中しろと、アランからは忠告を受けていた。


「仕方ないわね。ミハエルもきっと集中したいから、通信を切っているんだわ」


 帰りの馬車の中でも、寂し気なマージョリーだったが、御者には疲れている様に思われていた。

 翌日もその翌日も、すれ違いの日々が続いていた。そんなある日、早朝練習に向うマージョリーの馬車にテントウムシが飛び込んで来た。そして、いきなり人型に戻ると、いつもどこに行ってるんだと詰め寄られた。いつになく余裕のないミハエルに困惑しつつ、アランの講義を受けているだけだと話すと、ミハエルの表情は一気に険しくなる。


「どうしたっていうの? あなたも特別講座を受けているんでしょ?」

「何の話だ。そんな講座なんて聞いたこともない」

「そんな…。特別講座は、早朝は私に、放課後はミハエルに個別指導するっておっしゃっていたわ。だから、イヤリングの通信が切れていても、きっとミハエルも集中しようとしてるんだって、思っていましたのに」

「イヤリングの通信が?」


 ミハエルは、すぐさま通信の具合を確かめたが、確かに通信できなくなっていた。どういうことだ。ミハエルが考えを巡らせていると、マージョリーが唇を噛み締めて言い放った。


「分かりました。明日の早朝練習で、アラン先生に本当の事を話してもらいますわ」

「もう行くなよ。なんだか嫌な予感がする」

「いいえ。ここははっきりさせたいですわ。講義の際には、幼いころにあなたやあなたのお兄様に随分迷惑をかけただろうって、問い詰められましたの。確かにあの時は幼くて、制御が効かなかったのだけど、それでも、二人に迷惑をかけていたのは事実だし、ちゃんと制御できるようになって、その…、謝りたいと思っていたんですもの。だけど、ミハエルとわざとすれ違うように仕組まれていたのなら、その真意を確かめておきたいですわ」


 一緒に行くと言うミハエルを止めて、マージョリーはいつもの早朝練習のため、鍛錬場に出向いた。


「アラン先生。おはようございます」

「おはよう。今日は変化の速度を上げる練習だ」

「その前に、一つ確認させていただきたいことがあります」


 マージョリーはすぐにも変化の課題を出そうとするアランを慌てて止めた。


「先生。ミハエルも特別講座を受けているとおっしゃったのは、どうしてですの?」

「どうしたんだ? あいつに何か言われたのか?」

「この際ミハエルがどうということではないのです。どうして、私にだけ特別講座を受けさせて、他の友人と距離をとらせているのかと伺っているのです」


 ふん、っと呆れた様なため息をついて、アランがマージョリーに向き直った。


「だから話していただろ? 隣国との小競り合いが続いているし、魔獣だっていつ出てくるか分からないと…」

「いいえ。隣国との小競り合いは、先月には治まって和平交渉が進んでいると聞いていますわ。それに、魔獣だって、いまさらではなくて?」


 マージョリーの鋭い視線が、アランを射抜く。アランは仕方なく、うなだれて答えた。


「仕方ない。本当の事を話そう。実は、公爵家専属の魔術師団を結成するのが目的だった。自分が国の魔術師団として遠征に出たら、病弱な妹を守ってくれる存在が必要だった。王弟である父は、王家がなんとかしてくれると思っているようだが、実際はそんな甘いもんじゃない。だから、魔術の腕がそれなりにあって、侍女として妹を支えてくれる若い女性を味方に付けたかったんだ。それだけだった。だけど、その美しいエメラルドの瞳がどうにも忘れられなくてね」

「先生、冗談はやめてください」


 アランはいつの間にかマージョリーの髪を一筋とって、キスをすると、許しを請うような儚げな眼差しを向けたが、マージョリーには効かなかった。


「ま、これはちょっとやりすぎだったな。だが、妹のことは本当なんだ。もうずっと屋敷の外には出ていない。それどころか、ベッドから出ることも出来ないんだ。何でもないように振舞っていても、屋敷の外で誰かが楽し気に話しているのをじっと眺めている姿が辛くてな。あいつには一度会ってもらいたいと思っていたんだ。考えておいてほしい。はぁ、気分がそがれたな。今日の鍛錬は中止だ」


 そのまま教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていると、校舎の門に誰かが寄り添っているのが見えた。最近は学校内にもカップルができてきて、目の毒だ。見ないふりをして立ち去ろうとするマージョリーの目に、ブリジットをなぐさめるミハエルの姿が見えて、思わず立ち止まってしまった。


「きっと分かってくれるさ。大丈夫だから、な」


 そんな言葉が聞こえて、マージョリーは堪らなくなって急いでその場を離れた。きっと分かってくれる? 大丈夫? どういうこと? しばらく連絡が取れなかった不安が、余計な想像を膨らませていく。

 授業が始まる時間になっても、アランがやってこないのに、クラスがざわめき始めたところ、副校長がやって来て教師交替の連絡を告げた。


「まぁ、君たちにも近い将来このような連絡が来ると思っておいてくれ。アラン先生は次年度から辺境地の領地に魔術指導に行くことになった。向こうの状況次第ではすぐに帰れるかどうか分からないのでな。準備の期間も必要だということだ」


 辺境地視察の話は当たらずも遠からずだった。妹を心配するアランの顔が浮かんで、マージョリーの気持ちは揺れた。放課後になって、ミハエルはブリジットを伴って急いでどこかに向かうのが見えた。唇を噛み締めるマージョリーに紙飛行機が飛んできた。そして、どこからか声を掛ける者が居た。アランだ。


「マージョリー嬢、今朝話していた件なんだが、一度顔合わせをしてくれないだろうか?」


 辺りに騒がれないよう紙飛行機に言葉を乗せていたのだ。紙飛行機には『裏門・職員乗降口・放課後』と記されている。マージョリーは少し考えたあと、意を決して席を立った。

学校の裏門に回ると、職員用の乗降口がある。そこに止められた上質だが簡素な馬車にアランが待っていた。


「やぁ、来てくれてありがとう」

「妹さんと面会するだけなら…」

「うん、それで十分だ」


 今までに見たこともないような気弱な姿のアランが、馬車の前で待っていた。なんとなく気を遣わせてしまっているようで、居心地の悪いマージョリーだったが、公爵邸は恐ろしく豪華で、馬車を降りたところで圧倒されてしまった。アランの案内で妹オリビアの部屋へと向かうと、華奢で儚い印象の少女がベッドに座っていた。



つづく

読んでくださってありがとうございます。

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